第2話 ビジホのオーナーは、女子高生!?

八代ヤシロくん? 本当にあなたは、八代 信郎ノブローくんですよね?」


 声をかけられて、オレは我に返る。


「すまん、ボーッとしていた」


「大丈夫ですか、座ってください」


「おう。すまんな」


 オレは靴を脱ぎ、部屋の中へ。カーペットに、腰を下ろす。


「クッションをどうぞ」


 黄塚さんが、クッションを用意してくれた。ネコの耳がついた、かわいいやつを。おお、モチモチで、柔らかい。


「えっと」


「なんでしょう」


 黄塚さんが、こちらに視線を向けてくる。

 

 うーん。気まずい。なにを話せばいいんだよ?


「あの」


 オレは受付嬢に助け舟を出してもらおうと、振り返った。

 

 受付のお姉さん、どこ!? 秒でいなくなってるんだけど!?

 

 どうすんだよ。情報が多すぎて、頭が追いついてない。

 

 眼の前にいる黄塚コウヅカ 萌々果モモカは、このビジネスホテル【OWO】のオーナーだという。


「つまり、黄塚さんがこのホテルの大家さんってわけか?」


「はい」


「あんたがこの物件を所持しているのか? まじかよ!」


「知らないんですか? 二〇二二年四月に民法が改正されて、一八歳でも不動産の売買は可能になりましたのよ」


 おお。あの法律って、成人扱いになるだけじゃないんだ。犯罪者扱いされるだけじゃなかったのか。


「親がお金持ちだと、不動産も買ってもらえるんだな」


「なにをおっしゃいます。この建物は、わたしが自腹で、わたし自身のために建てましたの」


「マジかよ。とんでもないな。お年玉をいくら貯めたら、こんなビルを買えるんだよ?」


「お年玉は、全額外国の株に投資をしました。今でも、運用中です」


 黄塚さんは、お年玉をすべて投資に回して、その金で建設したという。


「たしかに法律上は株式投資って、原則〇歳からでもできるもんな」


 しかし、知っていると実際に資産運用をしているのは、雲泥の差である。

ガキの脳みそで、娯楽を我慢して投資に金を回せるとは思えないけど。

 どれだけ、辛抱強いんだっての。

 

「それでも、頭金を払っただけですね。おかげでこの歳で、借金持ちですわ」


 お嬢様なのに、ローン地獄とか。どんな人生だよ。

 

「まあ、もうすぐ返済しますが」


 するんかいっ。


「でも、よくご存知で」


「オレも投資をやってるからな」


「まあ」


 実際にオレも金の勉強をして、バイト代を投資に回している。


「理由をうかがっても?」


「別に。推し活だ」


 オレの場合は、配当金や株主優待目当てで、株を買っていた。


 全世界とか全米のインデックスに投資しつつ、「高配当」という、何%かの配当金がで出る株式に投資をしている。


「知ってるか? ●☓▽出版って? あそこに投資をしておくと、株主優待で【デジタル漫画が読み放題】なんだぜ」


「そんな形の優待がございますの? 調べておきますわ」


 さすがに、そういった変わり種優待は、黄塚さんは知らなかったみたいだ。


「ハッ! これって、インサイダー取引になるのでは?」

 

 秘密裏に得た情報を用いて、株を買う行為に当てはまるかもってか?


「ならねえだろ。ちゃんと調べたら、証券会社のサイトにも出てきますー」


「では、安心ですね。さっきポチりましたわ」


 読める本は限られているが、そういう優待があるってのは期待できる。他の出版社も追随してくれるといいが、まあムリだろうな。


 さっき消えていった受付の人が、コーヒーを持ってきてくれた。

 またすぐに消えたが。


「推し活とは、具体的に?」


「資産運用して、配当金やら取り崩しやらで、サブスクを買う感じだな」


 資産を残しつつ少額で推しのチャンネルに投げる。

 いわゆる、オタ活の永久機関だ。


「最近の推しは、どなたですか?」


「いろいろだ。ゲーセンのチャンネルとか、レトロゲームのチャンネル、あとは数名の漫画家」


「VTuberとかも?」


「ああ。まあ、友達より廃課金しているつもりはないけど」


 莉子リコほど、アホみたいに課金はしない。あいつは、ガチャも回すんだよな。

 イラストで稼いだ金は、ガチャで溶けるという。

  

「本題だが、オレはここでなにをすれば?」


「わたしと遊んでください」


「いいのか? 男のオレと遊んでも? 親御さんたちはなんとも思わないのか?」


「はい。あなたなら信頼できるからと」


 オレの前で、黄塚さんが三つ指をつく。

 

「ありがとうございます」


「なんだよ? オレはなにもしとらんぞ?」


「しました。あのクレーマー、実は我々の元にも来まして」


 あの男は、黄塚商事にも営業をかけていたらしい。

 断れれてむしゃくしゃして、オレのバイト先のコンビニでイチャモンを付けてきたという。


「あの男は、彼のお勤め先で絞っていただいています。かなりのバツを受けるでしょう」


 まあいいかな。


「でも、オレの対処はかなりやばかった気がするぜ」


「とんでもありません。カスタマーハラスメントは、もはや社会問題です。どこかでガンとした対処が必要なのです。それが早まっただけ」


「どうなんだろうなぁ」


 その対処がやばかったから、オレはクビになったわけだし。

 

「あなたを採用したのは、感情で怒っていなかったことです。自分に被害の目を向けさせることで、従業員を守ったのでしょ?」


 おお、そこまで見抜いていたのかよ。


 まあ、得意げに語ることじゃないけど。


「あなたの勇気ある行動に、わたしは感動しました。実はあの店長ですが、あなたをやめさせる気はなかったようです。こちらで働いてもらいたかったので、ムリヤリやめさせてしまいました。申し訳ありません」


 また、黄塚さんが頭を下げた。


「もし、わたしと過ごすのがお嫌でしたら、前のバイト先に戻ってくださっても」


「いや。ここで働かせてください。お願いします」


 実質、こちらの方が家も近い。客の質もいいから、クレームにイラつくこともなかろう。なんたって、お客様は黄塚萌々果ただ一人である。


「ありがとうございます」


 黄塚さんから、仕事内容のファイルをもらう。


 基本的に、放課後オレとここで遊ぶだけか。着衣も、学生服か私服でいいらしい。本物の従業員と間違えられるため、「ホテルの制服は着るな」とのこと。


「あんた、一人暮らしか?」


「はい。ここで自立しています」


 一応、身元保証人的な人は同居してくれているらしい。


「けど、あんたの目的がわからねえ」


「ですよね。お話します」


 グレープ味の炭酸を、黄塚さんは一気に飲み干す。


「八代 ノブローさん。わたしを、【ディレッタント】にしてください」

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