第9話 ラーメンデート

 というわけで、夕方にタンメンを食うことになった。

 まさにこれって、人から見たらデートに見えちゃうよなあ。

 クラスメイトに見つかったりしたら、ただでは済まないだろう。


「人に見つからないだろうか?」


 オレは、周りを警戒する。同級生がいないかどうか。

 いくら場末の商店街のラーメン屋と言えど、ドラマで人気になった店だ。

 それなりに、ファンも多い。加えて、常連客も多数いる。

 おかげで、店主は大変なのだ。


「不安ですか、ノブローさん?」


「オレじゃなくて、萌々果モモカさんが困るんだよ」


 黄塚コウヅカ 萌々果が男とデートとか、周りに何を言われるか。

 スキャンダラスなことでっせ。


「わたしは特に、気にはなりません。ラーメンを、食べに来ただけですので」


 どうやら萌々果さんの頭は、タンメンだけに全集中なさっているようだ。


「それはそうだが、付き添いがオレでは不満では?」


 ご両親とか秘書の真庭マニワさんとか、そっちの方がいいかと。


「両親は海外ですので。真庭さんもどうですかと聞いたのですが、『あとは若い人たちに』と釘を差されました」


 おおお。変な気を使わせてんじゃねえよ、真庭さぁん!


「じゃあ、あんたは真庭さんへの土産にギョーザを買いに来て、そのついでラーメンを食いに来た、って体にしようぜ」


 オレはたまたま、居合わせたってだけ。

 

「そうですね。わたしとしては、二人でラーメンデートでも、全然OKなのですが」


「そんな発言は、およしなさい」


 誰が聞いているかわからないので。


「入れますよ」


 おっ。ようやく、順番が回ってきたか。


 クラスメイトの姿は、ない。割と若い客にも人気だと思っていたが、学校帰りにタンメンって感じでもないのか? 友人同士で集まるなら、カウンターしかない店は難しいのかも知れない。

 

「よし」


「あーっ緊張します。一人だと、入りにくいお店ですね。遠慮しちゃっていたかも」

 

「こういう店は、多少図々しくても受け入れてもらえるよ」


 店の中へ入る。

 赤いカウンターと丸椅子が、出迎えてくれた。


「らっしゃっせー」


 メガネを掛けた若い店主が、こちらに笑顔を見せる。


 オレたちはウーバー配達員の少女と、すれ違った。


「……っ! やっべ!」


 女の子の顔を見た途端、オレは思わず声を漏らす。

 

 慌てて、オレは萌々果さんの顔を隠した。


「どうなさいました?」


「さっきウーバーで出ていったバイト、後輩だった!」


 学校もバイト先も、同じなのである。

 

「あらまあ」

 

 萌々果さんか、ぽかんと口を開く。


「お知り合いですか?」


 店主が、棒立ちのオレらに声をかけてきた。


「ああ、いえっ! タンメンとギョーザ、二人前ずつお願いします」


「あいよタンメンギョーザ、二。もう少々お待ちくださいねー」


 オーダーを聞いた途端、店主が鍋をふる。だがそれは、先客の分だ。


 他の席も、注文が来ていない。結構、掛かりそうだな。

 

「さっきの、是枝コレエダ 夕貴ユキっていうんだけどな。バイト先の後輩なんだ。ウチの一年……あ、もう二年か」

 

 目が合っていないから、後輩はこちらに気づいてないと思うが。


 あいつ、ウーバーでもバイトしていたのか。

 苦労している……わけじゃないよな。さっきも、エグいオンロードバイクで出ていったし。整備費に結構、金が掛かるんだろう。


「オレたちのこと、言いふらすようなやつじゃないけどな」


「では、出前を頼むときは、気をつけましょう」


「そうしようか」


 とにかく、今はタンメンだ。


 お待ちかねのギョーザとタンメンが、お見えになった。


「皮がパリパリです!」


 パチパチと、まだ油が鳴っている。


「いただきます! ぱくっ。ふおおおお」


 萌々果さんが、無言でサムズアップをしてきた。

 かなり、うまかったらしい。

 

「タンメンの方も、いただきます」


 スープをレンゲですくいあげて、萌々果さんは口へと運ぶ。


「はああ。優しい味ですね」


 萌々果さんにならって、オレもスープからいただいてみた。


 なるほど。こういう味か。流行りのマシマシ系ではなく、肌に染み渡る味わいである。


「一度、ガッツリこってり系のラーメンを、ウチのビジホにある自販機で食べてみたんですよ」


「関西メインでチェーン展開している店のやつな」


「そうです。あれはあれで、独特の風味がたまりませんでした。このタンメンは、さっぱりしているのに人を惹きつけて離しません」


 澄んだスープのラーメンに、豚バラ入りの野菜炒めを乗せただけ。

 なのに、こんな刺激的な味わいになるとは。

 計算もあるんだろうが、ここまで深みのある味が出るんだな。

 そりゃあ、出前でも食いてえって客もいるわけだ。


「失礼。大将は、元々は出前持ちだったんですよね」


「はい。前の店主さんがおじいちゃんになっちゃって」


 今でもその店主は二階に住んでいる。この店の所有権を持っていて、現大将に店を貸している形式だ。


「いつ、ご休憩なされているんですか?」


「うーん。仕込みの時間が休憩かな? ギョーザの皮を作っているときですね」

 

 すごい。もはや、ワーカホリックだ。しかし、社畜感がしない。自分から料理に命を描けているからだろうか。やらされている感覚がしなかった。


「ちゃんと、眠れていますか?」


「そこは、大丈夫なので。ちゃんとチビの行事があるときは、店を閉めますよ」


 お子さんまでいるのか。しゃれにならんな。


 オレたちはお土産で、ギョーザの二人前を追加した。


「はいどうぞ。まいどあり」


「ありがとうございます」


 ギョーザをもらって、オレたちは店を出る。


 車の中で待っている真庭さんに、箱を渡す。


「お待たせしました、真庭さん。ギョーザです」


「ありがとうございます。お嬢様。お楽しみいただけましたか?」


「はい。とっても楽しかったです」


 なら、よかった。


「萌々果さん、悪かった」


「はい?」


「途中から少しだけだが、他の女の話をした」


 せっかくの、デートだってのに。


「お気遣いありがとうございます。そのお気持ちだけで、十分ですよ」


「そうか。今日はありがとう。おやすみ」


「ノブローさん、おやすみなさい」



 


 だが後日……。


「ややや八代ヤシロせせせ、先輩。お話が」


 オレは、後輩の是枝から呼び出された。

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