第26話 ヤマダセーラⅡ世 移籍企画 第一弾

 倉田クラタの屋敷には別館があり、そこをユースホステルとして解放しているそうだ。

 庭に駐車してあったでかいバンは、利用者用の簡易バスらしい。


「富豪さんの家やったこのお屋敷を、商業利用させてもらってんねん」

 

 かなり高額だったが、利用料はきちんと回収できているそうだ。


「運営は、お母様が?」


 萌々果モモカさんが聞くと、倉田の母親は首を横に振る。


「ちゃうよ。うちのオトン」


 倉田の母方の親族は最初、先生と娘の結婚に反対だったらしい。


「ほいで駆け落ちや。苦労はしたけど、ようやく夫も目が出てきて。ほんで、このお屋敷をアシスタントの寮の代わりに買ったんよ」


 今では、そこから自立していく外国人アシスタントも多いという。


「でも人が増えすぎて。そしたらオトンが、『退職して、暇すぎる』いうて、ユースホステルの管理人をやってくれるようになってん」


「お二人のご結婚を、内心では喜んでらっしゃるんですね」


「せやねん。ツンデレや。オトンは。男のツンデレなんて、需要ないのにな」


 ガハハ! と、倉田の母親は笑う。


「いいご家庭ですね。ノブローくん」


「だよなぁ」


 このお好み焼きも、めちゃうまい。

 

「だいたい昼食は伝統的に、お好み焼きを出すようにしてるんよ」


「どうしてでしょう?」


「キャベツがあかん宗教はないやん?」


 宗教上の理由で、豚肉がダメな人は多い。その人には、別の肉で代用するか、海鮮好み焼きを作る。


「小麦粉があかん子の場合は、山芋とタマゴだけで繋いで作るねん」


 ちゃんと、相手のことを考えているんだな。


「ユースホステル……いいですね。こういうのも」


 萌々果さんのビジネスアンテナが、ピンと立った感じがした。 

 

「それと、お好み焼き」


 風習にならって、萌々果さんは鉄板から直にお好み焼きを食べていた。コテで小さく切って、口へ運ぶ。


「アイデアが、湧いた気がします」


「そうか」


「まだ形にはなっていません。後日にしましょう。今は、移籍第一弾の企画に専念するということで」


 昼食をいただいて、この日はお開きとなる。 


「考えていたことってのは?」


 帰宅時、オレは萌々果さんに聞いてみた。


「ノブローくん。売り出す企画なんですが、『お好み焼きASMR』なんてのはどうでしょう?」


 お好み焼きを作っている工程や、焼く音などを、録音して販売するのだ。

 倉田演じる【ヤマダセーラⅡ世】が、事務所に移籍する第一弾としては、なかなかのアイデアではないだろうか。


「倉田さんには、関西弁を話してもらって」


「方言彼女ってやつか」


「はい。それで、距離感の近いナニワのちょいワル乙女に、お好み焼きを焼いてもらうという」


「いいな、それ。方言彼女ってのが気に入った」


 こうして、倉田の出す商品の第一候補ができあがる。




 後日、ヤマダセーラⅡ世の移籍が正式に決定した。

 萌々果さんは黄塚グループを通してバーチャルアイドル事務所を正式に立ち上げ、運営することに。


 移籍第一弾は、【OWO】の取材である。OWOにある昭和レトロな自販機を、特集するのだ。


 全自動うどんの自販機に感動し、昭和の技術を堪能した。

 

『おおお。これはこれは』


 おかしの自販機に、倉田がどよめく。ヤマダセーラを演じるのではなく、素の声を発した。


『……コホン。えーこちら、昭和末期に販売されていた、お菓子でございます』


 一度咳払いをして、倉田はヤマダセーラの口調を取り戻す。


『これはねー。リアル父が大好物でして、欠かさなかったですねぇ。こちら、もう製造元が倒産して、販売停止になっていたと思っていたんですが。おお、復刻版ですね』


 別の会社が事業を引き継いで、この菓子を復活させたという。


『まるでワタクシのパッパみたく、劇的復活を遂げたのでありましょう。これは、記念に買っておきましょう。二つ買っておきますかね』


 倉田は、復刻版のお菓子を二個買った。リアルもバーチャルも、父親は漫画家先生なんだよな。だが、それを教えてしまうと、リアル割れしてしまう。


 撮影を終えて、オレたちも自販機ごはんでランチを取る。


 前は萌々果さんと二人で、ラーメンとうどんをシェアし合った。今回はカレーをいただく。レトルトは最新のものだが、昭和自販機で食うとまた別の趣がある。


「このお菓子は、今でも父の好物なんだ」


 漫画家になった当時から、このお菓子ばかり食べていたそうだ。


「復活して、よかったな」


「ああ。お菓子も父も、どちらもファンに愛されていたんだな」

 


 倉田に、お好み焼きASMRの話を切り出す。


「いい話だが、ちょっと考えさせてくれ」


 だが、倉田の方から「待った」がかかる。


「どうした? イヤなのか?」


「イヤってわけじゃない。関西弁も、引っ越す前は話していたから、問題はあらへん」


 関西弁で、倉田が語りだした。うん。イントネーションも完璧である。


 だとしたら、何が問題なのか。


「どうしました? 倉田さん?」

 

「私は、男性と交際したことがない」


 あちゃあ。イメージができないと。

 

「そこで、黄塚コウヅカさんと八代ヤシロ。二人に見本を見せてほしいのだ」


 いや、その発想はおかしい。

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