第六章 ビーチでお嬢様とドキドキ

第34話 思い出つくり

 萌々果モモカさんの誘いで、オレたちは海岸に向かう。

 秘書の真庭マニワさんがワゴンを出してくれて、片道数時間の旅である。


 乗っているのは、助手席に萌々果さん。後部座席には莉子リコ倉田クラタである。


「はい。アサギちゃん!」


「ありがとう。ではリコも」


 倉田と莉子が、スティック菓子を分け合う。


「いいですねー。わたしからも、どうぞ」


 萌々果さんが、後ろに身を乗り出す。


「ありがとー。モモカちゃん!」


 三人で、キャッキャとお菓子交換会が始まった。

 窓際にいたオレは、みんなからそそくさと身体を離す。


「どうぞ、ノブローくんも」


 萌々果さんのスティック菓子が、オレに差し出された。

 

「オレもいいのか?」


「ノブローくんにも、楽しんでいただきたいので」


「じゃあ、ありがたく」


 オレもお返しのスナックを、萌々果さんにあげる。


「あたしももらっちゃお」


「私もいただこう」


 結局、全員でお菓子交換会となった。


 


「三年になって面識ができたばかりだってのに、仲がいいな。修学旅行でも、こんなに仲よくはならないだろ」


「修学旅行は、雪山だったよね~」


「おう。リフトが止まって、ケンだけが高所に立ち往生しちまったんだよな」


「大変だったよね」

 

 オレと莉子で、昔話をする。


 だが、みんな今は三年生である。修学旅行などの思い出は、もう作れない。

 まして、転校してきたばかりの萌々果さんには、オレたちとの思い出すらなかった。


「だから今は、みんなで思い出を作ろうね」


 莉子が、太陽のような笑顔で言う。


「はいっ」


 萌々果さんは返事をして、倉田は微笑んでうなずく。


 真庭さんが、窓に注目するように催促した。


 オレたちは、一斉に窓を向く。


「うわあああ!」


 広い海が、視界に広がった。


「ここを泳ぐのかぁ」


「思う存分、遊ぶよ。そのために、賢といっしょに夏休みの宿題を終わらせたんだからっ」


 賢も誘おうかと思ったが、「実家のバイトがあるから」と断られている。なんだかんだいって、賢には地元ラブなところがあるのだ。


「賢の店があったら、読書感想文にも事欠かないよな」


「うん。あたし、イラスト集で感想文を書いたよ」


「そんなので、書けるもんなのか?」


「専門用語を連発して、逃げた」

 


 お昼は、サービスエリアで取ることに。


「ここにも、ラーメン自販機がありますよ!」


 名店ラーメンを冷凍保存した自販機が、サービスエリアにも設置されていた。

 これを利用しない、萌々果さんではないのだが。


「ううん。こちらのラーメンは、【OWO】でも食べられます。今は、お店の方のお料理をいただきましょうっ」


 品揃えがOWOと代わり映えがしなかったので、売店で昼飯を取ることにしたようだ。


「迷いますねえ」


「あたし、ラーメンと唐揚げのセット」


 萌々果さんが指を虚空で操作している間に、莉子が即決した。

 

 こういうときの莉子は、早い。普段からウーバーなどを注文しているため、どれがおいしいかもよく知っている。


「私は、メガ盛り海鮮丼にする」


 普段からお好み焼きが主食化しているらしく、倉田は生物を求めた。


「そっちもいいですよねえ。あとでシェアしましょう。みなさん」


「ああ、うん。そのために頼んでるからね」


 莉子も倉田も、萌々果さんの指の動きを追いかける。


「決まりました。カツ丼とチーズドッグにします。たこ焼きも」


 かなり食うな。


「大丈夫か?」


「シェア前提で頼んでいますから」


 オレは、焼きそばだけにした。


 全員のメニューが揃ったところで、いただきます。


 さっそく萌々果さんが、発泡スチロールの小皿を複数もらってきた。全員分の料理を少量ずつシェアし始める。手際がいいな。さすが社長だけある。


「ノブローくんは、案外少食ですね。ひょっとして、お車で疲れちゃいましたか?」


「こういうサービスエリアでは、デザートが主役だったりするから」


 焼きそばを頬張っていると、萌々果さんが石化した。


「……!? さすがですね。旅上手さんですか?」


「いやいや。後輩から教わったんだよ」


 後輩はバイカーなので、サービスエリアのソフトクリームが主食というくらいなのだ。そのため、スイーツの情報がイヤでも入ってくる。 


「そうだ! ソフトクリームで思い出した! この間ママがタンメン頼んだらさ、夕貴ユキちゃんが来たよ」


「夕貴ちゃん? 是枝コレエダのことか?」


 オレが働いていたコンビニの、後輩だ。是枝は、学校でも後輩である。彼女こそ、さっき話題に出したバイク乗りだ。


「いつごろだ?」


「四月の末」


 莉子が、うまそうに唐揚げを口に運ぶ。

 

 ああ、あのときタンメン屋に出前を頼んでいたのって、莉子のおふくろさんだったのか。


「ママったら、修羅場なのに『外食がしたい!』っつって聞かなくてさ。それでタンメンを頼んだ」


 おふくろさんが修羅場っているときは、たいてい莉子が作るという。


 食事を終えて、オレたちはソフトクリームの列に並ぶ。

 

「……あれ、夕貴ちゃんじゃん!?」


「どこだよ?」


「さっき、ソフトクリーム屋さんから出てきた」


「ホントだ」


 バイクスーツに身を包んだ是枝が、くっそ長いソフトクリームを舐めながら列から離れていく。

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