第16話 お嬢様は、映画ブロガー
映画鑑賞、二日目を迎える。
刑事モノということで、ふたりともスーツで決めてみた。
「カッコいいですね、ノブローさん!」
「そ、そうか?」
オレは最近流行っているという、ブラウン柄のスーツを着ている。
男性がスーツを着るとなると、どうしても黒か寒色系になるため、茶色は目立つぞ、と。これも、妹からの受け売りだ。個人的には、黒がよかったらしい。
今日の
「仕立ててもらったんだな?」
「本物のお金持ちは、ブランド物のスーツを買わないんですよ。イチから仕立ててもらうものらしいので」
「ああ! それも、映画のセリフにあったよな? たしか主人公が上司に、『億万長者を名乗るんなら、市販のものをそのまま着ていてはイカン』って言われるんだ」
「そのとおりです。SFスパイモノでしたけどね」
オレもその映画を見ていたので、よく覚えている。
といっても萌々果さんの場合は、普段の知識として身についているのだろうけど。
「デート着も、オーダーメイドじゃないとダメかな?」
さすがに買えなかったが、それなりのスーツを着てみたつもりである。
「いえいえ。我々は学生なんですから。お気になさらず」
さっき話題にした映画みたく、「いい仕立て屋を知っている」と、ブラックカードなんて渡されたら、心が折られそうだ。
「このスーツだって、そこまで高くありません。仕立てと言っても、単にサイズを見てもらっただけですので」
オレにプレッシャーを与えないようにしつつ、敬意を払ってくれているのか。
そこまでの配慮が、オレにできるかな。
さて、映画鑑賞へ。
「学生証を見せたら千円、というのが便利すぎますね」
「だよなぁ。おかげで、何本見ても罪悪感がない」
刑事モノ映画が、始まった。
アクションが大半だったので、特に時間は気にならない。
主人公がふたりとも還暦なのだが、まったく年齢を感じさせない動きに圧倒された。
肉弾戦は若手に任せていたが、攻撃の読み合いなんかは年季を思わせる。
「はあー。バディものはやはり、名作が多いです!」
「うん。最高だったな」
予約していた、天ぷら屋に到着した。
「少々、お待ちください」
萌々果さんが、小さいノートPCを取り出す。メニューが来るまで、バチバチとキーを叩く。
萌々果さんは、映画やゲームの感想ブログを運営しているのだ。それなりのファンがついてるが、収益化などはしていない。あくまでも、アウトプット自体が目的である。
「アウトプットをしないと、張り合いのない生活になってしまいますからね」
「FIREって、『遊んでいるだけだと飽きる』っていうもんな」
働かなくていい生活というのは、そこまでバラ色ではない。
FIREなどのリタイア生活は、案外退屈なんだそうだ。
リタイアに失敗するパターンは、「自由すぎて、なにをしていいかわからない」ことだという。
キツイ仕事をやめたのはいいものの、ある程度遊んでしまうと、次に何をするか悩むそうだ。
オレたちは学生だから、遊んでいても「進学」「就職」などで活動する。遊びと勉強を両立させれば、時間を有効活用できるのだ。
しかし、社会人となるとイレギュラーな事態が発生する。
プライベートでも、結婚や出産などのイベントはあるだろう。
どうしても、本人のリズムは狂う。
そのために、リタイアしたはずだ。なのに多くの人は、自由すぎる時間を活用できない。
働きすぎている人にとっては、リラックスできる期間である。十分に休養を取ってもらいたい。
とはいえ、リフレッシュばかりだと、認知症まっしぐらになる。脳に、危機感が生じないから。
人は、自由すぎてもダメなのだ。
そのためのアウトプットである。
他人の評価が反映されるため、人同士のつながりを感じられるのだ。
オレは、アウトプットまでは頭に入っていなかった。
萌々果さんみたいに、感想ブログかなにかやってみてもいいかも。
「メニューが来ますね。これで、六割方完成しました。あとは、
オーダーが来たので、萌々果さんは急いでノートを閉じた。
「いただきます」
お茶を混ぜた塩で、天ぷらをサクッといただく。
「んふふ……これはおいしいです」
うっとりした顔で、萌々果さんは、はにかむ。
「お野菜が、口の中で溶けるって感覚を、初めて味わいました」
「天ぷらそばにすると、そっちもいい感じだぞ」
「ほんとですか? では、まいります」
萌々果さんが鶏天を、ミニそばに浸す。
「おおおおお。鶏天に、おそばのダシが染み渡ってやがりますよ」
あまりのうまさに、萌々果さんの口調が悪くなる。
「刑事もので出てきた、カツ丼とそばセットもやばかったよな」
「あれもぜひ、食べてみたいです」
「いいのか? 駅そばだぜ?」
萌々果さんは今日も、真庭さんに車で送ってもらったはずだ。
駅による用事は、ないはずである。
「決めました。来週は、電車に乗ります」
「一駅だけのために?」
「はい」
「二週連続天ぷら系でいいのか?」
「カツ丼はカツですから、ノーカンです」
いや、そのりくつはおかしい。
「ノブローさんが、駅そばデートがイヤというなら、自分で行きますが」
「イヤなわけがない」
萌々果さんと一緒にいるだけで、楽しいんだから。
「ありがとうございます。実は、ノブローさんがいつも電車でいらしていたので、気になっていました」
「電車ですけど?」
「ええ。で、ですね。この際、ノブローさんのお宅にお邪魔いたしたいと」
なんだろう。聞き間違えかな?
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