第22話 ショータイム、無双、主人公

 三日三晩、飲まず食わずで逃げるアコラを追いかけ続けた。

 お互いの能力差を考えれば、当然追いつけるはずなんてない。だけど追わずにはいられない。それが今の俺にできる、唯一のことだからだ。


 不思議とアコラの気配を見失うことはなかった。

 カレンのダンジョンの時と同じだ。アコラは俺が追いかけられるギリギリの速度を常に維持している。

 あの時はその理由が分からなかった。しかし今なら分かる。アコラは独りぼっちにはなりなくないのだろう。


ユウタ『なあ、頼むから許してくれ。少し驚いてしまっただけなんだ』


 追いかけっこをしている間、俺はアコラに対しテレパシーの魔法やメッセージの魔法を何度も送った。

 テレパシーの魔法に関しては、ラスティーヤの街の時と同じく返事が返ってくることはなかった。しかしメッセージの魔法は、一日ほど経ってから返事が返ってきた。


アコラ『ふんっ。驚いた、どころの話じゃないでしょう? 例えば、あの強烈な殺気を黄金龍辺りの魔物が受けたらどうなると思う? 即死するんじゃないかしら』


ユウタ『本当に悪かった! ごめん!』


ユウタ『怒ってる……よな? 本当にごめん』


ユウタ『頼む、返事をくれ。俺にできることならなんだってする。だから許してほしい』


 返事が返ってきたのだから、まだ挽回できるかもしれない。焦る気持ちを抑えることができず、アコラの返事を待たずに何度もメッセージを送ってしまう。


 俺はあの時のアコラの気持ちを少しだけ理解した。


 山を越え、谷を越え、延々と走り続けた。気が付けば、俺は七日間ほど一睡もせずに走り続けていた。

 一体いつまで走り続けることになるのか。そんなことを考え始めた時のことだった。それは唐突に表れた。


「GUAOOOOOOOOOOOOOO!!!」


 巨大なヒュドラが俺の目の前に現れ、五つの首から地の果てまでも届くうなり声が発せられた。


 数秒前まで魔物の気配なんてなかった。こいつはたった今、この世界に誕生したのだ。

 神経を尖らせ、わずかな気配の変化も見逃さないように警戒していたから分かった。目の前のこいつは、悲嘆の感情が込められたアコラの涙から生まれたのだ。


 魔力の気配を探るに、この魔物の強さは奈落の大迷宮の1000階層クラスだろうか。

 ただの一滴の涙がこのレベルの魔物を生み出すとは、アコラという存在は規格外の化け物だと言わざるを得ない。


「な、なんだこのドラゴンは!?」


「うわああああああ!」


「野郎ども、剣を取れ! 俺たちで街を守るんだ!」


 間の悪いことに、少し離れたところにはそれなりに大きな街があった。

 悲鳴を上げながら逃げ惑う商人の馬車らしきものや、街から土煙を上げながら走り込んでくる冒険者らしき一団が見えた。


 このヒュドラが暴れれば、小さな街なんて一日も経たずに壊滅するだろう。奈落の1000階層の魔物とは、そのレベルの化け物だ。


 街の人たちを守ってあげたいとは思う。だけど、物事には優先順位がある。俺が今するべきなのは、ヒュドラを倒して英雄になることではない。街を見捨ててアコラを追うべきだ。


「下がっていろそこの兄ちゃん! この魔物はやべえ!」


「俺たちはAランク冒険者だ! 俺たちに任せてお前は逃げろ!」


 街から駆けてきた冒険者たちがヒュドラを遠巻きに取り囲む。

 こいつらは皆いい奴なんだろう。勝てない、殺されるだけだってのは理解してるはずだ。それでも街を守るために戦いを挑み、それどころか、俺の命まで救おうとしてくれている。死なせたくないと思った。


 そんな俺の想いが通じたのだろうか。アコラは、五キロほど離れた森の中に座り込み、こちらの様子をうかがっているようだ。


 アコラが本気なら、俺に気配を一切悟らせずにこちらの状況を一方的に把握することだって可能だ。それをせずにこちらに気配を読ませているということは、つまりヒュドラを倒すまで待っていてやると、そのような意思表示なのだろう。


