第19話 厄介ヤンデレムーブすぎるアコラ

 メッセージオープン。


 心の中でそう念じると、俺の目の前に半透明のウインドウが現れる。それはまるで、テレビゲームのステータス画面のようだった。


 24インチテレビほどのサイズのそれに、幾人かの名前が表示されている。俺はそのうちの一つに人差し指で触れる。すると新たな文章が現れた。


カレン『ごきげんよう。先日は大したおもてなしもできず、申し訳ありませんでしたわ』


 このメッセージの送り主は、黄昏の大迷宮の主であるカレン・クインシアだ。これはコア通信の魔法というらしい。


 先日、黄昏の大迷宮から立ち去るときに、カレンが俺に教えてくれたのだ。教えてくれたというよりかは、無理やり覚えさせられたという方が正しいかもしれない。


 アコラ曰く、これはダンジョンコアだけが使える魔法らしい。当初、俺はコア通信の魔法を覚えることを拒否した。その魔法を覚える必要性を感じなかったからだ。


 しかしあまりにも熱心にカレンが勧めてくるものだから、ついに折れて、コア通信の魔法を練習してみることにした。


 結果から言えば、練習を始めてから二秒で魔法を習得した。

 これには、あのアコラすら驚いていたほどだ。俺も大いに驚いた。カレンも驚いていた。ダンジョンコアだけが使える魔法らしいから、それも当然の事だった。


 おっと。考え事はここまでにして、カレンへと返信をしなければ。メッセージを開くと、既読のサインが付くらしい。つまり、相手に俺がメッセージを見たことが伝わるのだ。


 一度会っただけの知り合いとはいえ、既読無視は心が痛む。


ユウタ『こちらこそすまなかった。ダンジョンを荒らしてしまって』


 モンスターを虐殺したことを適当に謝罪しておく。返事はすぐに返って来た。


カレン『気にしないでくださいまし。それよりも、お聞きしたいことがあるのですが……』


ユウタ『なんだ?』


カレン『ユウタ様って、実は正体が魔物やダンジョンコアだったりします?』


ユウタ『ぶっ殺すぞ』


 誰が魔物だ。俺は思わず脊髄反射でメッセージを送信していた。

 だがしかし、カレンがそう考えるのも仕方がない。何せ、コア通信の魔法をあっさり習得してしまったのだから。


 何故俺は、こうも簡単に魔法を使えるようになったのだろうか。一睡もできないまま、それを考え続けたものの理由は分からなかった。


 ただ一つハッキリと分かることがある。それは、アコラへの連絡手段が増えてしまったということだ。


 俺は再度、コア通信の魔法に目を落とす。

 連絡先の一覧には、二人の名前が表示されている。一人は、カレン・クインシア。そしてもう一人はアコラだ。


 この魔法は、連絡先の名前の隣に、相手が送ってきた未読メッセージの件数が表示される仕組みだ。

 アコラの名前の隣には……『999+』という数字が書かれていた。


 俺は地雷処理班にでもなった気持ちでメッセージを表示した。


アコラ『テレパシーの魔法返せなくてごめんね?』


アコラ『要件はなんだったのかな?』


 俺は無言でメッセージの一番初めから目を通し始める。


アコラ『ねえ、どうして返信してくれないの?』


アコラ『ねえってば。おーい』


アコラ『無視してるの? 私のこと……』


アコラ『寂しいよ……』


アコラ『会いたい』



アコラ『そっか。ユウタくんもそういう態度取るんだ』


アコラ『私って生きてる意味あるのかな』


アコラ『早く連絡して……』



アコラ『分かった。もう死ぬから』


アコラ『ばいばい』



アコラ『どうして私を一人にするの?』


アコラ『ホントに死ぬから。嘘じゃないから』



アコラ『どうして無視するの!? 酷いよ……!』


アコラ『ねえどうして!?』


アコラ『もう本当に死んでやる!!』


 アコラからのメッセージは、すべてがこのような内容だった。

 寂しいだの、会いたいだのといったものや、自殺をほのめかす内容。それらのメッセージを999+の件数送ってきていた。


「はあ……」


 思わずため息がこぼれる。

 憂鬱だ。これに返信しなければならないのだから。


ユウタ『返信が遅れてごめん。生きてるか?』


アコラ『死んでるよ』


 生きてるじゃねえか!

