第10話 是枝 夕貴

 是枝コレエダ 夕貴ユキが、オレを教室まで尋ねに来るとは。


 時刻は昼休み。学食まで、オレは是枝に誘導される。

 

「どうした、何事だ?」


 カレーライスを頼んで、オレは空いている席に着席した。


「何事って思ったのは、こっちですよ」


 是枝は、きつねうどんをオーダーしている。


八代ヤシロ先輩、バイトをやめさせられちゃったので。どうしているのかなって、ずっと心配していました」


 ああ、こいつとはバイト仲間だったもんな。


 コンビニで働くようになってから、始めてついた後輩が、是枝だった。

 接客は未だに微妙だが、それ以外はそつなくこなせる。


「コンビニは、どうした? まだ続けているのか?」


「辞めました。お店自体が、なくなってしまって」


「あそこ、不便だったもんな」


 コンビニなのに、立地条件が悪すぎて。


「それもありますが、店長の態度が悪すぎて」


 口コミによって、客足が遠のいたという。


「店員への処遇もひどい! って、ネットで書き込みもあったらしく」


「オレに味方がいたなんてな。いくら迷惑客でも、売り物潰して追っ払ったんだし」


「カスハラは、社会問題ですから」


 そんなこんなで、店自体がなくなったと。


「お前はどうしたんだ? バイクの整備代とか、どうやって稼いでるんだ?」


 あくまでも、オレはしらを切る。


 オレは以前、タンメン屋で是枝を見かけた。

 そのときは黄塚コウヅカ 萌々果モモカも一緒にいたので、隠れてしまったが。


 あのバイクには、見覚えがある。ナンバープレートまで、ちゃんと見ていないけど。


「ウーバーです」


 やっぱり。あのイカツいバイクは、是枝のもんだったかー。

 

 是枝は、趣味のバイクいじりのために、仕事をしている。

 自分が楽しむためにバイクに乗っているため、バイク屋で仕事はしない。自分の好みで、客のバイクをチューンしてしまうためだ。


「他にも、バイク便とかしていますよ。物流的な仕事なら、合っているなって」


「よかったじゃん。キャンプも行ってんのか?」


「はい。この間も、東の方へ温泉に。浴衣が可愛くて、予算オーバーだったんですが、つい買ってしまいました」


「……あのさ。なんでお前、オレと話すときだけ、どもらないんだ?」


 客相手だと、どもって話にならないのに。

 

「それはですね、接客を八代ヤシロ先輩から教わったからですよっ」


 自慢にならんぞ、それは。


「八代先輩とだったら、普通に話せるんですよ」


 オレ以外の客を相手にするときも、普通に接してくれよな。


「でもいいな。満喫してんな」


 ソロキャンプってのは、学生だと地味に思える。それを率先して、趣味にしているんだ。自分軸で生きているなぁ、って思えた。


「家族からは、からかわれていますよ。おばあちゃんか、って」

 

 こいつはこいつなりに、趣味を楽しんでいる。


「さしずめお前は、キャンプディレッタントだな。はたまた、バイクディレッタントか」


「ディレッタント?」


「オタクじゃねえが、趣味人ってこと」


「はあ」と、是枝はコクコクとうなずいた。


「キャンプに関しては、まだ素人以下ですね。道はなんとなく把握していますが、キャンプは失敗続きです。この間もうっかり防寒具を忘れて、あやうく凍死しかけました」


 その日はキャンプ泊をあきらめて、ビジネスホテルに泊まったとのこと。

 深夜料金だったので、割と金が飛んだたらしい。しかし、快適だったとか。


「黄塚グループって、泊まりやすいんですよね。女性専用のホテルなんかもあって、静かなんです。ホットレモンティーが、一杯だけ無料でいただけるんですよ」


「何杯も飲もうとすると、ドリンクバーセットの料金がいるんだよな」


「はい。そうです。どうして、知ってらっしゃるんで?」


「その黄塚グループが、バイト先なんだよ」


 はわわ、と、是枝が後ずさる。

 

「黄塚グループですか。あそこ、入社試験もシャレにならないくらい大変だって。また入った後も、研修とかでしんどいって聞きますが」


「本社の話だな。それは」


 是枝が話しているのは、超絶VIP富裕層を相手にする業務のことだ。


 一般客を相手にするなら、そこまで大変ではない。

 ベッドメイクなども大変だが、一度覚えたらそこまで面倒ではなかった。


「でも、いいなあ。八代先輩なら、絶対出世できますよ」

 

「いらんいらん。出世なんて」


 ヘタに出世して、忙しくなりたくない。労働意欲がないってわけではないが、バリバリ働くことには無関心である。忙しくなくてオタ活ライフを送ることが、オレの生きる目的だ。


「先輩って、そうでしたね。だから、投資にも手を出していて」


「うんうん」

 

「ところで、その黄塚グループのご令嬢が、転校してきたってお話ですが」


 やはり、話題に出るよなあ。

 

「おう、いるぞ。ウチのクラスだな」

 

「はわわ。眩しすぎて、ワタシでは近づけません」


「あんまり、ジロジロ見ないであげてくれな」


「そうですね。では、ワタシはここで」


 うどんを食べ終わって、是枝が席を立つ。


「先輩が元気そうで、よかったです」


「おうまたな」


 是枝は、食器を返しに行った。


 オレとすれ違ったことは、まったく意識していないようだが。

 だろうな。あいつは仕事とプレイベートはちゃんと分けるやつだし。


「こちら、よろしくて?」


「おうって、黄塚さん!?」


 さっきまで是枝が座っていた席に、オレと同じくカレーを頼んで、萌々果さんが座る。


「萌々果さん、やばくないか? いくらなんでも」


「席がここしかなくて。今の方が是枝さんですか?」


「そうだよ」


「ずいぶんと、距離が近いような気がしました。是枝さんとは、親密なご関係なんでしょうか?」


 なにを疑っているのか。


「はあ? 誤解すんな。あいつ、彼氏持ちだぞ」

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