第11話 底辺職を差別しない

 オレは黄塚コウヅカ 萌々果モモカに、後輩の是枝コレエダ 夕貴ユキには恋人がいると教えた。


「そうなんですか? お相手は?」


「バイク屋の跡取りで、今は大学生二回生。四歳年上の、幼なじみだってよ。おしどり夫婦みたいだから、あいつの学年で知らないやつはいねえよ」

 

 是枝が卒業したら、結婚も視野にいれるんだろうな。

 それくらい、恋人仲がいい。


「しかも、二人の仲を取り持ったのは、オレだぜ?」


「本当ですか?」


「おう。お互い、キャンプ好きだったそうでな。バイクでツーリングなんてどうよ、って是枝に教えたんだよ」


 会話がなくても、焚き火を見ているだけでも、キャンプは楽しいものだ。


「ノブローさん、いいところがありますね」


「あまりにも、見ていて不憫だったからな」


「最初は、驚きました。てっきり、お二人は交際なさっているものだと」


 思わず、オレはカレーを吹きそうになった。


「とんでもない。オレに交際相手なんていねえよ」


 オレは、カレーを食べ終える。


「ごちそうさまでした。おいしかったです」


 萌々果さんも、食事を終了した。


「あんたも、そういうのを食べるんだな?」


「大好物なんです。カレーは」


「学食のカレーなんて、とは考えないんだ、って思ってさ」


「食べます。めちゃ食べます」と、萌々果さんはモリモリとスプーンを進める。

 

「初めて学食って利用しましたが、ここのカレーはおいしいですね。誰でも食べられるように、辛味調味料は別皿により分けてくださっていますよ」


「いたずら防止のために、据え置きの一味もスパイスも低刺激なものばかりなんだ」


 バカがふざけて、パスタ用のタバスコを先生の料理にふりかけたせいだ。

 

 萌々果さんといっしょに、食器を下げに行く。

 

「ごちそうさまでした。いつもありがとうございます」


「ああ、どうも」


 従業員さんたちも、萌々果さんの言葉に会釈する。

 おそらくこの従業員さんは、萌々果さんが社長令嬢だと知らない。知っていたとしても、いち学生として平等に接するだろう。

 そんな気がした。


 パック飲料の自販機で、オレはコーヒー牛乳を、萌々果さんはいちご牛乳を買う。


「いいな。なかなか、できるもんじゃないぜ」


「学生たちを、支えてくださっていますからね」


 萌々果さんは、従業員と自分とを、区別しない。


「わたしはFIREを達成していますが、実行に移そうとは思いません。量は減らしますが、仕事はしようと考えています」


 なにも萌々果さんは、働きたくないわけではないそうだ。遊ぶ時間がほしいから、なるべく働かないようにするつもりだが。


「社会との接点を持つためか?」


「普通に働いている人たちと、思考を乖離させないためです」


 聞くと、高学歴・高収益の人間は、「誰にでもできる仕事を差別する」傾向にあるという。

 そんな仕事はやがてAIやロボットが行う作業であり、「底辺から抜け出す努力していない」と。


「わたしはそもそも、どんな仕事も底辺だと思っていません。物流・飲食・介護など、いろんな人がいて社会が成り立っていると思っていますので」


「ああ。そうだよな」


 オレも、宅配の人には世話になっている。


「幼稚園にいたころ、クラスの子がファストフード店でおばあちゃんが働いていると話していました」


 ところが、その幼稚園はVIPばかり通っていた。

「どうしてお嬢様の祖母が、ハンバーガー屋さん『なんか』で働いているのか」と、男子児童がからかったらしい。


「その子は、自分のおばあちゃんは笑顔を届ける仕事をしているのだと、反論しました」

 

 今でも、そのおばあちゃんは同じ店で働いているという。店長になっても、店に立っているとか。


「わたしと取引しようとしていた人物が、コンビニの店員に罵声を浴びせたことがあったでしょ?」


「ああ。是枝が被害にあったやつな」


「ああは、なりたくないので」


 いちご牛乳で、萌々果さんはノドを潤す。



「その人の上司が、理由を問い詰めたそうです。『社会の底辺なんだから、蔑んで当然だ。何がいけないのか』と、最終的に逆ギレしたそうです」


「最低なやつだな」


「はい。わたしもそう思います」


 結局、そのオッサンはコンプラ違反で解雇されたらしい。 

 

「たしかに仕事の九割は、替えがきくような労働ばかりです」


 街中には、「教えられたら、誰でもできる仕事」ばかりで溢れている。

 物流・飲食・介護……。きつい仕事ばかりだ。

 

「AIに仕事を取られる」とか、「ラットレースから脱却しろ」だとかいう話題が、定期的に上がっている。


「しかし、労働者を否定してはなりません。敬意を持って接しないと。彼らは、望んでその仕事についているケースもありますから」


「そうなのか」

 

「わたしも、知り合いのおばあちゃんがハンバーガー屋さんでレジに立っていますよ。笑顔がお客さんに愛されているそうでして」


「うん」


「とても、マネできないなーと思いました。尊敬します」


 萌々果さんは、自分にできないことをわきまえている。

 だから、そういう視点を持てるんだろう。


「しかしアメリカでは、そういう仕事は『誰でもできる簡単な仕事』として、差別をされるそうです」


「なぜ?」

 

「超絶なまでに、能力主義社会ですからね」


 アメリカでは、八〇%近くの人が、「努力次第で人は成功できる」と思い込んでいる。成功者は努力した証だと思っているので、公共による社会保障が薄い。「怠け者が、より怠けるだけだから」と。


 しかし、ヨーロッパは案外ユルいそうだ。

 フランスは七割以上が、「人間の成功は、環境・運次第」だと考えている。

 そのため、「成功者は、富を恵まれない社会に還元すべきだ」と思っていて、社会保障・医療保障が手厚い。

 

「勤勉といわれているドイツでさえ、五〇%の人が『成功の秘訣は、努力がすべてではない』と思っているんですよ」


「意外だな」


「働き過ぎは、たしかによくありません。身体を壊しちゃいますからね。ですが、どの仕事にも、誇りがあるんです。このおいしいいちご牛乳も、どこかの誰かが作ってくださったんです。お金や成果だけ見ていると、そういうのを忘れてしまいます」


「ゴミ捨てしてくれる人もいるよな」


「でしょ?」


 オレと萌々果さんは、同時に空きパックをゴミ箱に捨てた。


「底辺職なんて、存在しないんですよ」

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