第40話 浴衣のお嬢様

「あの山に、氏神様を祀っている神社がありまして、夜店を開くんです」


 萌々果モモカさんが、海の反対側を指差す。

 

 今日は花火大会があり、その準備があるという。

「だから、青年団さんたちが集まっていたのか」


 この集まりも、花火大会の打ち上げ前哨戦らしい。気が早いなぁ。

 黄塚グループが地元の行事に出資してくれているので、助かっているという。


 幸嗣ユキツグさんのバイカー仲間たちも、手伝いに来てくれているそうだ。


 プライベートビーチの割に、やたら大所帯だなと思っていたんだよな。全員、黄塚コウヅカグループの関係者か。


「ここまで集めるのには、苦労したんだよ。黄塚って閉鎖的でな。ヨソモンに冷たいんだよ。この祭りだって、身内だけでやるって聞かなくてさ」


 幸嗣さんによると、今は黄塚の態度も、やや軟化しつつあるという。

「それで提案なんですが、浴衣を着て花火を見に行きませんか?」

 

 萌々果モモカさんが、「みんなで浴衣を着よう」といい出した。


「いいな。浴衣も」


「ですよね。ノブローくんも言っていますから、どうですかみなさん?」


 莉子たちも、賛成する。


「でも、浴衣なんてあるのか?」


「わたしのお古で良ければ」


「私しか、合わなそうだな」


 たしかに、萌々果さんのバストサイズだと、莉子リコ是枝コレエダ相手には辛そうだ。


倉田クラタでも背が高いから、ミニ浴衣になっちまうぞ」


 オレたちの中で、倉田の背丈はオレと同じくらいだ。萌々果さんより頭一つ分大きい。


「それはそれで、面白い。昭和風ミニ浴衣、お披露目しよう」


 倉田、ノリノリだな。明らかに萌々果さんとつるむようになって、明るくなっている。


「そうですね……」

 

 早めに海での遊びを切り上げて、みんなは浴衣を買いに行くそうだ。


 真庭さんに、車を出してもらった。

 近所のモールへ、浴衣を買いに向かう。

 

 言い出しっぺの自分が代金を出すと言ったが、「どうせ買う予定があるから」と、みんなは断った。持ち合わせのない者は、一応萌々果さんが出す。親に連絡をして、立て替えてもらうという。


 それにしても、女子の買い物が長い。

 オレは五分で済んだが、女子メンバーは一時間以上は歩き回っている。「あそこでもない」、「あっちはサイズはあるけど柄が微妙」、などなど。

 莉子は浴衣を三着も抱えて、あっちこっちウロウロしている。


 幸嗣さんが一緒じゃなかったら、退屈だった。


 みんなが浴衣を選んでいる間に、ソファだけの簡単な休憩所で一息つく。

 

「ノブローくん、本当にありがとう」


 幸嗣さんが、缶コーヒーを驕ってくれた。

 

「何がです?」


「萌々果ちゃんと、友だちになってくれて」


 改めて、幸嗣さんからお礼を言われる。


「昨日も言われました。けど、オレなんてそんな」


「いや。頼もしいと思うよ。異性の同志ができるってのは」


「幸嗣さんだって、異性じゃないですか」


「つっても、親戚だからね」


 缶コーヒーを開け、幸嗣さんは苦笑いを浮かべた。


「俺は元々、ちゃらんぽらんだったし。だから、家を継ぐのはどうしても、萌々果ちゃんになっちまう」


 今後、萌々果さんにかかる負担は、かなり大きくなるだろうとのこと。

 

「黄塚だけの、問題じゃない。あらゆる国産ブルジョワが、変革のときだ」


 新型の感染症だの、働き方改革だので。新型の非課税投資制度もあって、新しい富裕層も現れつつある。


「新しい時代についていかなくちゃ、黄塚も生き残れない。でも古い体質の中じゃ、萌々果ちゃんは異分子扱いされる」


「だから、支えが必要なんですね」


「そうさ。だから、男の子って貴重なんだ」


「言っている意味が、よく」


「鈍いねえ。若いのに」


 幸嗣さんが、オレの腕をヒジでつつく。


「おまたせしました。では、帰りましょう」


 ようやく、浴衣を選び終えたようだ。



 別荘へ戻って着替えることに。


 倉田の分は、別荘に置いてあった萌々果さんのお古を。萌々果さんと一緒に、倉田も別室へ。


 数分後、みんなが浴衣で現れた。


「おおおお」


 莉子が朝顔、是枝はゴム風船の柄で決めている。二人共、ベースは白地だ。


「是枝、なんでゴム風船と金魚に?」


「少しでも、バストを大きく見せようとぉ」


 涙ぐましい努力である。


「カレシはなんとも言わないんだろ? 別に気にしなくても」


「成長が止まった自分が、許せないんですぅ」


 いやいや、ちゃんとカレシは見てくれているからっ。


 倉田の浴衣には、矢絣やがすり……矢の羽根を模した柄に、椿と紙製の鞠が描かれている。これぞ、昭和モダンか。


「いいね、アサギちゃん! ヤマダセーラちゃんにも着せようね!」


「そう思って、これを選んでみた。ミニ浴衣なのも、見事だろ?」


「うん。シックでモダンなのにエロいって、最高だね!」


 オタク女子同士で、めちゃくちゃ盛り上がっている。


「みなさん、おまちどうさまでした」


 大トリで、萌々果さんが部屋から出てきた。みんなに着付けをしていたため、一番最後になったらしい。


「花火を見に行くのに、花火柄を着てしまいましたが」


「いやあ、モモカちゃん! 花火を見に行くんだから、それでいいんだよ」


「そうでしょうか? ノブローくん、似合っていますか?」


 萌々果さんが、意見を求めてきた。


「似合ってるよ」


「むしろ『お前のほうが花火だよ』って言ってやらんかい、ノブロー!」


 莉子に、肩をバチンと叩かれる。


 なんでだよ? 

 

「このまま、お祭りに向かいましょう」

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