第25話 お嬢様と、漫画家

 黄塚コウヅカ 萌々果モモカさんが、VTuber事務所の設立を宣言した。


 日を改めて、倉田クラタ 浅葱アサギの父親にあいさつを。


「おお。すごいな」


「ノブローくん。漫画家ってすごいですね」


 あまりの豪邸だったので、オレと萌々果さんは息を呑む。

 

 これはもう、家というより屋敷だ。部屋が複数あって、庭も広い。


 昭和末期から倉田先生は異世界モノを書いていたが、当時はパッとしなかった。

 平成時代に入り、異世界がブームになると、マンガの名台詞などが他の作者にパクられるなどして、人気に火が付く。今では、大御所の仲間入りだ。


 令和になり、異世界転生小説のコミカライズを手掛けることに。

 

 その牽引役だったのが、ヤマダセーラⅡ世なのだ。

 

「倉田って、こんなすごい家に住んでいたのか」


「九割は、職場だ。アシスタントの人を休ませるために、寮を改装したんだ」


 駐車場には、キャンピングカーを兼ねたバンが鎮座している。隣には、シートが二つしかないスポーツカーが。バチバチ趣味で買ったのだろう。


「こっちの車は、母を口説くときに買ったものらしい。よく海まで、母とドライブをしていたそうだ」


「お、おう」


 なんか生々しいな、おい。 


 漫画家さんだけあって、部屋中マンガの資料だらけである。


 倉田の父親は、実にがっしりした体型の持ち主だ。漫画家というより、トラックの運転手と言われたほうが信じられる。若い頃は、相当ヤンチャをしていたのかもしれない。



「なあ、お母ちゃん。ASMRって、どういう意味や? SMって書いてるやんけ」


 倉田の父が、奥さんに質問をする。


「癒やし音声のことやで。あんた、ちゃんとしてやぁ。ASMRも知らんのかいなぁ」


 奥さんが、倉田先生の肩を思いっきりひっぱたく。


「ごめんなさいね。お嬢さん。お父ちゃん、動画はわかるねんけど、あんまり詳しいことまでは知らんさかい。ほとんど勘でやってるんよ」


 倉田の母親は気丈な方で、受け答えも夫以上に的確だ。夫がわからない単語などを、正確に教えている。食えない頃の夫を、パートで支えていたというだけあった。

「アシスタントに昼メシを食わせる」と言って、すぐにその場を離れる。手伝うためか、倉田も母親について行った。

 お好み焼きのいいにおいが、こちらからも漂ってくる。


「……というプランで行いたいと」


 萌々果さんの持ってきた資料を、倉田の父も難しい顔で眺めていた。


「大事なお子さんを学生に任せるのは、先生もご心配でしょう。ですが黄塚グループを信じていただければ」


「いや。あんたのプランニングに、不満はないねん。あんた個人に対しても、不信感もあらへん」


 たしかに、企画自体はなにも変わらない。倉田が扮するヤマダセーラⅡ世が、個人から事務所預かりになるだけ。


「では」


「こちらから、よろしくたのんます」


「ありがとうございます、先生」

 

 お互いに、頭を下げ合う。


「しかし、お嬢さんが社長とはねえ。俺が若い頃は、創造もつかへん」


「先生だって、高校生でデビューなさったと伺いましたが?」


「あれは、若気の至りってもんや。当時は尖っとったなぁ。昔、ロボットのいる異世界に飛んでいくアニメがあったんや。それとヤンキーを足して、転生モノにしたんよ。今になって、異世界転生ものが流行るなんて、当時は思わんかったで」


 倉田先生は現在、月刊の異世界転生モノを二本も掛け持ちしている。本当は三本も、頼まれていたらしい。独り立ちした元アシスタントさんに、一本を回した。


「その、回された一本というのは?」

 

「異世界恋愛……っていうんか? イケメンが出てくる、なんかそういう感じのやつ」


 不遇な立場の女性が、イケメンと添い遂げる系の話か。


「あれはさすがにムリや。ヤロウとのカラミがメインやさかい。しかも異世界医療ミステリやん? チャレンジしてもよかってんけど、取材に時間を取られてまう。他を手掛ける時間が、なくなるわなーって」


 もう二本の方は異世界ヤンキーラブコメだったので、自分のホームグラウンドだから引き受けたそうだ。

 

「元アシは女やよって、そっちの方が得意やん、と頼んだんよ。編集さんにも信頼されとるさかい」


「懸命なご判断だと、思います」


「せやけど、娘のV活動に支障が出てしもうて」


 倉田先生も、ヤマダセーラⅡ世に手が回らないことを、気にしていたらしい。


「せっかく娘が自分でやりたいっていうてたし、人気もあるんよ。とはいえ、仕事が増えすぎてしもうて。娘がくれたチャンスやのに、俺は娘のチャンスを踏みにじってしまってるって」


「とんでもありません。そのために、黄塚が手を貸すと申しています」


「おおきに。助かります」


 その後は、お好み焼きをごちそうになった。


 バカでかい鉄板の上で、大量のお好み焼きが焼けていく。

 

 パートで焼いていたそうで、奥さんのお好み焼きは絶品である。


「なんだか、外国出身の方ばかりなんですね?」

 

 アシスタントさんの顔ぶれは、日本人ばかりではない。


「ここな、一部がユースホステルやねん」


 コテを操りながら、倉田の母親がそう教えてくれた。

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