第41話 夏祭り

 オレたちは、夜店に向かう。


 花火大会まで、まだ多少の時間がある。


 少し、店を回ろうとなった。


「バーベキューかなり食ったけど、萌々果モモカさんは平気か?」


 ぶっちゃけると、オレはあまり食欲がない。食いすぎたか。主に、肉とともに食う白米が最高すぎた。


「大丈夫ですっ。ノブローくんのお手は、わずらわせませんっ」


 萌々果さんが、ガッツポーズを取る。


 ホントに、浴衣が似合っているな。下駄を鳴らす音まで、お嬢様っぽい。


「下駄まで、買ったんだな」


「さすがに子ども時代の下駄では、足に合わなかったそうだ」


 そうか、浴衣を着なかったのか。小さい頃の浴衣しか持ってなかったらしいし。


「お嬢様が花火大会で浴衣をおめしになっていたのは、中学二年まででしたね」


 真庭マニワさんによると、萌々果さんは浴衣を着なくなったそうだ。

 

 浴衣を着るテンションには、なれなかったんだろうな。


 萌々果さんは、この辺の学校で過ごしていたらしい。だが地元有力者の娘だったので、どこでもお姫様扱いだったとか。それも本当に慕っていると言うより、「逆らったらあとが怖いから」との理由で敬われていた。


 学生時代の萌々果さんがどんな感じだったのか、なんか想像できてしまう。


 だから今日は萌々果さんに、思いっきり楽しんでほしい。お姫様としてではなく、友達の女の子として。

 

「わたがしを食べますっ」


 いきなり、萌々果さんはスイーツをご所望だ。しかも今流行りの、映える巨大わたがしである。


 虹色に彩られたバカでかいわたがしに、萌々果さんのテンションは爆上がりに。


 最近の祭りって、こんなのも扱っているのか。これはもう、夜店というよりケータリングだな。


「いただきますっ。おお。これが、わたがしなんですね」

 

 デカいわたがしに、萌々果さんはかぶりつく。


「これはおいしいですね。ただ、わたし一人だと食べきれません。みなさん、どうですか?」


「あたし欲しい!」


 莉子リコが、立候補した。続いて、倉田クラタも。


「わかりました。どうぞ」

 

 萌々果さんが、自分がかじった部分をちぎった。残りを、莉子たちに差し出す。


「うまい。わたがし自体は新しいのに、パッケージが二〇年前の戦隊モノというギャップがすばらしいな」


 昭和オタクな倉田が、それらしい魅力を語る。

 

夕貴ユキちゃんもどうぞ」

 

 莉子は自分の食べたい分をちぎって、わたがしの棒を是枝コレエダに持たせた。


 わたがしは割り箸の周りこそ、一番味が濃くてうまそうな部分である。

 

「すいません。いただきます。おお。最近のわたがしって、すごいですね。デリにわたがしってないので、新鮮です」


 運んでる最中で、しぼむもんな。


「ささ、ノブローくんも」


 萌々果さんが、自分のを分けてくれた。


「自分の食べる分が、なくなるぞ」


「いいんです。さっきいただきましたから。はい、あーん」


 口を開けるように、萌々果さんが指示を出す。

 小さくちぎったわたがしが、萌々果さんの手の中に。


 茶化されないように、オレは急いでわたがしを口にした。萌々果さんの指まで咥えないように、慎重に。


「おいしいですか?」


「はむはむ。ふむ。夢中になるの、わかる」


 これは、映える味だ。 


 焼きそばも気になったが、海で同じものを食ったんだよなあ。焼いてる人も、同じだし。屋台の人が、海でも焼いてくれていたのか。

 

 他に、定番といえばたこ焼きだ。あと、ラムネも買う。


 人数分のたこ焼きと、ラムネを買った。


「では、別荘に帰りましょう」


 え?


「花火、見ていかないのか?」


「実は、穴場スポットがあるのです」



 言われるがまま、萌々果さんと別荘に引き返す。


「ではみなさん。お風呂に入りましょう」


 なんと、別荘にある露天風呂に案内された。


「ここが、穴場なのか?」


「はい。入ってみれば、わかりますよ。雪見酒ならぬ、花火見たこやき、とまいりましょう」


 女湯のノレンの中へ、萌々果さんは消えていった。


 ふむ。温泉で花火が見られるなら、それもいいか。


 ラムネがぬるくなるかなと思ったが、洗い場の隣に冷やす場所がちゃんとあった。

 

「なるほど、なんで温泉にお手水ちょうずがあるのかと思ったが、このためだったのか」


 サウナ用の水風呂にしては、狭いなと思ったぜ。


 オレは、ラムネを水場で冷やす。たこ焼きも、隣にあるテーブルに置く。


 体を洗って湯船に浸かると、一発目が空の上で打ち上がった。


「ふわああああ」


 音も、ダイレクトに伝わってくる。裸だからか、全身に響いてくるな。


 上空から見上げる花火は、格別である。

 

 花火を見たって、対して感動なんてしたことがなかったが。これは、毎回でも見に行きたいぜ。


「ヒャッハー! スッゲー! ヤバいね、この別荘!」


 女湯も、なんか騒がしい。特に莉子の声が、間仕切りを突き抜けて聞こえてきた。


「はあ。そういうことか。露天風呂に、こんな仕掛けが」


 サウナや露天風呂など、どこからでも花火が見られる。

 

 おそらくここは、花火を見るために建てられた施設だ。


 黄塚コウヅカの大浴場も、特等席で花火を見るための場所なんだろう。


 ここなら誰にも邪魔されず、花火を楽しめる。黄塚の関係者に対して、最高のもてなしだって可能だ。


「すげえな。黄塚は。金の使い方が、ぜいたくすぎる」


 たこ焼きを食いながら、オレは花火に圧倒された。


 オレの手に、ラムネが差し出される。


「んあ? ありがとうございます。幸嗣ユキツグさん……ん?」


 てっきりオレは、幸嗣さんが風呂に入ってきたんだろうなと思っていた。


「あれ、萌々果さん!?」


 そこにいたのは、バスタオル一枚しか羽織っていない、萌々果さんだったのである。

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