第24話 飲みすぎ
「お待たせっ。待った?」
まだ待ち合わせの時間までは充分に余裕がある。だというのに、俺が待ち合わせ場所に着いた途端にアコラに声をかけられた。こいつのことだ。きっとどこかその辺に待ち伏せていたのだろう。
「いいや、今来たところだ」
声のした方に振り替えると、そこには平凡な町娘のような恰好をしたアコラが立っていた。
俺に合わせてくれたのだろうかと、自身の服装を眺めながら再度アコラの服に視線をやる。
並んで歩けば、どこにでもいるカップルのように見えることだろう。ただし、アコラの人並み外れた美貌をのぞけば、だが。
「まずは謝らせてくれ。殺そうとして悪かった」
宿で殺気を放ったのは反射的なものだったが、だからといって謝罪しないわけにもいかない。俺は精一杯の誠意を込めて頭を下げた。
「……許せないけど許してあげる」
「許してくれるのか?」
「うん。ユウタくんがね、本当に本気で仲直りしたいってのが伝わったから。だから許してあげる」
俺の今の謝罪に、こうもあっさりとアコラの怒りを解くほどの力があっただろうか。
どうにも釈然としないが、追及したところでアコラは何もしゃべらないだろう。
「エスコート、よろしくねっ?」
甘えるような1オクターブ高い声でそう言って、アコラは俺の腕を取った。
宿の時のように身構えてしまうことはなかった。意識して力を抜いていたし、久々に飲める酒の味に気を取られていたことが功を奏したというのもある。
「任せろ」
俺にしては珍しく、自らアコラの手を引いて街の大通りに向けて歩き出した。
丁度、太陽が地平線の彼方へと沈んで行くところだった。街の大通りは、仕事を終えた人たちでごった返している。
俺はその人込みを避け、大通りから裏通りへと進む。しばらく歩くと、一件の酒場が見えてきた。特別に繁盛しているわけではないが、かといって閑古鳥が鳴いているわけでもない。程よく庶民的な酒場だった。
「ここなんだね。ユウタくん一押しのお店って」
「ああそうだ。がっかりしたか?」
俺にとってはまさしく「こういうのでいいんだよ」といった雰囲気の酒場だが、年季を感じさせる外観もあって、男女のデートで使われるオシャレなお店ではないというのは、色恋沙汰に疎い俺でもさすがに理解している。
「ううん、大丈夫っ。だって、ユウタくんが私のために選んでくれたお店だから」
「そう言ってもらえると助かるよ」
店の中には、一仕事終えた冒険者の男女がすでに飲んだくれていた。久々に感じるアルコールの匂いと酒場の雰囲気に気分が上がる。俺は適当なテーブル席にアコラと二人で座り、すぐにビールを二つと肉料理を注文した。
「これがユウタくんの大好物かぁ」
何がそんなに楽しいのか、、アコラはニヤニヤとした表情で運ばれてきたビールを見つめている。そしておもむろにジョッキに手を伸ばした。
「待て」
「なあに?」
「俺が酒を美味しく飲むコツを教えてやろう」
「乾杯したり、お料理と一緒に飲んだりとか? 私、ちゃんと人間の生態を勉強してるつもりだよ。人間がそういう風にお酒を飲んでるの、知ってるんだ」
「それは普通の人間の飲み方で、俺たちには意味のない飲み方だ」
「どういうこと?」
「俺たちはな、毒への耐性が強すぎる。普通に飲んでも酔っぱらうことなんて不可能なんだよ」
俺が言っていることが理解できないのか、アコラはビールジョッキに手をかけながら首をかしげていた。
「酒は体にとって毒なんだ。だけどその毒を分解してしまったら酒は楽しめない。だから……意図的に耐性を下げるんだ」
説明が終わってから、すぐにお手本を見せるかのようにゆっくりと毒耐性を下げていく。毒に弱い肉体の完成だ。
「……さすがだな」
俺が耐性を下げ終わるころには、アコラも俺と同じレベルまで毒に対する耐性を下げ終わっていた。この手の技術では、俺はアコラに逆立ちしたって勝てないだろうな。
「うふふっ。それで? 次はどうすればいいのかな」
「乾杯をしよう。俺とアコラの仲直りを祝して」
グラスを軽くぶつけあってから、俺はそれを一息に飲み干した。美味い、美味すぎる。久々の酒は、この世のものとは思えない格別の味だ。
「そんなに美味しいの? ユウタくん、とっても幸せそうな顔してるよ」
「ああ、最高だ」
すぐに店員を呼びビールのお代わりを注文する。次のビールが来る頃には、アコラもようやく一杯目のグラスを空にしていた。
「なんだか変な感じ。頭の中がふわふわする気がする」
「酔って来たようだな」
「これが”酔う”って感覚なんだ……」
「人間はな、嫌なことがあった時に酒を飲むんだ。頭がふわふわしてれば、嫌な思い出だって忘れられそうだろ?」
「そうかな」
