第23話 言い訳が下手くそすぎる男

 久々に酒を飲める。それならば、こんなところで油を売っている暇などない。街へと行き、いい酒場を見定めなければ……!


 しかしそんな俺のワクワクとした気持ちに水を差す奴らが居た。


「うおおおすげぇ!! 兄ちゃんすげえよ! お前は英雄だ!」


「剣聖のワシよりも鋭い太刀筋……! お主何者じゃ!?」


「英雄だ! 街を救った新たな勇者の誕生だ!」


 俺とヒュドラの戦いを遠巻きに観戦していた冒険者たちが、戦いの終わりとともに雪崩の如く俺の元に殺到してきたのだ。


「すまないが先を急ぐんでな」


「まあまあ、そう言うなって!」


「戦いのこと、もっと聞かせてくれよ!」


 あっという間に四方を囲まれてしまった。これではこいつらを無視して街に行くのは難しい。

 空を跳べば振り切ること自体は可能だが、どうしても目立ってしまう。俺としてはそれは避けたかった。


「とんでもねえ化け物だよお前さんは! ……うっ!?」


 周りの男たちが俺から数歩後ずさる。化け物だと言われたことに思わず感情が高ぶってしまい、それが威圧となって辺りに漏れ出てしまったからだ。


「わ、悪かった。お前さんは化け物じゃなくて勇者だ」


「俺の方こそ悪かった」


 この男は、本当の意味で俺を化け物だと言ったわけではない。物の例えとして言っただけだ。素直に謝罪するべきだろう。


「さっきも言ったが俺は忙しいんだ。そこを通してくれないか?」


「いやいやいや。さっきの戦いの話を聞かせてくれよ! お前だって冒険者なら分かるだろ? 圧倒的に強い奴と出会ったらさ、話を聞いてみたいというこの気持ちが!」


「……分からなくもないが」


「だったらさ、聞かせてくれよ!」


 これは安易に無双してしまった代償だ。

 このまま無理やり街へと向かえば、こいつらは全員で後をついてくるだろう。そして俺のことを英雄だなんだと誉めそやし、それを酒の肴に大騒ぎするんだ。冒険者ってのはそういう奴らだ。


 そうなれば、アコラとゆっくり酒を飲むどころではない。


 それにこいつらが俺の戦いを話して回れば、その武勇を聞きつけた王や貴族が俺に目を付けるかもしれない。強力な冒険者の囲い込みは、国を運営する立場の者にとって必要不可欠なことだからだ。


 そんな面倒なことはごめんだ。

 なんとかこの場を誤魔化す必要がある。俺のことは、どこにでもいるごく普通の冒険者だと思ってもらわねば。


「……ヒュドラを倒せたのは運が良かっただけだ」


「運とかそんなレベルの話じゃなかっただろ! なあ、そうだよな?」


「そうだそうだ!」


「剣聖のワシよりも凄まじい技の冴えだったぞ! 剣聖のワシよりも!」


 会話の一言目から言葉に詰まってしまう。無双しすぎてしまったせいで、誤魔化すのが難しい。しかし、成し遂げなければならない。


「あのヒュドラ、凄まじいブレスを放っていたよな! どうやって無傷でやり過ごしたんだ!?」


「……当たり所が良かったおかげだ」


「全身炎に包まれてたよな!? 当たり所もクソもないだろ!?」


 確かに……!


「えっと。それはその。……そうだ! 実は装備のおかげなんだ!」


「装備のおかげぇ?」


 俺は、以前にギルドで決闘をした時のことを思い出した。

 あの時と同じように、装備のおかげでヒュドラを倒せたことにしよう。そうだ、それがいい。


「お前さんが無傷だったのは、装備のおかげだって言うのか?」


 この集団のリーダー格らしき髭面の男が、眉間にしわを寄せながら問いかけてくる。

 明らかに疑われているようだった。


「そうだ。俺が無傷だったのは、この勇者のTシャツのおかげだ」


「鎧や盾ならともかく勇者のTシャツとか聞いた覚えがないんだが」


 ああ、俺もない。


 くそっ、鎧の一つでも着ていれば、もっとスムーズに誤魔化せたものを……!

