第13話 労働感覚
「金はほしいが、働きすぎてまでほしいとは思わない。売上があがったらうれしいが、ぼちぼち忙しすぎないのがちょうどいい」
ゲームの中で、オレはひたすらピザを焼く。
「でも、画面内ではノブローさん、ハキハキ働いていますが?」
ゲーム画面の中のオレは、オーダーを取って皿を洗ってと、あくせく働いていた。
「ゲームだからな。忙しい方が楽しい」
リアルで毎日こんな働き方をしろと言われたら、絶対に身体を壊す。
ゲームだから、ちょうどいいのだ。達成感は、ゲームで得られたらいいかな。
「わかります。高齢者が喫茶店を運営するときも、メニューは絞るそうですし」
高齢者ともなると、体力的にあまり冒険ができない。メニューが豊富になると、さばくのも大変になる。
コーヒーとモーニングが出る程度でも、採算は取れるそうだ。
それ以外にフードで稼ごうとすると、体力が持たない上に従業員の増加も必要になる。
「常連のサイクルだけ途絶えさせなければいいからな」
「ええ。お店が手に入るくらいの資産なら、お金そのものに働いてもらっても、十分に食べていけますから」
労働だけで稼ごうとすると、オタ活をする時間が足りない。
だから、資産運用を行っている。金に働いてもらって、オレは時間を買うのだ。
といっても、不動産投資に手を出したりはしない。税金や建物のケアなどが、大変だからだ。
同様の理由で、自分で会社を興したり、事業のオーナーシップを取りたいわけじゃない。それもそれで、忙しいだろう。
「喫茶店なんて経営したら、外にも出られなくなる」
「そうでしょうか? オタカフェとか、楽しそうですが」
「実際に、オレの友人が喫茶店をやってるんだよ。ブックカフェっつって、本が読める喫茶店なんだけど」
「存じ上げています。あそこ、繁盛なさっていますよね」
二階が書店、一階がカフェエリアになっている。
二店舗の壁を抜いて、販売スペースも広げた。
「両親は、儲かってよかったっていってる。だが友人の方は、もうちょっとまったりした経営がいいってさ」
あそこのケーキがうまいのは、事実である。
とはいえ稼ぎすぎてくると、また話が違ってきてしまう。
本好きの集まる場所にしたいんだが、スイーツ好きが増えすぎているのが悩みの種だとか。
「色々、難しいとことがありますね。うまいこと、いきません」
「他人の動きは、予測できないからな」
ましてや、自分の趣味を優先するオレなんかに、会社経営なんてムリだ。
「働いたら負けとまでは言わないが、投資で時間を買ってオタ活ができればそれでいい」
「ご自分の欲求に、忠実なんですね」
そんな精神が反映してしまったのか、二度目のピザ経営は売上が目標金を達成せずに終わった。
「集中力が、切れてしまったな」
「難しいですねぇ。このゲーム、キュートな見た目に反してシビアなんですよ」
「でも、楽しかったな」
「はいっ」
萌々果さんが、伸びをする。
忙しいのは、ゲームの中だけにしてもらいたい。
「実は、わたしもたまに、【
英語が話せない従業員もいるので、そのときは萌々果さん自らが応対する時があるという。
「人とお話すること自体は、嫌いではありませんから」
「経営者なのに、労働に抵抗があんまりないのか?」
「働いていないと、労働者の気持ちがわかりませんからね。自分のできることなら、おまかせを」
「ああ、昼間も話していたな。労働者を差別してはいけないって」
働く苦労を知らないと、労働者を見下してしまうから。稼ぎすぎてしまっても、同様の状態になるという。
「わたしたちグループの中心は、労働者の方々です。それをないがしろにするなんて、もってのほかですね」
黄塚グループと言っても、一部は横柄な人もいるらしい。
やはりそういう人は、必ず失脚するそうだ。
「すごいな。頼もしい」
「ただおっしゃるとおり、わたしは労働自体はあんまり好きではありません」
はあ、と、萌々果さんはため息を付いた。制服姿のまま、ベッドにゴロンとなる。
「労働で思い出しましたが、学生の本分を忘れていました」
萌々果さんが、頭だけを上げた。
「……あ、中間!」
もうすぐ、試験じゃねえか。ゲームで遊んでいる場合じゃなかった。
「急いで、勉強をしましょう」
カバンを開けて、テキストをこたつテーブルの上に並べる。
「だな。テスト範囲を確認だ」
オレたちは、試験範囲を詰め込めるだけ詰め込んだ。
進学校だからな。いくら遊んでいても、予習・復習は必ずする。
ラノベやマンガのように、赤点を取るなんてことはない。
それでも、進路に響くからな。
「大学、どうすっかなぁ」
中間の範囲を復習しつつ、オレはひとりごつ。
特に大学へ行っても、やりたいことはない。
就職に有利だ、ってだけだし。どちらかというと、オタサークルに入れたら面白いだろうと考えている。
「行かないって手も、あります。ですが、可能性は途絶えてしまうかも知れません」
「マジで、それな。通信教育も、考えたんだよ。試験が必要ないし、学費もべらぼうに安い。それで卒業資格も取れるから」
とはいえ受けられう学科が少なく、卒業率も一五%と低い。
働きながらの勉強は、やはりモチベも下がるのだろう。時間で拘束されている緊張感があって、勉強に集中できるのかも。
「自分を律するといった集中力がなければ、続かないんだな」
「わたしは、ノブローさんが見てくれていたら、いくらでも勉強できますけど」
「うーん。バイトはどうするか」
オレはいいんだが、親がどう思うか。
「友人とも勉強しないと、クラスで怪しまれる」
「わかりました。試験中はバイトの頻度を落としましょう。そういう融通もちゃんと聞く職場ですからね」
「助かる」
「その代わり、試験終了したら、お外でデートです」
「わかった。約束だ」
(第二章 完)
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