第22話 純喫茶満喫

 社会科見学の日を迎えた。


「楽しみですねっ。八代ヤシロクン」


 いつになく、萌々果モモカさんが楽しげだ。みんなと出かけるのは、楽しみらしい。


榎本エノモトさん、倉田クラタさん、斎藤サイトウくん、八代ヤシロくん、今日はよろしくおねがいしますね」


 みんなとあいさつをして、街を歩き出す。


 この日は、昭和どころか江戸時代から残っている建築を見に行く。当時の合戦でも、戦争の空襲でも残ったらしい。


 スチール製の看板も、当時のまま取ってあるそうだ。


「木のいい香りが、しますね。普通の民家より、深いです。土も混じっているからでしょうか。歩いているだけで、癒やされそうですね」 


 萌々果さんは、懸命にメモを取る。

 ディレッタントを目指すものとして、古い文化に触れるのは刺激になるようだ。


 たしかに、この光景は芸術的である。


「想像力が、掻き立てられるよねえ」


 クリエイター気質なためか、莉子リコも小型のタブレットを用意してスケッチをしていた。


「それは、かなり高いんじゃないのか?」


 倉田が、莉子に話しかける。


「わかんない。ママのお古だし。性能はいいみたいだけど」


 莉子の母親も、イラストレーターである。家には、莉子が自分で買ったタブレットがあるらしいが。


「倉田から、声を掛けるなんてな」


「おお。あんなの初めて見た」


 ケンと一緒に、倉田の様子をうかがう。


「なあ、昼メシどうするよ?」


 この遠足では、昼は自分たちで店に入っていい。自腹で払う必要はあるが、好きなものを食べられる。アレルギー持ちなどがいて、学校指定ではメニューを統一できないからだ。

 

 昭和を楽しむために、昼食も昭和っぽさ全開で決めたい。


「純喫茶と、町中華があるが、どうしようか?」


「町中華は、なくなったぞ」


 倉田が、発言した。VTuberのヤマダセーラ・Ⅱ世が紹介したことで、ファンが殺到して、店がてんやわんやになったと。


「まあまあ。潰れたのは、ヤマダセーラさんのせいではありません。それ以前に、いろんなYouTuberさんやテレビ番組が、『懐かし町中華』系の特番を流しておりましたし」


 ヤマダセーラを、萌々果さんがフォローする。


「となると、残るは純喫茶か、チェーン店のラーメン屋か」


 さっきチラッと覗いたが、ラーメン屋はかなり混んでいた。 


「俺としては、喫茶店に行きたい」


 そう、ケンが提案する。家がカフェだからか、視察したいようだ。

 

 他に反対意見が出なかったので、純喫茶に決めた。


「お、ノブロー。こことかいいじゃん」


 賢がスマホで示した場所は、ここから路面電車に乗って向かう先にある。


 道路に出て、路面電車に乗り込む。


「うわあああ。外観は昭和MAXですのに、決済はタッチなんですねっ」


 交通系ICで、萌々果さんが路面電車に乗り込む。

 ゆったりと、電車が動く。


「初めて乗りました」


「オレ等は、ここから終点の神社まで乗ったことがあるよな」


「お参りするとき、だいたいこれに乗っていくよな」


 オレと賢が話していると、萌々果さんが「うらやましいです」と頬を膨らませた。


「でも、今から行く店は初めてだから」


 そう返すと、萌々果さんが機嫌を直す。


 駅に降りてすぐのところに、純喫茶があった。

  

 壁が、ツタに覆われてている。いかにも隠れた名店さを出していて、うまそうな店だ。


「ここ、知ってる! ここも、昭和レトロ系VTuberの【ヤマダセーラ・Ⅱ世】ちゃんが紹介していたんだよね!」


 莉子が、スマホを立ち上げる。


「昭和系?」


「そうそう。賢、知らないの? 今、昭和レトロめぐりって言ったら、ヤマダセーラちゃんなんだから。言っておくけど、ヤマダ・セーラじゃなくて、ヤマダセーラまでが名前なんだって」


 そう。ヤマダセーラは、なにかのⅡ世なのではない。Ⅱ世は、名字なのである。

 

「ホントだ。カツカレーがおすすめらしいぞ」


「じゃあ、オレそれで」


 結局全員で、カツカレーセットを頼む。男子二人は、大盛りで頼んだ。


 メニューを待つ間、また動画を楽しむ。


「この子、かわいいんだよねえ。あたしらからしたら、昭和ってわかんないじゃん。でもこの子を見ていると、なぜか懐かしい感が漂ってくるんだよ」


 莉子が、ヤマダⅡ世をべた褒めする。


 しかし、どうも倉田の様子がおかしい。動画を見ようとしないのだ。

 

「どうした、倉田?」


「なんでもない。それよりカレーが来たみたいだぞ」


 オーダーの品が出てくる。コップの水に、スプーンが浸かっているのがいいな。

 

「うんまっ。ガッツリカツカレーだぁ。カツがちゃんと、引き締まってるのがいいな」


 ヒレカツのようにほぐれるカレーもいいが、こういった噛みごたえのあるカツもなかなか。これこそ昭和、って感じがする。


 女子たちは、プリンアラモードまで平らげた。


 デザートまで腹に入らないオレと賢は、メロンソーダをいただく。


「ごちそうさまでした」


 萌々果さんが、手を合わせた。


「ナポリタンもハンバーグも、めっちゃそそるよなあ」


「近所にあったら、ヘビロテになりそうだ」


 昭和全開な昼食に満足して、店を出た。


 その後の社会科見学もそこそこに済ませて、国立公園で自由時間となった。


 オレたちもビニールシートを敷いて、草原に寝そべる。

 

 また莉子が、動画を再生させた。

 賢と一緒に、スマホを眺めている。


「倉田さんもどうぞ」


「ああ、ありがとう。では、こちらも」


 萌々果さんがキャンディを、倉田がカルパスを、それぞれ交換し合う。


「ここだけの話ですが」と、萌々果さんが倉田と肩を寄せ合った。


「倉田さんが、ヤマダセーラⅡ世さんですね?」

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