「ありがとうよ」


 俺はエビラーニャを振るった。

 その一振りで、ヒュドラの首が二つ飛んだ。


「なにぃ!?」


「み、見えなかった! 剣聖のワシにすら、剣筋が全く見えなかったぞ!?」


「この兄ちゃん何者なんだ!?」


 周りの冒険者たちが、口々に驚きの声を上げる。それを聞いたアコラは、どうやら笑っているようだった。

 何が彼女の琴線に触れたのか、俺には理解できなかった。だけどアコラがそれを望むのなら、俺はアコラを楽しませるショーの主役にだってなってやろう。


「うおおおおおおお!」


 迫真の雄たけびを一つ上げ、エビラーニャを縦横無尽に振り回す。

 ヒュドラは再生力の高い魔物だ。切り飛ばしたそばから首が再生していく。だがそれで良かった。戦いが長引けば長引くほど、アコラを楽しませることができるのだから。


「す、すげえぞこの兄ちゃん! なんて剣戟だ! あの化け物が手も足も出ないだと!?」


「剣に身を捧げて六十年以上経つが、こんな剣技は見たこともない! この若者は剣神の化身ではないのか!?」


 俺が戦い始めてから、ギャラリーからの歓声は途切れることがなかった。周りの冒険者たちは、次第に俺のことを英雄だともてはやし始めた。

 しかし、そんな周りの評価はどうでもいいものだった。俺にとって大事なのは、アコラのことただ一つだけだ。


 ああ、どうやってアコラと仲直りをしようか。

 友人と喧嘩をしてしまった時、みんなはどうやって仲直りしているのだろう。考えてはみたが、いいアイディアは何一つ浮かんでこない


 俺は友だちが少ない。片手で数えられるほどだろうか。だから友だちと喧嘩をしたことだってほとんどないし、仲直りの方法なんて浮かんでくるはずもなかった。


 そもそも、俺はアコラと友だちにすらなれていなかった。

 俺は口では友だちだなんだと言っておきながら、アコラに心を許したことなんてない。そのことに、今更ながらに罪悪感が湧いてくる。


 確かにアコラは魔物だし、人間なんて自分を強化するための餌くらいにしか思っていないだろう。だけど俺に対しては、誠実に対応してくれてたように思える。

 頼めば、俺が怪我をさせた冒険者の傷を癒すくらいはやってくれたくらいだ。そんな相手に対して、俺の態度はあまりにも不誠実だったのではないか。


 アコラと友だちになってみようか。


 出会ってから数年も経って、ようやく心からそう思った。


 問題はその方法だ。どうやって、今の状況から友だちになれる? 人とのコミュニケーションが苦手な俺には、友だちを作る方法がすぐには浮かんでこなかった。


 親友のブライアンとはどのように出会ったのか記憶をたどる。あいつとの思い出は、酒盛りばかりだ。どれもこれもバカバカしくて、面白おかしくて、俺にとってはなくてはならないものだ。


 そうだ。あいつとは、出会いのきっかけからして酒盛りだった。

 俺が街を歩いていると、横合いから出てきたブライアンが急に声をかけてきたんだ。


「酒をおごってくれ」と。


 あまりにもしつこかったから、その辺の酒場でおごってやることにした。そして気が付けば、俺もブライアンも酒場の床で泥酔してしまっていた。


 それからだろうか。俺とやつは、顔を合わせる度に連れだって飲みに行くようになった。

 酒はコミュニケーションの潤滑油だなんて言われるが、俺とブライアンの出会いに関しては、まさにその通りだったわけだ。


 酒盛りのことを考えると、つい酒が飲みたくなってくる。

 アコラが地上に現れてから、俺は一滴も飲んではいない。アコラに対して、わずかな隙も見せてはいけないと警戒していたからだ。


『飲みにいかないか』


 そんなつもりはなかったのに、いつの間にか、俺はアコラにテレパシーの魔法を送っていた。

 完全に無意識のうちにやってしまったことだった。


 テレパシーの魔法とは、魔力に自分の意識を乗せることで発動する魔法だ。つまり俺は本心から、魔法が勝手に発動してしまうほど、アコラと飲みに行きたいと考えてしまったということか。

 その心境の変化に自分自身が一番驚いてしまった。


『知ってるか? 酒はものすごく美味いんだ。俺にとっての生きがいの一つなんだ。それをアコラにも味わってほしいと思ってさ』


『……』


 返事はない。だけど構わず喋り続けた。


『酔っぱらうとさ、気分が良くなってくるんだ。色々なことがどうでもよくなったり、ふわふわと楽しい気分になったりな。嫌なことだって、飲んで騒げばいくらかは忘れられるんだ』


『……』


『丁度そこに街がある。そこで一休みしながら、心行くまで地酒でも楽しもう』


『……』


『なあ頼むよ。一緒に飲んでくれ。俺は酒が飲みたくて飲みたくて仕方ないんだ。誰かと一緒に……友だちと一緒に飲み明かしたいんだ』


 やっぱりテレパシーによる返事は返ってこなかった。

 その代わりメッセージの魔法で返事が返ってきた。


アコラ『好きにすれば』


アコラ『……待ってるから』


『ああ、約束だ。日が沈んだ頃に迎えに行く。それまでに、良さそうな店を見つけておくよ』


 俺は一度思い切り息を吸ってから、エビラーニャを正面へと構えなおした。

 太陽のように光り輝くエビラーニャの刀身に負けないくらい、俺の心は晴れ晴れとしていた。


 それは久々に気の向くままに酒を飲めるからだろうか。それとも――。


「はああああああああああ!!」


 魔力を込めたエビラーニャを振るえば、山のように巨大なヒュドラは跡形もなく消し飛んでいた。

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