第39話 焼き肉のお嬢様

 今日は、仕事のことなんて何も考えない。

 いつもは、萌々果モモカさんの遊び相手をしている。それも、仕事だ。

 でも今日は、仕事だと考えずに遊ぶ。


 ビーチバレーをしたり、泳いだり。


 海で泳ぐなんて、小学生以来じゃないだろうか。妹が日焼けを嫌がるので、それ以来市民プールにさえ行く機会がなくなった。ケンもバイトが忙しくなり、泳ぐ機会がない。


 普通の高校生がやるような遊びをして、めいっぱい楽しんだ。


「おなかが空きましたね。バーベキューをしましょう」


 いつの間にか、砂浜に立派な集会用テントができていた。体育祭などで建てられる、ポール式の。あっちはあっちで、大人組が続々と集まっていた。地元の青年団と、幸嗣さんのバイク仲間だという。


 青年団? なにかあるんだろうか?


 テントの下では、真庭マニワさんと幸嗣ユキツグさんが火の番をしている。


「では、いただきましょう」

 

 萌々果さんが率先して、網の上へ肉を乗せた。自分が肉を育てるぞ、といわんばかりに。

 

「お、いいですね。このお肉が焼けましたよ。はい莉子リコさん」


「ありがとー」

 

 莉子が、萌々果さんからハラミをもらう。


「アサギさん、ご希望のお肉はございますか?」


 萌々果さんは、倉田クラタにも要望を聞いた。


「では、ホルモンを。焼きおにぎりと、ニンニクを」


「はい。どうぞ。いい感じですよ」


「ありがとう」


 倉田はシマチョウと焼きおにぎりをモリモリと食らう。


夕貴ユキさん。はい」


「きょ、恐縮です黄塚コウヅカ先輩」


「まあまあ。今日は先輩後輩もないですよ」


「は、はい。いただきます」


 是枝コレエダは、ロースをもらってぶっ倒れそうになっていた。


「どうした、是枝?」


「こんなすごいお肉、初めて食べました」


 焼き肉自体、ほぼ行かないという。


「このお肉は、さっきのサービスエリアで買ってきた、そこそこのお肉ですよ?」


 比較的リーズナブルで、特に高級ってわけではないらしい。


「いえ、もうお肉自体が、久しぶりすぎて」

 

 普段、どんな食生活をしてるんだよ? 是枝は。デリのバイトもしているのに、食事に関心がないのだろうか? 


「ノブローくんは、どれが欲しいですか?」


「カルビを。小さいのでいい。白飯に、チョクで乗せてくれ」


「わかりました。どうぞー」


「おう、サンキュな」


 オレはタレの付いたカルビを、茶碗のメシに巻いて食う。焼きおにぎりに乗せても、軽く飛ぶくらいうまかった。是枝が気絶しそうになるのも、なんかわかるな。


「萌々果さんも、どうぞどうぞ。めちゃウマだぞ」


「そうですか。わたしもリコさんといっしょに、ハラミをいただきます」


「よし。これがいい感じだ」


 萌々果さんの小皿の上に、オレはハラミを乗せた。


「ありがとうございます。いただきます」


 タレを付けたハラミを、萌々果さんがメシの上にドンと乗せる。


「おおお。これが、焼き肉なんですね。自分で焼くと、また格別です」


 萌々果さんが楽しげで、なによりだ。


「ぶっ飛びますねぇ」


「だろ?」


 オレも萌々果さんも、焼き肉を楽しむ。

 


 真庭さん夫妻並びに大人組は、焼き鳥の皮をあぶって食べている。あちらは、こちらとは違った焼き肉を楽しんでいた。オレたち子ども組に対しても軽いあいさつ程度で済ませ、酔って変なカラミ方をすることもない。人間ができてるなあ。

 

 萌々果さんはなおも、肉の管理をする。まるで従業員の仕事ぶりを見ているかのようだ。


「お嬢様、我々で管理して差し上げますよ」


「いいえ。やらせてください。一度、やってみたかったんですよ」


 萌々果さんによると、いつも肉を焼いてもらうばかりだったらしい。実は肉を焼く行為自体に興味があったという。


「なるほど。みんな熱い中、こういう感じでお肉を焼いていたんですね。うらやましいです」


 焼けていく肉をジーッと見つめながら、萌々果さんはなにかに目覚めちまったようだ。


「あっつい!」


 萌々果さんの肌に、焼き肉の脂が飛んできた。肌というか、もう顔に。


 危うく、萌々果さんが取り皿を落としそうになる。


「おっと!」


 オレはとっさに、倒れそうになった萌々果さんの手首を掴む。


「ありがとうございますっ」


「顔を近づけすぎだ」


「すいません」


「いや。なんともないか?」


「はい。おかげさまで」


 そばにあったクーラーボックスから、オレはラムネを出した。萌々果さんのほっぺたに押し付ける。


「これで、大丈夫か?」


「はい。ありがとうございます……あの、ノブローくん?」


 オレは、萌々果さんの視線を追いかける。


 まだオレの手は、萌々果さんの手首を掴んだままだった。

 身体も、密着したままではないか。


「おっと、すまん!」


 すぐに、手を放す。


「とにかく、無事か?」


「はい。おかげさまで」

 

「無事ならいい」

 

 

 その後、シメの焼きそばをもらって火を消す。


 デザートは、かき氷である。


 幸嗣さんが、年季の入った古いかき氷機を用意した。


 みんなにかき氷が行き渡ったのを見計らい、オレは最後に注文をする。


「律儀だねえ。熱いのにガマンして」


「いえいえ。メロン味をください」


「あいよっ」


 メロン味のシロップがかかったかき氷を、幸嗣さんからもらう。


「かき氷で思い出しましたが、今日は花火大会がございますよ」


 イチゴのかき氷を食いながら、萌々果さんが切り出した。

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