 走るのに邪魔だったから全部脱いでしまったのが仇となったか。


「う~む……」


 髭面の男が俺のシャツをジロジロと見てくる。


「このシャツ、本当に聖なる品か? 神秘の欠片も感じないが……」


「間違いなく勇者のTシャツだ」


「衣類量販店のシマクロに980ゴールドくらいで売ってそうだが」


 うっ、鋭い。

 このTシャツはまさしくシマクロで980ゴールドで買ったものだ。君、商人の才能あるよ。


「き、気のせいだろ。これは間違いなく勇者のTシャツだ」


「むむっ。こんなところにシマクロのタグが……!」


 ふと見ると、俺の横合いに立っていた男が服をめくりタグを確認していた。


「剣聖のワシでなければ見逃しておったな。こんなところにシマクロのタグが……!」


 爺さんが声を上げようとした瞬間、俺の瞳が怪しく光った。すると爺さんは、その場で糸の切れた人形のように倒れ込んでしまった。


 視線を媒介にした催眠の魔法で眠らせたのだ。


「ど、どうした爺さん!?」


「疲れが溜まっていたんだろう。少し休ませてやったらどうだ? 年寄りは労わるものだろう」


 髭面の男は、釈然としない顔のまま荷物持ちらしき若い男に声をかけ、爺さんを少し離れた場所に寝かせるように命令した。


「さて、それじゃあ俺はそろそろ街へと向かう。じゃあな」


「待ってくれ!」


「……まだ何か? 炎を防げた理由は話しただろ」


「そっちは分かった。次はよ、ヒュドラを一刀両断にした剣技の話を聞かせてくれないか?」


「……。それも装備のおかげだ」


「装備で実現するレベルの武技ではなかったように見えるが」


「実現したんだ。現実を見ろ」


「うぅむ。その剣のおかげだって言うのか?」


「これは魔剣エビラーニャ。凄まじい切れ味と、持つ者に神業的な技術を授ける不思議な魔剣だ」


「なるほど。持ってみてもいいか?」


「いいぞ。あっ」


「何か?」


「エビラーニャは一秒でドラゴン一匹分くらい生命力を吸うから気を付けろよ」


「気を付けようがないだろ!?」


 エビラーニャに手を伸ばしていた髭面の男が、青い顔をして慌てて手を引っ込めた。


 おいおい、マジか。お前はAランク冒険者だろ。Aランク冒険者というのは、秒間ドラゴン一匹程度の生命力を吸われただけでピンチに陥るのかよ。


「……もしやその剣、邪剣ではないか?」


 邪険とは、邪悪な神の力が宿った剣のことである。持ち主に絶大な力を与えるものの、それを振るう代償も大きい呪われた魔剣だ。


 所持すること自体が禁止されている国もいくつかある。それほど危険で、忌み嫌われる装備品だ。


「失礼な。エビラーニャは邪剣ではなぃ……」


「言葉が尻すぼみになっているぞ。怪しすぎないか?」


 仕方ないだろ。エビラーニャはこの見た目にこのオーラだ。自信を持って「違います」なんて言えるわけもない。


「エビラーニャは邪剣じゃない。試しに持ってみてくれ。そうすれば分かる」


 いくらなんでも、邪剣を所持していると思われるのは困る。この疑いは、この場で必ず晴らさなければ。


「持つと死ぬ剣だろ。持てねえよ」


「そんな危険なものじゃない。ただ秒間ドラゴン一匹の生命力を吸われるだけだ」


「それが死ぬって言ってんだよ! 俺を殺す気か!?」


 なんと意気地がない。お前、それでもAランク冒険者か!


