第25話 未知との遭遇

 一件目の酒場は酒の在庫がなくなったからと追い出されてしまった。二件目も、三件目も、同じ理由で追い出された。


「あははははっ。見て見て、星が回ってるよ! 誰かが流星の魔法を使ってるのかなっ」


「おいおいそんな恐ろしい魔法があるのかよ」


「知らないの? とっても綺麗な星の瞬きの魔法だよ。見せてあげよっか?」


「ははは。そしたら街が吹き飛んでもう酒が飲めなくなるぞ」


「あはっ、じゃあやめとくね」


「そうしろそうしろ」


 お互いに肩を貸しあいながら、アンデッドのようにおぼつかない足取りでふらふらと裏通りを歩く。辺りは静まり返っており、俺たち二人の酔っ払いの会話が響くだけだ。


 空を見上げたことで、星の位置から夜明けが近いことを知った。ああ、もうそんな時間なのか。さっき飲み始めたばかりだと思っていたが、随分と経っていたらしい。


「今日はありがとね」


「なんだよ、改まって」


「私、知らなかった。こんなにも愉快な気持ちになる方法があるだなんて」


「ははっ、アコラにも知らないことがあったんだな」


「自分でもびっくりしちゃった。広いんだね、世界は。ダンジョンの奥底で引きこもったままだと、ずっと知らないまま生涯を終えるとこだったよ。だから、ちゃんとお礼が言いたいんだ」


 酔っぱらっているからか、頬を赤く染めたアコラが、瞬きする間に俺の正面へと立っていた。


「ありがとうユウタくん。私のことを、奈落の底から連れ出してくれて」


「どういたしまして」


 なんとなく恥ずかしくなって視線を外そうとするが、まるで俺がそうすることを分かっていたかの如く、視線をずらす前にアコラが続けて話しかけてきた。


「ユウタくん」


「なんだ?」


「私たち、お友だちだよね?」


「そうかもな」


「私たちは、百年後だってこうして一緒に飲み歩ける、素敵な親友以上の関係。そうだよね?」


「かもしれないな」


「ふふっ」


 アコラのささやくような笑い声が俺のすぐ隣から聞こえてくる。あまりにも動きが早すぎて、いつ隣に移動したのか俺にはさっぱり分からなかった。


 気が付けば手を握られていたが、俺も深く酔っているからか、その突拍子もない行動に目くじらを立てることもなかった。そんな気分の時もあるだろうと、そう思っただけだ。


「なんだよ。意味ありげに笑いやがって」


「なんでもないよ。ふふっ。そうだ、一つ教えてあげるね」


「まだ何かあるのか?」


「私がね、どうしてユウタくんの顔を見ただけで考えてることがわかると思う?」


「魔法か武術か? それとも、俺の知らないスキルか?」


「ふふっ、ハズレだよ。私がユウタくんの考えてることが分かる理由はね――」


 きっと俺は、今日のこの日のことを一生忘れないだろう。


「私がずっとずっと長い時間、ユウタくんのことを見ていたからだよっ!」


 かけがえのない仲間たちと出会ったあの日や、生涯の飲み友だちであるブライアンと出会ったあの日のように、きっと何度も何度も、今日のこの日を思い返すことだろう。


 俺は、周りの人間から『化け物』として扱われることに腹を立ててばかりいた。しかしそんな俺自身が、アコラのことを『化け物』として扱い、自分をはるかに超える力を怖がるばかりで中身をまるでみようとしなかったなんて、俺はなんと愚かな人間なのか。


 過去を思い返せば、地上に出たアコラはずっと俺に歩み寄ってくれていた。魔物であるのに、人間のようにふるまってくれていた。

 俺はアコラに気を使っているつもりでいたが、本当に気を使ってくれていたのはアコラの方だったのだ。そのことを、今になってようやく理解した。


「ごめんな、アコラ」


「いいんだよ」


 きっとまた、表情から俺の思考を読んだのだろう。

 一滴の涙がアコラの頬を伝うが、その涙は、ヒュドラになることはなかった。



△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼



 俺たちの旅は、酒を飲み交わしたあの日から始まったのではないか。

 西へ東へ美味しいものを求め、俺とアコラは世界を股にかけ飲み歩きの旅を行った。


 いくつか目の街を後にしたとき、俺は奈落の街へと帰ってもいいのではと考えた。ここ数か月の間、アコラから死にたいといった言葉は聞いていない。これならもうアコラは大丈夫だろう。


 奈落の街へと戻り、そこでまた酒でも飲まないかとアコラに提案した。奈落の街はこの世界有数の大きな街だ。だから当然、美味しいものや珍しいものが世界中から集まってくる。

