第28話 ユースホステル型個人事務所

 オレと倉田は、萌々果モモカさんが設立したという事務所に招かれている。

 といっても、専門学校の一部施設であるが。

 

「ユースホステル型のVTuber事務所?」


「そうです」


 萌々果モモカさんが立ち上げた事務所は、ユースホステルのような格安で借りられるレンタル事務所だという。


「Vをなさる方というのは、様々な事情があります。倉田クラタさんのような移籍を検討なさっている方もいれば、引退して【転生】先を求めていらっしゃる方など」


 転生とは、やむにやまれぬ事情や不祥事などで、事務所のVを使えなくなり、別のアバターで再デビューすることを指す。

 その受け皿として、ひとまずサポートをする場を提供する。


「で、気に入ってもらえたら本契約……という形にしようかと考えています」


「なるほどな。転生って言っても、事情が違うもんな」


「さすがに炎上などのネガティブな理由で転生となると、こちらとしても対処が難しいのですが」


 他に、Vの体験ができる施設として活用してもらおうと考えているそうだ。


「現在、ネットで公式アバターの展示を検討しています」


 美少年・美少女だけではなく、動物型のアバターモデルなども、作ってもらっているそうだ。

 

「さらに事務所を提供して、仮にV体験を行ってもらおうかと」


 VTuberの中には、「なんとなくやってみたい」、好奇心だけで動いている人も多い。しかし、いざやってみると「こんなに大変だと思っていなかった」など、理想からかけ離れているケースも多数ある。

 そんな事態に備え、ひとまず事務所を貸してみて、体験してもらう場を設けるのだ。


「それが、ユースホステル型と」


「はい。対象としては、事務所入りを検討なさっている個人勢や、V活をしてみたいユーザーなどを考えています」

 

「講師というか、指導とかできる人とか、雇っているのか?」

 

 オタク知識がある萌々果さんも、いちからV事務所設立となると難しかろう。

 

 なんのノウハウもなく、事業がうまくいくとは思えないが。

 

「つい先日、数名のスタッフを雇いました」


 Vの事務所で働いていた関係者、マネージャー経験者はもちろん、VTuberも数名雇ったらしい。


「彼らのアドバイスを受けつつ、転生検討者は準備を進めてもらい、初心者はネットリテラシーなどを学びます」


 倉田も、経験者として入ってもらっているとか。

 現役のアドバイスは、刺激になるだろう。


「もちろん、ヤマダセーラⅡ世さんとして、指導してもらうわけですが」


 だよな。相手が学生だとわかったら、急にナメてかかるやつも出てくるだろうし。

 

「個人勢と、事務所入りとの違いって?」


「サポートがまるで違いますね」


 個人事務所だと、すべて自己責任だ。稼ぎは全て自分に入るが、責任も重い。トラブルがあれば、すべて自分のせいになる。


 事務所所属となれば、その辺りの重責は軽い。ただし稼ぎの大半は、事務所に持っていかれてしまう。


「我々は事務所を一時的に貸すだけですので、そこまで手厚いサポートはできません。あくまでも『事務所所属の経験ができる』だけですので」


 萌々果さんの事務所は、本契約する場所ではない。「事務所に入ったら、こういうことがありますよ」と、レクチャーする場だ。


「その代わり、代金はそこまで取りません。設備も格安で扱えます。もちろん、充実してはいませんが」


 あくまでも、体験程度にとどまるそうだ。


「初心者さんの中には、マイクやPCがどれだけ必要なのかもわからない人がいます」


 安くしようと思えば、スマホ一台でもやろうと思えばできるそうだ。しかし本格的に続けるなら、相場は知っておいたほうがいいだろう。


「自分で続くかな? どこが悪いのか? 人とのコミュニケーションは取れるだろうか? など、活動しながら悩める場所として、事務所に入ってもらおうかと」


 事務所に入ると、いやが上にも事務所のルールに従わなければならない。

 

 それを懸念している人にとって、この事務所はありがたいだろう。


「で、事務所名とかは決めているのか?」


「それが、まだなのです」


 現在は、専門学校の設備を一部借りている状態らしい。

 貸しV活スペース的な名前で、売り出しているという。


「もう、これでいいんじゃないか?」


 オレが提案したのは、『ネコロンジャム』である。

 

 さっきから倉田が食べている、絶滅昭和お菓子の名前だ。


 トラネコのような焼色がついたコロネの中に、味の濃いジャムが入っている。ネコが丸まっているように見えて、かわいらしい。ジャムの味も、イチゴ以外にブルーベリーやらリンゴやらがある。


「いいですね、ノブローくん。ジャムって響きが雑多な感じがして」


「名前だけ聞くと、どんな事務所かわからんけどな」


「それでいいんですよ、ノブローくん。今のわかりやすすぎる事務所名より、だいぶ事務所っぽくなりました」



 というわけで、事務所名は【ねころんJAM】となった。



 で、学校でとんでもないことがおきた。正確には莉子リコになのだが。


「大変だよ、ノブロー! ねころんJAMって新しいVの事務所の、サンプルアバター作成試験に、合格しちゃった!」


 莉子が、仕事仲間になりそうだ。


(第四章 おしまい)

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