第27話 お好み焼きASMR
オレたちがいつ、イチャイチャしたと?
「おっしゃいますが、倉田さん。わたしとノブローくんでは、手本にはならないかと」
萌々果さんも、抵抗をする。
「この部屋に、鉄板をご用意することはできます。しかし本格的なASMRとなると、ここは心もとないですよ。思っている以上に壁が薄いので、お隣に声を聞かれる可能性があるかと」
そういう意味かよっ。
たしかに、
「部屋はこちらで用意するので、問題ない。仮スタジオもある」
まず、収録場所の問題は解決した。
「ではなくて、オレたちは別に男女の関係ではなくてだな」
「隠さなくていい。二人が交際していることは、内密にしておくので」
違うんだがなあ。
「ご両親の馴れ初めをテキストにするわけには、いきませんか?」
「両親だと、当時と時代が違いすぎるからな。あまりいいサンプルにはならん」
「年を経ても、恋愛感情は変わらないと思いますけどねえ」
なおも、萌々果さんは抵抗した。
「二人じゃないと、ダメだな。生々しさが足りない」
倉田によると、両親の話では自分がノレないという。
「両親では、時代が違いすぎる。交際の仕方も、今と昔では変わってしまった。もっと今っぽい雰囲気が、ほしいんだ」
なるほど。納得できる。しかし、参考資料がオレたちなんてなあ。大丈夫なのか?
「わかりました。ノブローくん、協力をお願いできますか?」
「承知した」
不慣れとはいえ、これも仕事だ。やってやろうじゃないか。
日を改めて、オレは再度倉田の屋敷に招かれた。
防音機能を施した、特別室を用意したらしい。
たしかにここなら、大声を出しても大丈夫そうだ。
昼食とは別に、ASMR用の具材がセットしてある。鉄板も。
「本番用の録音ではないから、調理風景だけを見せてくれ」
「そうですか」
「二人が楽しんでいたらいいから、セリフとかも適当で構わない。関西弁なども、気にしなくていい」
「わかりました」
あくまでも、オレたちがカップル同士でいちゃつきあっていることを想定できればいいらしい。
「では、参ります」
萌々果さんが、野菜を切り始めた。
「オレも」
たどたどしい動きに、オレは思わず席を立つ。
「いえ。任せてください。二人分の音が入ると、変に思われますから」
「わかった」
立ち上がろうとして、オレは座り直した。
「萌々果さん、ピザのゲームを思い出して」
「はい。あの手際ですね」
オレが助言をすると、萌々果さんの手が早くなってきた。
ようやく慣れてきたのか、萌々果さんの手つきがよくなっていく。
切った具材を、萌々果さんは小さいボールにまとめた。水で溶いた小麦粉と一緒に、スプーンでかき混ぜる。
「この音いいな」
「お店で食べるみたいな音がしますね」
空気を入れながら、萌々果さんがご満悦の様子を見せた。
いよいよ、萌々果さんが焼きの姿勢に入る。
「では、いきます」
お好み焼きが、ジュウ、と音を立てた。
うまそうな香りが、漂ってくる。
「ふっくらしてきましたっ」
「うまそうだ」
改めて聞くと、お好み焼きの音っていいなあ。意識したことが、なかった。
ソースをかけると、また鉄板がジュワッと歌う。ソースがバチバチと鉄板で跳ねて、これまた素敵な音を奏でた。
ミニサイズのお好み焼きが、焼き上がる。何枚も試食することを想定しているので、小さめに焼いたのだ。
「いかがでしょう? お好み焼きなんて、初めて焼いたんですけど」
萌々果さんが一から手作りしたお好み焼きを、いただくことに。
慣習にならって、鉄板の上からコテで直に。
「はっふ! はっふ! うま!」
ちゃんと、お好み焼きになってる。少々焦げている辺りも、愛嬌があっていい。
「ど、どうだ、倉田? 満足か?」
「いや。まだだ。なにかイチャイチャが足りない」
「たとえば」
「そうだな……食べさせ合うとか」
ッスー……。
萌々果さんが、お好み焼きをコテで切る。コテの上に、切ったお好み焼きを乗せた。
「ノブローくん」
「ん?」
「あーん」
オレの顔の前で、萌々果さんのコテが待機している。
これを、直に食えと?
「ヤマダセーラさんを、デジタルの世界に残すためです。身体を張りましょう」
「おう。あーん」
オレは、萌々果さんにお好み焼きを食べさせてもらった。
味は同じなのに、満たされる気分がする。
なんだろう? この感情がなんなのか、よくわからん。
「お味はどうでしょう?」
「うまい。何枚でも食えそう」
「では、焼きそばもやってみましょう。また違った音が出るかもしれません」
「よし。色々と試してみよう」
その後も、オレは焼きそばや豚平焼きなど、色々と試食した。
「倉田、今度こそどうだろう?」
「大満足だ」
ようやく、倉田からOKサインが出る。
「ありがとう、
倉田も、自信ありげに微笑んだ。
後日、販売したASMRは、とんでもない利益をもたらした。
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