第7話 ビジホ満喫

 ひとまず、オレはビジネスホテル【OWO】を満喫することに。

 働かせてもらう以上、設備の内容を把握する必要がある。


「ノブローくんなら、無料で使ってくださって構いませんよ」


 オーナーである黄塚コウヅカ 萌々果モモカさんが言ってくれた。


「カネを払わないと、本当に快適かどうかわからない」と、オレは返す。

 支払い方法を把握していないと、困っている人がいたら助けられないからな。


「そうですか。では、他で埋め合わせいたします。それでよろしくて?」


「うっす」


「せっかくですから、わたしもお風呂をいただきます。ここは一応、女性客も利用できますから」

 

「わかった。昼食までに合流な」


 オレたちは、萌々果さんの部屋から別行動に。

 

 利用者から、「なんで学生がいるんだ?」って怒られるかもって思っていたが、なんてことはない。

 

 フリーWi-Fiが使えるコワーキングスペースでは、資格や入試の勉強をする利用者も多かった。

 受験生なら、騒ぐこともなかろう。


 どうやらオレは、大学生か受験生と思われているみたいだな。

 さすが、ちょっとリッチなネカフェである。銭湯も使えるしな。


 さっそく、銭湯を味わうことにした。


「はあああ。快適」


 大浴場ってほどの広さはないが、楽しむなら十分だ。欲を言えば、露天風呂が欲しい。だが、そちらはさらにお高いコースでないと選べない仕組みである。

 オレは宿泊客ではないので、使えない。


 風呂から上がって、マンガスペースに戻ってきた。

 コーヒー牛乳と扇風機で、涼む。


 昼間からビールを飲んでいる客も、いるな。出張者ってそんなもんなのか?

 とはいえ、仕事をしている利用者が多い。

 ホテルなのに、くつろげないとは。やはり日本は、まだ社畜感情で動いているんだな。

 

 壁が厚いのか、室内の音はほとんど聞こえない。

 たいていビジホは、壁が薄いというが。

 

「おまたせしました」


 萌々果さんが、銭湯から出てきた。

 浴衣! クラスのお嬢様・黄塚萌々果が、浴衣で現れるとは。

 しっかし、デザインが奇抜だな。


「それは、アメニティなのか?」


「はい。一応、ホテルの備品です。こちらを着用するには、少し値段が上がるのですが」


「オーナー特権だもんな。着用し放題であると」


「そうなります」

 

 萌々果さんの衣装は、キャラクターモノの浴衣である。

 無地のムームーもあり、こちらは無料だ。


「では、昼食にしましょう」


 昼メシは、レストランで取ることに。


 秘書の真庭マニワさんには、料理は不要と告げてあるらしい。


 何があるんだろう? ビュッフェとかだろうか?


 昼食スペースに到着する。


 壁一面、すべて自販機が埋め尽くす。

 そこに、一人用のテーブルが少々と長テーブルが。食う場所としては、心もとない。タクシードライバーなど、ホテル利用者以外の客が食べている感じである。

 外に出ると、喫煙スペースが隣接してあった。

 

「おお、これはまた珍しい」

 

 料理は全品、自販機で売られている。

 カップ麺や健康補助食品といった定番のものから、生麺まで。


「アンケートの結果、お部屋で食べたいって方が、多くいらっしゃったので」


 萌々果さんから、説明を受ける。

 コストの面から、キッチンスタッフなどは極力配置していないそうだ。

 食事スペースは控えめにして、部屋の防音性やレイアウトをよくしようとなったらしい。

 だから、高級感があっていい感じなのに利用代金が安く抑えられているのか。


 一台の自販機に、オレの目が釘付けになった。

 

「これ、ネットで見たことある。うどんの自販機だろ?」


 昭和レトロ感満載の自販機に、まさかこんなところでお目にかかれるとは。


「こちらは動画サイトで発見して、すぐに取り寄せました。製造業者も割り出して、投資しています」


 この設備は残すべきだと、考えたらしい。

 機械いじりが好きなスタッフを募集し、研修させているという。


「冷食の自販機まであるんだな?」


「はい。フェリーだと、全品冷食の自販機で済ませるという便もあるそうですよ」


「うん。オレも、動画サイトで見たことがあるよ」


 でも、本物は初めて見た。


 作り方を一通り、見て回る。


 なるほど、冷食うどんの作り方は、あんな感じになるのか。


「うわ! これも、動画で見た! 実物が、こんなところにあったとは!」


 驚いたのは、有名店のラーメンが自販機で売られていたことだ。

 名店のラーメンを冷凍し、自販機で販売している。


「これ、たしか日本には四台しかないって」


 地域によっては、空港にしか置いてないという。


「よくご存知で。面白かったので、ウチで扱うことにしたんです。ファミリー層に、大人気なんですよ。この自販機でラーメンを食べたくて、ウチの系列ホテルに泊まるお客様もいます」


 この手の珍しいガジェットを集めるのが、萌々果の趣味らしい。

 

「せっかくだから、使わせてもらおう」


 オレも萌々果さんも、ラーメンの自販機を使うことにしたのだが……。


「昭和自販機うどんも、気になっているんだ」


「では、シェアしましょう。コップやお茶碗などは、配置しておりますので、ご利用ください」


 インスタント味噌汁用のお椀を、借りる。


 あとはドリンクバーで、お茶やジュースをもらってフィニッシュ。


「では、かんぱーい」


「何に?」


「二人の出会いに?」


「いやいや、萌々果さん。それだと、オレらが交際することになっちまう」


「そそ、そうですね」


 言った側から、萌々果さんが赤面する。


「では、採用おめでとうございます」


「ありがとうございます」


「ウフフ」


 ドリンクバーで、乾杯をした。


「よくほぐしましょう。ときたま、凍っているところが残っていたりするので」


 萌々果さんが、ラーメンをほぐす職人と化す。

 

「お、おう」


 クラスの社長令嬢からほぐしてもらったラーメンは、なぜか名店の味を超えていた。

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