 ……仕方がないな。


『エビラーニャ、頼みがある。この男がお前を持つ間、生命力を吸うのを辞めてくれないか?』


『別にいいよ』


『やけにあっさりとしてるな』


『この人間の生命力マズそうだから』


『そうか。助かる』


 俺はエビラーニャを男の眼前に突き出した。


「さっきのはちょっとした冗談だ。剣がそんなに生命力を吸うわけがないだろう」


「ほ、本当かよ。だとしたら迫真の演技だぜ。お前役者になれるんじゃねえか」


「いいからさっさと持て。邪剣を所有してるだなんて不名誉な疑いはさっさと晴らしてしまいたいんだ」


「あ、ああ。分かった。俺もヒュドラを切り割いた剣には興味がある。そこまで言うなら、少しだけ振らせてもらう」


「あっ」


「!? まだ何かあるのか?」


「いや、大したことじゃないんだが」


「なんだよ。早く言えよ」


「念のため、剣を持つ前に家族に宛てた遺書を書いてもらってもいいか?」


「いいわけねえだろ! やっぱり邪剣じゃねえかよ!」


 男がものすごい早さで腕を引っ込めようとしたので、俺はその手首をがっしりと掴んだ。


「いいから持ってみろ!」


 そして無理やりにでもエビラーニャを握らせる。

 男の顔色は青を通り越して土気色になっていた。


「な? なんともないだろ」


「そ、そうだな」


「どうした。顔色が良くないぞ。さっき言ってたように、素振りの一つでもしてみたらどうだ?」


「い、いや。辞めておく。この剣はお前に返すよ」


「振らなくてていいのか? ヒュドラを殺した伝説の名剣だぞ」


「頭の中に声が聞こえる気がするんだ」


「声?」


「やたら可愛らしい声で”殺す殺す殺す殺す”って聞こえてくるんだ」


 ……。


『おい』


『ふふっ。怒らないでよちょっとした冗談だってば』


 まあいいか。エビラ―ニャのおかげで疑いを晴らせそうなのだから、このくらいの悪ふざけは寛大な心で許してやるとしよう。


「持ってみて分かっただろ。この剣は邪剣ではない」


「いやいや、それは無理があるだろ。その剣、俺に殺意全開だったぞ?」


「冷静に考えてみろよ。これはヒュドラを殺すほどの凄まじい力を秘めた剣だ。もしも剣に殺意があったなら、お前はとっくに殺されていると、そう思わないか?」


「……言われてみればそうだな」


「そうだろう? つまりさっきのは幻聴だ。きっと化け物ヒュドラからのプレッシャーで、知らず知らずのうちに精神が疲弊していたんじゃないか?」


「……そうかもしれん」


「納得してくれてよかった。疑いも晴れたことだし、俺はもう行くぞ。じゃあな」


「ああ。引き留めて悪かったな。だが、覚えておいてくれ。たとえ装備のおかげだとしても、お前は街を救ってくれた英雄には変わりない。俺たちは、地元を守ってくれたお前に一生感謝し続けるだろう。……ありがとうよ」


 髭面の男が頭を下げると、それに追従するようにして、周りの男全員が俺へと頭を下げた。中には手を合わせて拝むやつまでいる。


 俺はそんな連中のすき間を抜け、街へと向けて歩き出した。


「もしもお前に困難が訪れたならば、俺は自分の命に代えてでもお前を助けると誓おう」


 歩き始めてからしばらく経つと、背後から男のそんな言葉が聞こえた。


 男と俺の距離はもう二百メートルは離れている。普通ならば声が聞こえるような距離ではない。言った本人にしても、俺に聞かせるつもりなんてなかったはずだ。


 だけど俺には聞こえてしまった。

 冒険者としての矜持あふれるその言葉で、遠い昔に忘れてしまった何かを少しだけ思い出した気がした。

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