第12話 高嶺の花との会話が、話題に

 放課後、オレは友人の斎藤サイトウ ケンに呼ばれる。

 

信郎ノブローどうなってんだ? お前が黄塚コウヅカさんとしゃべってるところを、クラスメイトが目撃していたそうだぜ」

 

「別にどうもしねえよ」


 オレは、バイト先が黄塚グループの系列だと教えた。ウソは言っていない。


「そうか。新しいバイト先って、【OWO】かー。あそこはスタッフも少数で、ほとんどのことはセルフだから、特にトラブルもないらしいからな。働きやすいんじゃないのか?」


 オレが萌々果モモカさんとオタ活しているだけってのは、気づかれていないようだが。


「といっても、外国人相手だと、どうにもならんけど」


「まあ、そこはプロに任せたほうがいいかもな。将来はそっち方面へ就職か?」


「わからん。モノになるかどうかも謎だし、そもそもやりたいのかって指標もない」


「お前、どっちかっていうと働ければいいって感じだもんな」


 オレは昔から、やりたい仕事ってのが見つけられなかった。

 

 賢のように親の跡を継ぐとか、莉子リコのようにイラストで食っていく覚悟もあるわけじゃない。

 そういう意味では、この二人がうらやましかった。

 進む道があるってのは、自分で切り開いても、親から譲り受けても、いいものである。


 逆にオレは、とにかく消費したい。

 浴びるようにオタ活がしたい、って気持ちしかなかった。

 労働の対価は、ほぼすべてオタ活に注ぐつもりである。


「清々しいまでに、インドアだな。ノブローって」


「まあな」


「黄塚さんとしゃべってる内容にも、クラスメイトはついていけなかったしな」


「ついていくのが、やっとだった」


 まだまだ勉強不足だと、萌々果さんとしゃべってて痛感した。


「とはいえ、働きすぎると身体を壊すぜ」


「心配はない。楽な仕事を任せてもらっているから」


 これだって、ウソは言っていない。実際、オレはオタ活しているだけなので、楽だ。


「そうはいっても、ホワイト企業って案外離職率が高いらしいからな」


 ホワイト企業は、仕事とプライベートの両立、いわゆるライフワークバランスを重視している。そのため残業を出さないように、業務を制限されることもあるのだ。そうなると、成長したくてもできない。

 従業員の士気も低く、サボる社員が増えていく。


「ウチは大丈夫だ。簡単な仕事しか振ってもらえないが、やることは多いから」


「庶務的な仕事が多いのか?」


「だな。電球の交換とか、掃除とか。ゴミ出しも」


……一応、ウソは言っていない。


「そっか。お前が楽しそうでなによりだ。コンビニをクビになったときは、凹んでいたからな。ウチでは、お前を雇えんからな」


「金目当てで、やる気がないからか?」


「ビジネス書にばっかり、張り付くからだ」

 

 オレは、賢と笑い合う。


「じゃな。俺もバイトあるから」


「おう。気を付けてな」


 賢と別れて、バイト先であるOWOへ。



「お待ちしていました。今日も、このゲームをやりましょう」


 萌々果さんが用意したのは、ピザのキッチンカーを運営するゲームだ。


 これ、VTuberさんがやっているのを見て、楽しそうだったから買ったという。

 

「ゲームの世界でも、バイトなんですね」


「この間は、年間売上が八〇〇万止まりでしたが、今日こそ目標の一〇〇〇万は行けそうな気がするんです」


 コントローラーを握りながら、萌々果さんが鼻を「ふふーん」と鳴らす。やる気満々だな。

 

 さっそくゲームを開始した。


 萌々果さんのキャラクターが、ピザを焼きつつ接客をする。


 その間にオレは、「電球の交換」、「掃除や洗い物」、「ゴミ出し」をするのだ。


「ノブローさん。あなたも、接客なさっては? 楽しいですよ。交代しますけど」


「いや、結構だ。こっちの方が、性に合ってる」


 ゲームの中でまで、接客はちょっとなあ。

 

「そうは言いますが、接客は来ていただかないと。お客さんがキレてます」


「キレさせておけ」


「待って待って。ヤバいです。お客さんが帰ってしまうので」


 画面内では、ゾロゾロと客が怒って帰っていった。

 オレの仕事ペースがトロいせいである。


「忙しすぎるのは、ちょっと」


「そういうゲームなんで!」

 

 萌々果さんに泣きつかれたので、仕方なく注文を取りに行く。


「きのこピザ一丁~」


「あいよっ! って違います! それじゃ、居酒屋ですよ!」


 萌々果さんが、ノリツッコミのスキルを覚える。


「ビール飲みに来ているから、間違ってないだろ」


「間違っていますよ!」

 

 とにかく、そんなこんなでゲームは終わった。


 年間売上一〇〇〇万を達成して、萌々果さんは満足げである。


「現実的じゃねえ」


「何をおっしゃいますか。実際にキッチンカーで、年間一〇〇〇万達成なさった方はいますよ」


 マジかよ。ドリームだな。

 

「でも、実際の黄塚さんって、そこまで稼ぎに熱心じゃないよな」


「はい。わたし個人なら、そこまで事業を拡大しようとは考えていません。わたしの身体は一つですからね」


「ところで、オレと萌々果さんが話しているのを、クラスが見てたらしくて」


 萌々果さんは目立つので、どうしても注目が集まってしまう。

 本人に、その自覚はないが。


「そうですか」


「オレのバイト先ってことで、片付けておいたが」


「仕事内容までは、触れないほうがいいかも知れませんね」

 

「だな」


 リーズナブルが売りの【OWO】といえど、学生に優しい料金ではない。

 ここまで嗅ぎつけるようなやつは、いないだろう。 


「ノブローさんは、もっと稼ぎたいですか?」


「稼げるならありがたいが、今の時間も大切にしたい。労働に、時間を費やしすぎたくはないかな」

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