第五章 幼なじみの絵師が、同僚に!?

第29話 オーディション合格

 榎本エノモト 莉子リコの母親は、イラストレーターだ。若い頃からイベントでイラスト集を出しており、ネットで編集者にスカウトされて、小説の挿絵業などをしている。活動の場は、主に児童向け小説だ。描く量は多いが、タッチが好きなのだという。

 莉子本人も、児童書向けのイラストレーターを目指している。なので、アダルトタッチな絵はあまり得意ではない。


 ちなみに、倉田クラタ 浅葱アサギの両親との面識はないらしい。

 かたや莉子の親はインディーズ上がり、かたや倉田の親は最初からマンガで食っていた。

 同じクリエイターながら、職種も世代も違いすぎると、接点がないようである。

 よって、お互いの素性も知らなかった。


 まさか、萌々果モモカが引き寄せる形で、両者が仕事仲間になるとは。


 オレも想定外だった。


「改めまして。榎本エノモト 莉子リコです。よろしくー」

 

倉田クラタ 浅葱アサギだ。こちらこそよろしく」


 仮の事務所である専門学校の一室にて、二人があいさつをする。


 お茶会みたいな感じで、みんなで「ねころんジャム」という、昭和のお菓子をお茶請けにしていた。

 

「すごいね。推してるヤマダセーラⅡ世が、倉田さんなんてさ」


斎藤サイトウには、黙っていてほしい」


「うん。騒ぎになると、大変だもんね。あいつは口は堅いけど、どこから漏れるか、わからないし」


「そうじゃない。イメージを壊したくないんだ」


「なるほど。プロとしての誇りってわけだね」


「そういうことだ」


 莉子も、倉田の意志を汲んだみたいだ。 


「じゃあ、アサギちゃんって呼んでいい?」


「構わない。私も、莉子と呼ばせてもらう」


 二人が、頭を下げ合う、

 

「よっしゃ。つーわけで、黄塚コウヅカさん、ノブロー、よろしくね」


「よろしくおねがいします。わたしのことも、萌々果とお呼びください」


「じゃあ、モモカちゃんで」


「それで、結構ですわ。では、オーディションの結果なのですが」



 莉子はオーディションによって、アバター作成の権利を勝ち取った。「今までと違う活動がしてみたい」「イラストだけで食えるかわからない」と、莉子はずっとこぼしている。そこで、アバター作成など、自分の専門外だった仕事にチャレンジしようとしたらしい。

 

 

「我が【ねころんJAM】ですが、アバターレンタル業を行うことにしました。現在募集しているのは、あくまでもサンプルのみです。ゆくゆくは、当社に正式所属する方のアバターを作成してもらうことにもなるでしょう。ご理解いただけますか?」


「はーい」


 萌々果さんの質問に、莉子が元気よく返事する。


 ちなみに、この教室に呼ばれているのは、莉子だけだ。他にも数名が、オーディションに合格している。莉子を含めて全員、事前にリモートで顔合わせや事業説明は済んでいた。

 今日のメインは、倉田との顔合わせである。


「ヤマダセーラⅡ世さんのアバター変更は、今のところ考えていません」


「だよねえ。あたしも、ヤマダセーラちゃんのアバター、気に入ってるもん。変えなくていいよ。古いかもしれないけど、それがウリじゃん」


 昭和タッチのイラストが、Vとして動くというのは、思いの外反響が大きかった。まして、カルト的人気の作品に登場するキャラクターが、公式絵師によって呼吸しているのは、興奮する。


「ところでさ、モモカちゃん。あたしの評価基準って、なんだったの?」


 それは、オレも気になるところ。


「実は、わたしだけが選んだわけではありません。書類選考での採用でしたので、本当に偶然でした」


 萌々果さん以外のスタッフが、莉子の絵を気に入ったらしい。

 しかも、萌々果さんは絵だけで評価していたという。


「決して莉子さんがクラスメイトだったから、なんて理由ではありません」


「よかった。ちゃんと仕事相手として、見てくれていたんだー」


「はい。まあ、莉子さんなら、問題ありませんね」


 イラストレーターとしての履歴などもチェックした結果、事務所としては莉子を採用していいと判断したらしい。


「莉子さんのタッチは、動画向けだと思いました」


「どんな要求にも対処しようって、意識してるからね」


 イラストレーターの中には、クセが強すぎるタッチの作家もいる。

 その点、莉子の絵柄は人を選ばない。


「クセ強な画風もやろうと思えばできそうだけど、キッズが理解できないモノは書きたくないかなって」


「いいと思います」


「そこで、あたしはどんなキャラクターを描くわけ?」


「こちらです」


 萌々果さんがスケッチブックを提示した。

 描かれていたのは、長いシッポを持ったクリーチャである。


「これは?」


「タキシードを着た、ネコさんなんですが」


 オレが聞くと、予想外の返答がきた。

 

「おおおお」

 

 萌々果さんの画伯っぷりに、莉子も息を呑む。


 どう見ても、長いシッポを高速でブンブン振り回す大福の怪物にしか見えない。


「このように、わたしの絵画センスは壊滅的なのです。そこで、莉子さんのお力をかしていだけけないかと」


「うん。いいじゃん」

 

「いけそうか?」


「だって、ここはこうしてって指示がちゃんと書いてあるから。問題なし」




 翌日、莉子はちゃんと「タキシードを着たネコ」を提出してきた。

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