第3話 ディレッタント

 黄塚コウヅカ 萌々果モモカは、ディレッタントになりたがっていた。

 

「たしか、マニアとかオタではない、趣味範囲で楽しんでいる人だっけか?」


八代ヤシロさんの解釈で、合っていると思います」


 ディレッタントの歴史は、案外古い。1700年代には、あったという。


「太宰治のエッセイにも、ディレッタントという言葉が出てきますよ」


「好事家って、かなり歴史のある文化なんだな」

 

 といっても、もはやホラー系のテーブルトークRPGの職業としか、聞いたことがない。


「わたしは、オタクというには専門知識がなくて」


「ふむふむ」


 どちらかというと、広く浅い知識で立ち回るというより、「財力で殴る」タイプのイメージだ。テーブルトークってやったことがないから、しらんけど。


 金持ちなら、黄塚さんはとっくにディレッタントっぽいが。


「具体的に、どうなりたいんだ?」


「老後の資産は確保しつつ、遊ぶ感じですね」


 主にゲームをしたり、アニメを見たり、絵画や文学に触れていたいそうだ。


「つまり、オタ活を充実させることだな?」


「はい!」


 じゃあ、わかりやすい。 


「今日は、何をすれば?」

  

 黄塚さんが、ゲームのコントローラーを、こちらに差し出す。


八代ヤシロ 信郎ノブローさん、一緒に遊んでくださいますか?」


「わかった。ひとまずプレイするか」


 オレたちは、黄塚さんがやりたいと言っていたゲームを始める。


 遊ぶゲームは、サードパーソン型のファンタジーアクションゲームだ。


 この部屋には、モニターが三つある。その一つを、オレは使わせてもらった。


 キャラメイクのやり方を、一通り教える。


「こうなるんですわね」


 黄塚さんは、自分とは似ても似つかない、リザードレディお姉さんを作り上げる。


「体型はこんな感じで、ジョブは【ファイター】にしますわ。出自は【プリンセス】と。名前は、【モモネ】にでもしましょうか」


 ロン毛をたなびかせる、リザード族の姫アマゾネスが完成した。見た目は美少女だが、目がトカゲ状で、舌の先は割れている。


「八代さんは、どうしますの?」


「魔法使いで、お姫様をサポートするよ」


 マッチョお姫の召使いエルフという設定で、職種は魔法使いに。姫が脳筋だから、純魔にするかー。


「名前は、ノブローをもじって、【モブロー】で」


「八代さんはモブではありませんよ」


「モブでいいんだって。オレなんて」


「いえいえ。八代さんはやる人ですよ」


 そんなやりとりが、数分続いた。


「では、冒険に参りましょう」


『やっちまおうかね!』


 黄塚さんの言葉に呼応するかのように、モモネがしゃべる。


「まあ。キャラクターがしゃべりましたわ」


「他のモーションも、できるぞ」


「ホントですね! かわいいです!」


 キャラがアクションを起こす度に、黄塚さんはハシャぐ。


「でも、安心はできないぜ」


 最初のミッションは、【集落に現れたモンスターを撃退する】こと。

 

 さっそくリザードマンの集落に、スライムの大群が押し寄せてきた。


 見た目はキュートだが、ここまで密集しているとキモいな。

 

「武器は、ハルバートで参ります! それ!」


 黄塚さんが、槍斧をぶん回す。


 オレは後方から、モモネの攻撃力を上げる魔法をかけ続けた。

 さらに、防御結界の魔法も仕掛ける。


 スライムの体当たりが、結界に阻まれた。


 そのスキに、モモネが魔物を追い払う。


 魔物のボスが、集落に降り立つ。


「なにか来ましたね!」


「ボスだ! やっちまえ!」


 大型のサイクロプスが、棍棒を叩き込む。


「ぬうん!」


 モモネは避けず、棍棒を受け止めた。


「回避して! 受け止めるだけでも、ダメージが入っちまう!」


「でも避けたら、集落の子どもたちに当たってしまいます」


 たしかに。集落からは大量に子どもたちが避難していく。


 その子たちを守ることも、このミッションにおいて大事なことだ。


「子どもたちは、オレに任せて! アンタは、ボスの撃破に集中して」


 オレは結界を、子どもたちの方へかけた。


「いいか? 回避だ! とにかく避けて避けて避けまくって!」


「はい! やってみます」


 バツグンの反射神経で、黄塚さんは敵の攻撃を避け続ける。

 枷が外れると、ここまで強いのかよ?

 このゲーム、初めて触るって言っていたよな。

 それで、こんなヤバイ動作ができるなんて。


 ディレッタントとしての才能が、この人には備わっているのかもな。


 モモネの攻撃を喰らい、サイクロプスが転倒する。

 

「スキあり!」


 一気に、モモネが畳み掛けた。


「ヤバイ! 反撃が来るぞ!」


 サイクロプスが、防御不可能なモーションを仕掛けてくる!


「あぶない!」

 

 オレはムリヤリ体移動をして、モモネをどかせた。


 サイクロプスが、オレを叩き潰す。


 オレのゲームキャラは、死亡した。

 すぐに復活はするけど、リカバリーまであと数分はかかる。

 

「よくも、ノブローくんを!」


 黄塚さんが、怒りに燃えた。


 さっきより激しい攻撃の連続で、サイクロプスを切り刻んでいく。


 再度、サイクロプスが反撃を繰り出した。


 今度は、黄塚さんも油断しない。


 モモネを巧みに動かし、カウンターのカウンターまで披露した。


「やりました! ノブローくんの仇は取りましたよ」


 おお。黄塚さんがまた、オレを下の名前で呼ぶ。


 オレを下の名前で呼ぶ他人の女子なんて、莉子リコくらいしかいない。


 なんか、変な気分だ。

 

「こちらも、ちょうどのタイミングで復活できました」


 喜びがバレないように抑えた成果、オレも敬語になっちまう。

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