第42話 お嬢様と、混浴 

 驚くオレに構わず、萌々果モモカさんは湯船に入ってきた。

 完全に、オレと密着する。


「ヤバいって!」


 オレは、思わず大声を出しそうになった。


 萌々果さんが「しーっ」と、指を唇に当てる。


「問題ありません。ちゃんと下にはスクール水着をきていますので」


 大胆に、萌々果さんがバスタオルをブワッと下ろした。

 

 肩ヒモを外した状態で、スク水を着ている。


「なので、問題はありません」


「大アリでしょう!」


 萌々果さんは「ウフフ」と、再度バスタオルを身体に巻いた。

 

「というわけで、こっそり抜け出してきました」


「どういうわけだよ?」


「ノブローくんと、ご一緒したかったので」


「オレと?」


「ノブローくんには、感謝してもしきれません」


 そうなのか?


「オレはめんどくさい客を追っ払って、萌々果さんの会社で世話になっているだけだ。それ以外に、特に何もしていない」


 どちらかというと、倉田クラタ莉子リコのほうが、会社の利益に貢献している。


「お二方にも、感謝しています。とはいえ、なによりノブローくんの存在が大きいのですよ」


 ドーンと、花火が打ち上がった。


「ノブローくんと出会っていなかったら、わたしはアサギさんともリコさんとのお友だちになれませんでした。ずっと地元で、お姫様扱いをされていたでしょう。ちやほやだけされて、仲間もお友だちも作れずに」


 萌々果さんは、配下がほしいわけじゃない。いっしょに行動できる同志、同じ目標をともにする仲間、いっしょに遊んでくれる友だちが欲しかったんだ。


「『成功したければ、少数の仲間さえいればいい』とか、『天才は孤独なんだ』とか、成功法則に他人は不要という意見にあふれています。ですが、『孤独はタバコ以上の害』ですとか、『孤独な人は寿命が縮む』と、世間で言われています。ダブルスタンダードだと思いませんか?」


「ああ。矛盾しているよな」


「ですから、自然とできるお友だちが、自分にもほしいと思いました。それで、あなたにお声をかけたのです」


 そうか。オレが、役に立っているかわからないが。


「お役に立つ・立たないではなく、ノブローくんはそばにいてくれました。あなたは自分を『わたしの従業員 その一』と考えているかもしれません。ですが、わたしにとってはあなたはお友だちです」


 ビジネス用語では、友だちと仲間は違う意味合いを持つ。

「友だち」は、ただ遊んでくれるだけの関係だ。

 対して「仲間」は、志をともにする相手である。


 だが萌々果さんの気持ちを察するに、ポジティブな意味と捉えていいだろう。


「ありがとう」


「ですが、後ろめたさもあったのです。お金でお友だちを動かしているだけなのではと。結局、地元の高校と同じことになるんじゃないかと」


「違う」


 オレは、萌々果さんの言葉を否定した。


「オレは一度だってさ、萌々果さんの顔色をうかがって立ち回ろうなんて、考えたことはなかったぜ」


 金をもらう以上、萌々果さんの会社に傷を負わせるわけにはいかないってずっと考えている。


 だけど、萌々果さんはあくまでもクラスメイトだ。金を払ってくれる相手、ってだけじゃない。


「つっても金もらってるから、オレこそダブスタなんだろうけどな」

 

「いえ。ノブローくんには、感謝しています」

 

「オレも、ありがたいって思ってる」


「それだけですか?」


「ッスー……」


 オレは、温泉より身体が熱くなってきた。


 おいおいおい、待ってくれ。このシチュエーションでその質問は、反則すぎるでしょ萌々果さんっ。


 オレだって、鈍くはない。ラノベの主人公じゃないんだ。


 萌々果さんはオレと、裸のお付き合いまでもしてくれている。

 好意を持ってくれていることくらい、オレにだってわかった。


 しかし、オレはどう応えたらいいんだろ?


 オレだって、抵抗していない。


 ただ、どうなんだ? 

 オレは萌々果さんと、釣り合っているのか?

 

 志は同じ。好意も持っている。

 

 けど、オレが萌々果さんにしてあげられることは? 

 そばにいてやることしか、できないのに?

 オレは自分自身、萌々果さんの仲間にすらなれているかわかっていない。


「わたしは誰かに見返りを求めるような、さもしい女ではありませんよ」


 ひときわ大きな花火が、打ち上がった。


 萌々果さんとオレは、同時に言葉を告げる。


 その声は、花火にかけされてしまったが。


「あらあら。ンフフ」


 オレと萌々果さんは、同時に笑い合う。




 翌日、とんでもないことがオレの地元で起きていた。

 

 別荘の片付けを終えて、さあ出ようとなったときだ。


 テーブルにおいてあったスマホが、けたたましく鳴り響く。


 萌々果さんが、スマホを取る。


「お父様、ごきげんよう」


 どうやら、コンベンションの話をしているらしい。


 だが、表情が曇っている。

 あまりいい結果ではなかったらしい。


「……なんですって!?」


 萌々果さんの大声が、別荘に響き渡った。


「冗談ですよね、お父様!? もしも……」


 通話が、切れたらしい。

 

 萌々果さんが、スマホを持つ手をダラリと下げた。



「どうしたんだ、萌々果さん?」


「商店街の取り壊しが、決定しました」


 ケンの家がある商店街が、老朽化を原因に取り壊しになるという。

 


(第六章 おしまい)

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