最終章 お嬢様は、ピンチをチャンスに変える

第43話 取り壊し

 帰宅後、オレたちはケンに会いに行く。


「よお、ノブロー。心配してくれたのか」


 ブックカフェの前で、賢は手を振っている。

 

 事前に連絡をしていたから、賢は待ってくれていた。


「いやあ。黄塚コウヅカさんまで、会いに来てくれるなんてな。今日はいい日だぜ」


「なにがいい日だよ。商店街が、潰されちまうんだぞ」


「ああ。ウチは無事だから」


「そうなのか?」


「おうよ。ウチは定期的に営業していたし、耐震工事も済ませていたからな」


 なにも商店街すべてが、なくなるわけではないという。

 取り壊し対象なのは、あくまでも耐震基準を満たさなかった店舗だけらしい。


「どれくらい潰れる予定なんだ?」


「七割かな」


 他は古民家カフェや古着屋など、自分なりに工夫をしている店が多いらしい。肉屋や八百屋なども、がんばっている。

 意外にも、中古ゲームソフトショップが売れていた。再注目されて、レアリティが高くなっているらしい。それでも、転売屋の横行には頭を悩ませているらしいが。


「じゃあ閉めている店は、耐震工事どころじゃないってわけだな?」


「それでも、地元住民から反対されたけどな」


 いくら営業していない店だと言っても、家だからな。「退去してください」っていわれて、「はいそうですか」ってわけにはいかない。


「申し訳ありません。わたしの力が至らなかったばかりに」


 萌々果モモカさんが、賢に詫びる。

 

「いやいや。黄塚さんのせいじゃないよ。それに、ウチは安全だし」


 ただ、と賢は頭を抱えた。


「商店街のリニューアル案を考えるか、大手モールをこの付近に建てるかで、意見は割れてるんだよ」


 ただのリノベーションなら、耐震工事だけを行って、商店街は続けられる。

 デメリットとしては、従来通りのやり方では常連以外の客は見込めない。


 で、大型ショッピングモールが建てば、地域が活性化するだろうとのこと。

 しかしこちらも、安全策とは言えない。ショッピングモールってのは、恒久的に残ってくれるわけではないからだ。


「前にな、企業が撤退したモールの画像がネットで上がっててさ。悲惨だった」


 それをどう活用するかも、行政や民間の実力が試される。


 どちらにしても、頭の痛くなる状況だ。


「元はといえば、こうなるまで放置していた地元のせいなんだけどな。なんでもかんでも行政頼みにしていたから、ツケが回ったんだ。同情もできないぜ」


「黄塚側は、なんていっているんだ?」


「建てたいんだってさ。でも今って、物価高だろ? 新しい建物を作る費用は、さすがにないようでさ」


 大阪でも、同様のことが起きているらしい。駅前のリニューアル工事計画が、建設直前で物価高を理由に頓挫した。駅の八割が更地になり、今も手が加えられていない。


「潰すにも、建てるにも、金がかかるってわけか」


「そうなんだ。だから放置されていたわけだが、さすがに耐震ってなるとな。一部の地元民は、潰してもいいって言ってる」


 遠方の親戚のもとで世話になる予定の家も、多いという。


 だが大半は、この地に骨を埋めるつもりだ。


 とはいっても、シャッターを下ろしたままの店を現状維持、ってわけにもいかない。


「俺んちだって地元の責任者じゃねえから、強制的にどうにかするわけにもいかなくてさ」


 賢の事情を聞き、萌々果さんは考え込む。


「わたしとしては、リニューアルを推奨します。お住いの方には一時退去していただいて、耐震工事だけ行えばよろしいかと。現状維持も、やろうと思えばできます」


「工事をしても、営業していなかったら、またなにか言われないか?」


「店舗をレンタルするのはどうでしょう? 今はお店を建てたくても、予算がない方が大勢います。そういう方たちに、安くお貸しするんです」


「なるほどな。今はネット通販もあるから、店に来たいやつはここで買って、普段は倉庫扱いにすると」


「イメージとしてはそうです。貸すのはあくまで店舗だけで、上の居住スペースには、引き続き住んでいただいても構いません」


 近くに団地があるので、元の住民はそっちに移動してもらえばどうだろうとのこと。そこは出ていく家族が多く、さほど埋まっていない。安い費用で、住めるはずだという。

 


 萌々果さんはともかく、黄塚がどういう意見なのかわからない。


 取り壊して、モールを建てたほうが儲かるだろう。

 地元住民のヘイトも、めちゃ稼ぐことになってしまうが。

 

「父を説得してみますが、ご期待に添えるかどうか」


「とんでもない。考えてくれるだけでも、十分うれしいよ。ありがとうな。黄塚さん」


 賢はそう言ってくれるが、内心では戸惑いもあるだろう。

 

「ノブローくん。すいません。これで失礼いたします」


 プランをまとめ、父親の説得を試みるという。


「ただ、モール建設の方に会社が流れていましたら、申し訳ありませんが」


「大丈夫だって。黄塚さんが気にすることじゃないから」


「ですが、ヌカ喜びさせてしまって」


「ウチは大丈夫だから。問題ないって」

 

「……なんだか、なぐさめるつもりが、逆に励まされてしまいました」


 萌々果さんが苦笑いを浮かべた。



 オレにできることは、ないのか?




――三週間後。


 萌々果さんが、自宅から出てきた。


「お迎えありがとうございます。真庭さ……って、え!?」


 真庭さんの送迎だと思っていた萌々果さんが、車の前で立ち止まる。


 オレは、痛車に乗って萌々果さんを迎えに来たのだった。

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