第8話 クラスメイトの家庭事情

「よお、おはよ。信郎ノブロー


「よっす、ケン


 教室に入るなり、斎藤サイトウ 賢がオレに声をかけてくる。

 

「新しいバイト、どうよ」


「最高だな。超ホワイト」


「うわー。いいじゃん。うらやましい」

 

「ただ、スキルアップからは程遠いな」


 ビジホ【OWO】で働き始めて、一週間が過ぎようとしていた。

 仕事と言っても、一緒にゲームしたり、マンガを読んだり、映画を見たり。

 そんなラクな仕事でいいのか、そもそも仕事と呼んでいいものか。

 とにかくオレは、黄塚コウヅカ 萌々果モモカといっしょに遊べばいいらしい。


 もっとベッドメイクとか、覚えさせられるのかと思ったが。

 レジ打ちくらいならできるし、雇ってくれてもいいのに。


「いいな。仕事がラクなら、俺もやってみてー」


「お前は別口で、バイトしてんじゃん。賢」


「あれは、親父の手伝い。しかも、いつ終了するかわからん」


 賢の父親は、読書カフェを経営している。

 書店でありながら、コーヒーやケーキを楽しめるのだ。

 静寂を求められる場所だが、手作りチーズケーキは絶品らしい。


 賢は接客も料理もできないので、売り物の整理とPOP作りが主な仕事である。

 

「書店員って、そんなにヤバイか?」


「言っておくけどな。電子書籍の脅威ってのは、想像している以上に大変だからな」


 紙書籍のシェアは、年々電子に押され気味だという。昔は紙の本に需要はあったが、今ではそうでもないそうだ。

 

「でも、読書カフェっていいアイデアだと思うけどな」


「親父の書店をどうやって継続させるかって、おふくろが考えついたんだよ」


 賢の住む商店街は、ほとんどがシャッター街になってしまった。

 スペースを有効活用しようと、若い人たちが経営を始めたという。

 それに感化されて、賢の家族も奮起したそうだ。隣の喫茶店を買い取って、カフェスペースを作ったのである。

 

 それでも、子ども用の絵本を汚されないように、児童向けのスペースを設けるなど、工夫が耐えないらしい。

 

「ガキの声がうるせえって、使用をやめる人だっているんだ。難しいぜ。できればお子様は、ウチの隣にあるネコカフェに行ってもらいたいって、俺も内心では思っているんだよね」


「アハハ。ネットで書き込んだら、大炎上ものだな」


「ちげえねえ」

 

 オレたちが話していると、莉子リコが「なんの話をしているの?」と尋ねてきた。


「賢の家が、大変だって話」


「ブックカフェでしょ? あそこ、大好きなのよね。いい本があるから、勉強に最適」


 賢のブックカフェでは、ノートを開くことは禁止されている。

 なので莉子の勉強ってのも、読書のことだ。


「あの辺は画材も置いてあるから、よく立ち寄るのよ。楽しすぎ。ウチの漫画研究部ごと、お世話になっているわ」


「莉子は昔から、利用しているよな」


「そうなの」


 イラスト集を見ながらケーキを食っているときが、もっとも癒やされるときだという。

 

「あの商店街は、できればなくなってほしくないわね。あそこが潰れたら、一つ向こうのモールまで、電車を使わないとだし」


 オレや萌々果さんと違って、莉子は「作る側」の人間だ。そのため、視点が普通のオタと違う。

 

「ネットじゃ、ダメなんだな?」


「タブレットとかは、ネットでもいいのよ。誰が使っても、特に変化はないし。でもお客からスケッチブックを頼まれると、手で描く必要があるから。アナログでも描けていないとね。となると、実物の画材を手に取って確かめないと」


 がんばっているんだな。


「でも、なくなる心配はないと思うぜ。なんたって、あそこのプロジェクトの発起人は、黄塚さんの親らしいから」


「わあああ。それは、心強いわ。応援しちゃう」


 しかし、黄塚 萌々果本人が席につくと、二人はサッと自分の席に戻ってしまう。

 声を掛ける勇気は、さすがにないか。

 たしかに、彼女の放つオーラは、次元が違いすぎる。

 高嶺の花ってより、天空城に咲く花みたいだし。



 で、OWOでの仕事が始まる。


 フルタイム授業が始まったので、萌々果さんと会う機会はめっきり減ったが。


「っていう話を聞いたんだけど」


 オレたちは、いつものファンタジーアクションゲームを楽しんでいる。


「それは、うちの父親が関係しています。父が出資して、若い人にチャンスを与えています。斎藤さんのおうちは、独自で展開なさっているみたいですが」


「買収したりとかは?」


「ありえないですね。商店の発展を、こちらが邪魔してはいけませんから」


 町内会とも話し合って、商業展開しているそうだ。ただ、いくらこちらが合理的だと思っていても、経営方針に黄塚側の意見を押し付けない。納得行くまで、話し合いをするそうだ。

 店主の高齢化による閉店など、どうしてもムリっぽいところだけを再開発するという。


「あそこの一番人気は、タンメン屋さんなんですよね」


「わかる! 最近は、いつも行列ができてて、常連でも食えねえ」


「テレビで紹介されてから、火が付いてしまって」


 元々常連で十分に支えていた店で、店主もこじんまりと展開したかったそうだ。

 しかしドラマの撮影現場になったことで、必要以上に繁盛してしまった。

 そのため前店主が腰をやり、今は弟子が運営している。

 弟子は若くて、まったく疲労が見えない。が、ワンオペでどこまでいけるか。


「あのドラマは、わたしも大好きでして。ぜひ食べてみたいですね」


 萌々果さんの趣味って、マジで幅広いな。なんでも見ている印象がある。


「空いているタイミングを見計らって、行こうぜ。店主に迷惑がかからない程度の、時間帯で」


「はい。ぜひ参りましょう。というか……」


「どうした?」


「これって、デートのお約束ですねっ」


……ッスー。

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