「ほら、もう一杯飲め。今日は俺のオゴリだ」
自分用に頼んでいたビールをアコラの前に差し出してやった。
アコラは俺の何倍も長生きしている。忘れたい思い出だって、きっと俺よりもあるだろう。今だけは、それを忘れさせてやりたいと思う。
酒の味に慣れてきたのか、ぐいぐいとグラスを傾けていくアコラを見て、俺はこの飲み会を心地よいものにしようと思った。
△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼
「な、なあ」
「どうしたのユウタくん。あんまりお酒が進んでいないみたいだけど。私がお酌してあげるねっ」
「飲みすぎじゃないか?」
「えぇ~そんなことないよ。まだ151杯目だよ?」
「明らかに飲みすぎだから!」
どうしてこうなった。
確かに、今日は心行くまで飲もうと思っていたし、俺も酔いつぶれるくらい飲もうと思った。
だけどアコラのペースが早すぎた。飲み始めてからまだ一時間だぞ。
「一つ聞くけど、アルコールを解毒してたりしないよな?」
「しないよそんなこと! だってもったいないでしょう? こんなにもふわふわいい気持ちなのに!」
素の肉体のスペックでアルコールに耐えているということか。相変わらずの化け物ぶりだ。
「ねえねえっ」
「なんだ?」
「また二人で乾杯しよっ」
この一時間で何度乾杯したことか。こいつ、人間みたいな酔っぱらい方してるよな。
「とりあえず乾杯は酒が来てからな」
「えへへ~。約束っ、だからね!」
赤ら顔で酒の肴を頬張る姿は、とても世界最強の化け物には見えない。こんな表情もできるんだな、こいつ。
「お酒、遅いね?」
「忙しいんだろ」
「もう待てないから、私が厨房に直接取りに行ってくる!」
「おいやめろ」
「乾杯用の酒樽二つ持ってくるねっ!」
「何で乾杯するつもりだ!?」
樽でいくってヤマタノオロチかよ。
「座れアコラ。ほら、さっき注文したワインとウイスキーが瓶で来たぞ。これで乾杯しよう」
アコラの目の前に手際よく酒を注ぎ、杯を片手に乾杯を促す。するとアコラはすぐにそれに乗って来た。
「かんぱ~い!」
一秒かからず注いだ酒が空っぽになってしまった。まずい、このままでは場が持たない。
「おいアコラ。酒ってのはな、ガバガバ飲むんじゃなくてつまみと一緒に楽しむものなんだ」
俺はそっとアコラの前にから揚げの皿を差し出した。
「わかった! ウイスキーをつまみにワインを飲むね!」
「そうじゃねえよ」
俺がなんのために飯の皿をよこしたと思ってんだこいつは。
「少し休憩にしないか? ほら、店員連中も俺たちが飲みすぎるせいで大忙しだろ」
「あのね」
「おう」
「酔いが覚めそうになると手が震えてくるの」
「アル中になるの早すぎだろ!」
こいつは何かに依存してないと気が済まないのか?
「ユウタくんは飲まないの?」
「いや、ほどほどに飲んでるが」
「足りないよね?」
そんなことはない。俺は喉まで出かかったその言葉を飲み込んだ。
別に飲み足りないというわけではない。十分にアルコールを堪能している。しかし、親友であるブライアンと飲むときと比べればどうだろうか。今の俺は、本当に心の底から酔っぱらっていると言えるのか?
「おーい! すまないが酒とつまみをどんどん持ってきてくれ!」
近くを通りかかった店員に金を握らせながら、ありったけの酒を注文する。
俺は今日の飲み会では、アコラをエスコートしようと思っていた。自分ばかりが楽しんでしまわないようにという考えが、酒のペースを鈍らせていたのかもしれない。
でも、もうエスコートなんてどうでもいいじゃないか。何せアコラ本人がもっと飲めと言ってるんだ。それならば、好きに飲んだってかまわないだろう?
「ふふっ、調子が出てきたみたいだね? 負けないよ、その飲み比べ受けてたとうっ」
店員が持ってきた酒瓶を俺とアコラは片っ端から空にしていった。
ああ、楽しいなあ。やはり飲み会はこうでなくっちゃ。
酔いが回り口が軽くなった俺は、馬鹿な思い出話をアコラに向かって一方的にまくしたてた。アコラは俺の話に相槌を打ち、時には声をあげて笑い、そして酒をぐいぐいと飲みほしていた。
アコラは俺の知らない大昔の話を教えてくれた。過去の冒険者の戦い方の移り変わりやダンジョンのありようなど、俺にとって非常に興味深い内容だった。
こんなにもおしゃべりに夢中になったのはいつ以来振りのことか。
アコラがただ笑い出しただけで、俺もつられて笑ってしまう。このかけがえのない時間が、アコラの望んだ『お茶会』だったのだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます