第24話 個人勢はつらいよ

 ヤマダセーラを演じている倉田クラタが、「視聴者数が停滞している」と、悩みを打ち明けた。

 

 結構、売れていると思っていたが。

 

「倉田さんは、たしか個人勢でしたね?」


「ああ。チャンネル登録者数は十万を超えていて、それなりなんだ」

 

 やはり、すごい。


「父の影響があるからな」


「お父上の?」


「アバターのイラストに、見覚えはないか?」


 倉田が、一冊のマンガをカバンから取り出した。


「あっ、それ」


 オレは、そのマンガに見覚えが。


『チンピラ転生』


「懐かしい! 家に全部ある」


「ノブローくんは、ご存知なんですか?」

 

「大好きだ。異世界モノが流行る何年も前から、存在していたんだよ」


 どうしようもないチンピラが、異世界のドレイに転生して、貴族のお嬢様に買われてから成り上がるって話だ。ドレイなのに口答えがヤバい上に、チンピラ当時のばかみたいな強さまで引き継いだせいで魔物もワンパンする。

 政治的につらい状況にある姫様を、拳一本で巻き返す。実に爽快な話だ。


 

「写真でしか見たこともない娘に逢いたくて、娘に似たお姫様の下僕になって、姫様の立場を回復させていくんだ。仁義を通す姿が、またいいんだよ」


 オレは萌々果モモカさんに、あらすじを教える。


「ヤンキーモノでしたから、見たことありませんでした」


「そもそもヤマダセーラって、このマンガに出てくる姫様の名前だぞ」


「ホントですか!?」


「ああ。表紙の子」



 オレは、コミックの表紙を指差す。


 そこには、ヤマダセーラⅡ世に近しい顔立ちのお嬢様が。こちらはセーラー服ではない。ゴスロリファッションだ。


 だから、Ⅱ世だったのか。


 オレも、倉田からアバターの由来を聞くまで、思い出せなかった。

 絵柄が今風に寄せていたとはいえ、もしかするとと思っていたが。


「ノブローくん、斎藤サイトウくんや榎本エノモトさんは、ご存知なのですか?」


「マンガは全部までは、読んでないんじゃないかな? 一部の名台詞がネットミームにされているから、そっちの方で知っているようだ」


 ケン莉子リコも、オレの部屋に遊びに来ても、このマンガは手にしない。

  

 このマンガのヤバいところは、この作品が昭和末期に連載されていたことである。

 当時はそこまで人気はなく、細々と連載していたらしい。

 今ならもっと整合性の取れた、理屈に基づいた展開にするだろう。

 しかし、昭和独特のむちゃくちゃ展開が、コアなファンに大受けした。

「元の世界に帰る方法を探す」系の話だから、今の時代だと受けないかも知れないが。


 

「銭湯コーナーにも、全館置いてあるぞ」


「取ってきます!」


 萌々果さんが席を外し、マンガを数冊持って帰ってくる。


「実はこの作者が、私の父だ」


「マジで!?」


 では、このアバターのイラストも、倉田の父が作ったわけか。


「Vに用語で言えば、父がママでありパパだ」


 イラストだけではなく、動作関連もすべて担当してくれているらしい。


「だが、私が流行りすぎたせいで、父の作品がリバイバルされまくっていてな」


 ヤマダセーラが人気すぎて、父が忙しくなりすぎてしまったという。

 

「たしかこの作者って、『今のマンガの作風を模写してみた』って企画をSNSでやってるよな?」


「そうだ。このアバターだって、父がSNSで始めた企画がきっかけでできあがったんだ」

  

 当時の人気キャラを、リバイバルしたのがヤマダⅡ世らしい。ただ、そのままやると古参ファンがキレるかもと、Ⅱ世として売り出したとか。


「そのSNSは、人気ですよね。そちらは、わたしも知っています」


「ただ、昭和レトロブームが来てしまって、父のマンガが再連載されるようになったんだ」


 大量の仕事が入り、多忙を極めているという。取材も、ひっきりなしらしい。


「人気が出たのはいいが、こちらの企画が滞るようになってしまってな」


 このままではいけないと思い、自分で映像関連の勉強を始めたという。


「最近の企画は、どうもたどたどしかったもんな」


「わかるか? やはり、慣れないものはすべきではないな。昔は、父と収録しているだけで、楽しかったが。Vの企画だって、私が提案してみたんだ。なんとか、父のマンガを世に広めたくてな」


 父親に仕事が入ってくるのはうれしいが、一緒に仕事ができなくなった寂しさもありそうだ。


「私はアバターを通して、父とコミュニケーションが取りたかっただけなのだろうな」


「倉田は、Vのをやめたいのか? 親父さんのマンガが、世間に認知されたから」


 オレの質問に、倉田は首をふる。


「モチベが下がっているのは、事実だ。とはいえ、ファンに申し訳がない。だから、企画も自分で作って、セルフプロデュースしようと思った。しかし、営業もうまくいかず」


 どこかの事務所に所属するという話も、一度や二度ではなかったという。

 しかし、父親のマンガ観のようなものが捻じ曲げられる可能性を感じ、倉田は踏み出せないでいた。


 かといって、個人勢のできることは限られている。

 


「なるほど。わかりました。では、わたしが背中を押しましょう」


 萌々果さんが、立ち上がった。


黄塚コウヅカ萌々果、これより、V事務所を立ち上げます!」


 なんだってー。

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