第17話 お嬢様、オレの妹とエンカウント

「ノブローさん、おはようございます」

 

 次の週、萌々果モモカさんと三度映画を見に行く。


「今日は、カジュアルめなんですね」


「デートムービーだからな」

 

 萌々果さんの衣装も、わりとラフな感じ。夏が近いからか、やや短めのスカートを穿いている。オレの家で映画を見るというから、そこまで着込まなくてもいいだろう。


「でも、よかったんですか? 一駅なんですから、駅で待ち合わせでも」


 オレは、駅を出てしまっている。


 萌々果さんは、それを気にしてくれているのか。

 

「大丈夫。オレも、駅ソバは食ってみたかったんだよ」


「なら、よかったです。お付き合いありがとうございます」


 埋め合わせも兼ねて、和菓子店でオレたち家族用の土産を買うという。


「そんなバッチリしたもんは、いらないぜ」


 ウチの家は、なんでも食べる。もらいものに、文句なんて言わねえ。

 酒だろうがお菓子だろうが。香りのキツいキムチだろうと、喜んで食う。


「でしたら、この間に見た刑事モノの映画とコラボした、カステラを」


「ああ! 売ってる! あれ、食ってみたかったんだ!」


 というわけで、駅前の百貨店へ。ウチは遠くて、買えないからな。


「売ってます。買いましょう」


「おう。買おう買おう」


 お礼として、家で食べる駄菓子などはオレが用意した。


「では、駅ソバです」

 

 萌々果さんは本当に、駅ナカのソバ屋を楽しむことに。

 カツ丼にモリモリとがっつき、かけそばをズルズルとすする。


「あなどれませんね。このゴハンは。長年、愛されているだけあります。何度食べても飽きない自信がありますね」

 

「そんなに食べて、大丈夫か?」


 オレも、同じメニューを食っているが。


「おいしいです。お箸が止まりません」


 こう見えて、萌々果さんは結構メシを食う。健啖家ってやつだ。案外、こういうドデカメニューも平気なのかも。


「ホントに、オレん家に行くつもりか?」


「はい。従業員のプライベートを覗くことになるので、パワハラになるのでしたら、やめおきますが」


「そういう意味じゃないけどさ」


 別に、萌々果さんがウチに出向くことはイヤではない。


「電車、楽しいです」


 窓の向こうを眺めながら、萌々果さんはユラユラと揺れている。かすかに、鼻歌を歌ってるのか?


「そんなにオレの家に行くのが、楽しみなのか?」


「他人がどんなオタ活をしているのかって、気になりませんか?」


「オレは自分軸で生きているからなあ」


「そういう人の、軸を知りたいんですよ」


 そんなもんかねえ?


 駅に到着して、オレの自宅まで徒歩で向かう。


 オレの部屋は、一軒家だ。


「古いだろ?」


「とんでもない。年季が入った、素敵なおうちです。しっかりと手入れされているのが、わかりますよ」 


 父は若い頃から、資産運用をしていた。この不動産も、築三〇年という古民家である。そこまで古いと、もはや土地代しかかからない。いい感じの空き家を見つけて、住み始めたのだ。


 そのノウハウが、オレにも受け継がれている。


「周辺に、なにもないんですね」


「超ベッドタウンだからな」


 治安にうるさい地域のため、近くにコンビニすらない。スーパーが閉まると、深夜に出歩いてもどの店も閉まっている。


「ここが、オレの家な」


「ブックマークしました」


 うわあ。ちょっと恥いな。萌々果さんに、変な感情は持たないようにしているのに。


 ドアを開けると、ドタドタと廊下を走る音が。


 クツを見た感じ、父も母もまだ仕事のようだ。なら、家にいるのは妹か。

 

「はーい。お兄おかえ……り」


 紫色の部屋着を着た妹が、家から出てきた。

 すぐに石化する。


 まあ、今まで女っ気のない生活をしていた兄が女を連れてきたら、誰だってこうなるだろうな。


「おう、紹介する。こちら、黄塚コウヅカ 萌々果さん。オレのクラスメイトで、バイト先のオーナー……のお嬢さん」


 萌々果さんが上司だなんて、おそらく妹は信じない。

 正直に萌々果さんをオーナーだと紹介しても、よかったんだが。

 

「どうも。八代ヤシロ 信郎ノブロウの妹の、菜乃ナノでーす。兄がお世話になってまーす」


 菜乃は両親の上司だろうと、オレの先輩だろうと、一切態度を変えない。


「こういうやつなんだ。許してやってくれ」


「いえいえ。かわいいですね。はじめまして。黄塚萌々果です」


 萌々果さんが、菜乃に紙袋を渡す。中身は、例のカステラだ。

 

「どもー」

 

 萌々果さんと菜乃は、すぐに意気投合したようだ。

 というか、こいつは地雷系といっても、ほぼファッションである。ガチで、病んでいるわけではない。


「なんとお呼びすれば、よろしいですか?」

 

「クラスメイトからは、『ナー』とか『ノー』とかって言われてるよっ」


「では、ナーさんとお呼びしますね。わたしのことも萌々果とお呼びください」


「おけー。萌々果さん。おみやげも、ありがとーございます。お茶入れてきますねー」


 そう言って、菜乃は紙袋を持ってキッチンへ。


「オレの部屋は、上だ。二階へどうぞ」


「お邪魔いたします」


 萌々果さんを、先に行かせる。


 その間に、オレは菜乃の様子を階段越しから伺う。

 

 菜乃がカステラを切りながら、スマホをポチポチしていた。


 階段を上がっていると、「お兄がカノジョ連れてきた!」と電話している。相手は母か。


 カノジョではないのだがなあ。

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