 俺には分かる。こいつ、死んでやるとか言いながら、自殺をしようともしてなかっただろ。


アコラ『どうしてメッセージ返してくれなかったの?』


アコラ『私たちお友だちだよね?』


ユウタ『悪かった。魔物と戦ってたから通知を切ってたんだ』


 これは言い訳ではなく事実だ。

 敵は明らかな格下ではあったが、念には念を入れ、集中力を維持するために通知音がならないように設定していた。

 俺からすれば、それはごく当たり前のことだった。命がかかった殺し合いは何が起こるか分からない。生き残るためには、最善を尽くすべきだろう。


アコラ『言い訳ばっかり! 正直に言ったら!? 私のこと、キライになっちゃったんでしょ!』


 さて、どう返信したものか。どうすればアコラは機嫌を直してくれるだろうか。


アコラ『どうして返信してくれないの?』


アコラ『どうして返信してくれないの?』


アコラ『どうして返信してくれないの?』


 一秒おきに問い詰めてくるのやめろ。


ユウタ『慣れない魔法だから文字を打つのに手間取ってな』


アコラ『私、とっても寂しかったんだよ?』


ユウタ『ごめん……』


アコラ『ユウタくんも私を独りぼっちにするんでしょ? みんなみたいに!』


ユウタ『そんなつもりはない』


アコラ『もういい! 聞きたくないよ! 言い訳なんて!』


ユウタ『機嫌直してくれよ』


アコラ『本当に、本当に死んでやる!』


 自殺をほのめかすメッセージと共に、一枚の画像が送られてきた。この魔法、画像も送れたのか。


アコラ『今からこの縄で首をつって死んでやる!』


 画像には縄が映っていた。

 長さが五十メートルくらいある縄が。


ユウタ『これ余裕で足が付くだろ!』


アコラ『!? 酷い! ユウタくん私に死ねって言うの!?』


 お前が死ぬって言ったんだろ!


 思わずメッセージを返してしまったが、冷静になるとこの流れはマズい。本気でアコラが自殺をすると、全世界が巻き添え食らって死んでしまう。


 なんとかフォローのメッセージを送らないと……。


アコラ『なんで無視するの?』


アコラ『なんで無視するの?』


アコラ『なんで無視するの?』


 一秒おきに問い詰めてくるのやめろ。


ユウタ『ごめん悪かった。そんなつもりで言ったんじゃないんだ』


アコラ『じゃあどういうつもりで言ったの!?』


 駄目だ。なんと返せば良いのか思いつかない。

 そもそも、アコラがメッセージを送る速度が速すぎる。俺が一通送る間に何十通送って来やがるつもりだ。


 以前、アコラがこんなことを言っていた。

 カレンは百通に一度しかメッセージを返してくれない、と。


 その話を聞いたとき、俺はアコラが嫌われているのかと思った。しかし今なら分かる。百通に一度も返信できるなんてカレン頑張りすぎだろ!


アコラ『どうして無視するの……?』


アコラ『もういい。手首切ったから』


ユウタ『やめろ、早まるな』


 どうせ嘘だろうが、とりあえず静止の言葉を送っておく。


アコラ『血が止まらないの……。私もう死んじゃうんだ。意識がもうろうとしてきたよ……』


ユウタ『意識がもうろう? その割にやたらメッセージが饒舌だな』


 意識がもうろうとしてる奴は一秒に五通もメッセージ送れないと思う。


アコラ『……』


 数秒ほど、メッセージの魔法の通知音が止まる。


アコラ『もう……だめ……。さ……よ……な……ら……』


ユウタ『「……」を打ち込む余裕はあるんだな』


アコラ『どうして心配してくれないのおおおお!?』


ユウタ『顔を上げてみろよ。その特大のパフェから』


アコラ『えっ!?』


 ハイスピードカメラですら撮影できない速度でアコラが顔を上げる。すると、正面に立つ俺と視線が交差した。


「スイーツは美味しいか?」


 俺は、メッセージを送りながら街を歩きアコラを探し続けていた。そしてつい先ほど、無事にアコラを発見した。

 これまでの付き合いで、アコラは自殺をしないという確信があった。だがしかし、本当に少しだけ、アコラを心配する気持ちもあった。

 その気持ちは、満面の笑みでパフェを頬張るアコラを見て粉々に打ち砕かれた。


 何が死んでやるだ! めちゃめちゃ美味そうにパフェ食ってるじゃねえか!


「こ、これは違うの!」


「何が?」


「その……。そう! これは最後の晩餐なの!」


「話がある。それを食い終わったら宿に行こう。いいな?」


「うん……」


 まるでイタズラが見つかった子どものようだ。

 パフェをかき込むアコラの表情を見て、俺はそう思った。

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