 懐かしい味に想いを馳せながら話を切り出したものの、どうやらアコラはこの旅をもう少しだけ続けたいようだった。


 折角の機会だから、もっともっと色々なものを食べ歩きしたいのだとか。

 そうか。アコラがそう言うのなら、それもいいかもしれないな。アコラに気を使ったわけではなく、俺は本心から旅を続けてもいいかもしれないと考えを改めた。


 そして俺たちは、当初の目的であったホワイトロードを目指して歩き出した。

 もちろん、道中の街や村で地酒を楽しむのは忘れない。別に急ぐ旅ではない。のんびりと気の向くままに街や村を転々とした。


 更に数か月ほどが経った頃、ようやく地平線の彼方に目的地らしきものが見えてきた。


「もしかしてあれがホワイトロードなのか?」


 酒瓶片手に目をすがめ、一本の白い帯のように広がる地平線を見つめる。


「ホワイトロード……。あれが、そうなの?」


「わからん。俺は行ったことがないからな。もう少し近づいてみよう」


 たわいもない雑談をしながら、地平線へと向かって歩いていく。あそこの街は食べ物が美味しかったとか、あの村の郷土料理は噂とは違いハズレだったとか、共通の時間を長く過ごしたため話題が尽きることはなかった。


 数時間ほどすると、俺たちはそこにたどり着いた。


「どうなっているのかしら。地平線の奥を見通せないなんて」


「この空間はどこまで続いているんだ?」


 俺たちの数歩先には、真っ白な地面らしきものが広がっている。この真っ白なものが大地なのか、はっきりとは分からない。どうにも認識しづらい空間だった。


 二人して首をかしげていると、それは突如起こった。


「なんだ!?」


「うそっ、広がって行く……? 空間に満ちたエネルギーが動いてる!」


 数メートル先の白い大地の境目が突然動き出した。

 浜辺にさざ波が押し寄せるかのように、白い大地がこちら側の大地を侵食していく。俺とアコラが落ち着きを取り戻した頃には、背後に広がっていた草原が姿を消していた。


「前も後ろも白い空間が続いてやがる。まさか、罠か? 新手のダンジョンじゃないだろうな」


「ううん、違うよ。ダンジョンとはエネルギーの流れが全然違う。これは……何?」


 エビラーニャを握る手に力が入る。アコラですら状況を把握できないなんて、俺は悪い夢でも見ているのか?


「そんな……! まさか!」


「どうした!?」


「消えちゃったの! ダンジョンとのつながりが!」


「それが消えるとどうなる?」


「コアを失ったダンジョンの未来なんて一つだけだよ!?」


 言葉を失ってしまう。まさか、このまま世界が消滅してしまうとでもいうのか。


「――ッ。なんとか……、か細い回路を形成できた……かしら。首の皮一枚つながったね」


「世界は助かるのか!?」


「油断はできないよ。でも、少しの間なら持ちこたえられる。本当に少しだけど、私のダンジョンとのつながりを取り戻せたの」


「アコラの方は大丈夫なのか? ダンジョンとのリンクが切れれば、コア本体にも影響がありそうなものだが」


「あはっ、心配してくれるの? ああ、とっても新鮮な気分。これが守ってもらう女の子の気持ちかあ」


「思ったよりも余裕がありそうだ。気にかけるほどでもなかったか」


「ううん、ありがとね。それほどに余裕はないの。形成できたのはとっても細い回路だから、大きなエネルギーをダンジョンから供給できないんだ」


 ようやく気持ちが落ち着いてきた俺は、アコラの気配が今まで感じたことがないほどに弱々しくなっていることに気付いた。今のアコラは、Aランク冒険者にすら殺されるのではないか。


「とりあえず来た道を戻ろう」


「それはできないみたい」


 アコラが地平線の彼方に向かって指を指す。何もない真っ白な空間に、一つの黒い影が立っていた。

 その黒い影が、一歩、また一歩とこちらに向かって近づいてくる。


「人間……。いや違う、魔物か?」


 魔物らしき生き物から漂ってくるわずかな殺意に、俺は戦闘が避けられないことを知った。逃げることは難しいだろう。なぜなら、そいつが内包している魔力は俺をはるかに凌駕していたからだ。


「ハハッハッハッハッハッ――」


 空間すべてに響き渡るほどの笑い声をあげ、そいつは俺たちの前にやって来た。


「我の名前はサージゲート。レボルス帝国の先兵サージゲートだ。貴様たちの世界を塵へと還す者の名だ。よおく覚えておくがいい」

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