第17話 ダンジョンコアから好意を持たれる男

「……!」


「待て!」


 扉が開ききるまで悠長に待つことは、今のアコラには不可能だった。


 人が一人かろうじて入れるすき間から、アコラは城の中へと入って行ってしまった。扉が開くのに合わせて、結界はいつの間にか消えていたようだ。


 飛ぶように走るアコラの背中を急いで追いかける。相変わらず、凄まじい身体能力だ。しかし追いつけないほどでもない。アコラが本気で走れば俺は追いつけないはず。どういうわけだか、アコラは俺が追いすがれるギリギリの速度で走っているようだった。


 理由は分からないが、俺にとっては好都合。

 アコラとカレンが二人だけで対面するのはできるなら避けたい。長い長い廊下を、アコラの影を見失うことのないよう全力で駆け続けた。


「はぁ……はぁ……」


 ついにアコラの背中へと追いついた。

 アコラは大きな扉の前で足を止めている。その扉は城門ほど極端な大きさではないものの、小型のドラゴンが優に通れるくらいの高さはある。


 結界などは張られていない。

 龍のような装飾が彫られたその扉は、俺とアコラが前に立つとひとりでに開き始めた。


「わたくしが悪かったですわ! どうか、どうか殺さないでくださいまし!」


 扉をくぐった先には一人の女がいた。輝くような金色の髪を腰まで伸ばし、アニメに出てくるお姫様のような、きらびやかな服を着た女だった。


 顔は見えない。なぜなら、その女は床に額を付けて土下座していたからだ。


「カレンちゃん……」


「この女が黄昏の大迷宮のコアなのか?」


 アコラは俺の質問には答えず、ひたすら謝罪の言葉を述べ続ける女を見ていた。


「ごめんなさい! 本当に申し訳ありませんわ!」


 この部屋は、まるで王城をそのまま持ってきたかのようだ。

 装飾がゴテゴテとしているシャンデリアや、魔法の効果などがかかっているわけでもないただの綺麗なだけの壺など、戦いにおける実用性のないインテリア目的の調度品が所狭しと飾られている。


 何もない草原が続くだけのアコラのコアの部屋とは大違いだ。


「謝罪はいらないよ? カレンちゃん、私は怒ってないから。顔を上げてほしいな」


「ごめんなさい……。ごめんなさいっ……」


 ダンジョンコアも人間のように泣くんだな。俺はどうにも場違いなことを考えながら、アコラとカレンのやり取りを眺めていた。


「謝らないで。私たちは友だちでしょう?」


「ご……ごめんなさい……」


 アコラは懸命にカレンに話しかける。しかし、返ってくる言葉は謝罪だけだった。

 何度アコラが話しかけても、アコラが望む返事がカレンから返ってくることはなかった。


 次第に、アコラが言葉を発さない時間が長くなっていく。部屋の中に、カレンのすすり泣く声と謝罪の言葉だけが響く。カレンと対面してから三十分も経った頃には、アコラはもうカレンに話しかけることを辞めていた。


「なあ。カレン……でいいんだよな? お前はなんでスタンピートなんか起こしたんだ?」


 誰も何も話さない気まずい雰囲気に耐え兼ねた俺は、なんとなく気になっていたことを言葉にした。


「現状を変えるためですわ」


 別に返事を期待していたわけではない。しかし意外にも、カレンは俺の問いかけに答えてくれた。


 おい。なんで俺には言葉を返す。アコラからの視線が痛いじゃないか。ふざけんな。


「話しかけておいてなんだが、俺じゃなくてアコラと話してあげてくれないか?」


「……ごめんなさい。それが、できないんですの」


 カレンは床に額を付けたまま、震える声でそう答えた。


「できない? やらないのではなく?」


「情けないことに、アコラさんと話そうとすると、声が震えてまともにお話しできませんの。アコラさん、本当にごめんなさい……」


「どうしてだ? 同じダンジョンコア同士、仲良くすればいいだろう」


「怖いんですわ。アコラさんのことが、とても……」


 そのくらい、我慢して会話してやってくれないか。俺は喉まで出かかったその言葉を飲み込んだ。

 ずっとずっと昔、この世界に来たばかりのことを思い出したからだ。


 俺が元居た正解は平和そのものだった。魔物なんてものは創作物の中の生物だった。

 だから、初めて迷宮でそれを見た時、俺は恐怖のあまり立ちすくんでしまった。戦わなければいけないのに、足が震えて動かない。助けを求めようにも、声が出ない。

 仲間たちが魔物を倒してくれなければ、俺はあの時死んでいただろうな。


 俺はカレンの心情に共感してしまった。だからこれ以上、アコラとの会話を無理強いする気にはなれなかった。


「わたくしは、心のどこかで甘えていたんです。同じコア同士なのだから、殺し合いにはならないだろうと」


「それは間違っていないよ。アコラはお前を殺そうとはしていない」


「それじゃあさっきの大魔法は何!? 信じられない魔力の奔流が上空で爆発したでしょう!」


 何も言い返せず、言葉に詰まった俺はアコラの方を見た。アコラも目をそらして天井のシャンデリアを眺めていた。


『お願いユウタくん。何とか取り繕ってくれないかしら』


『……分かった』


 どうやらアコラも、先ほどの行動はマズかったと自覚しているようだ。

 それはそうだろう。感情を暴走させ、うっかり同族を殺してしまいそうになり、挙句にその相手に「私たち友達だよね?」なんて話しかけていたのだ。


 さすがのアコラも気まずくなってしまったのだろう。


「言い訳になるが、あれはアコラにとっては大した魔法じゃなかったんだ。ほんの少し、手加減を間違えただけというか……。とにかく、お前のことを殺す意志はなかった。それだけは信じてほしい」


 かなり苦しい言い訳だ。殺すつもりはなかった、だから許してね。そんな都合の良い言い分、聞き入れられるわけがない。


「あれが大した魔法じゃないですって!? あなた何を言っているの!?」


 驚きのあまり、思わず顔を上げたカレンと目が合った。なるほど、顔立ちもお姫様のように可愛らしい。世の男たちは、こんな美少女から迫られれば、どんな願いでも聞いてあげようという気になることだろう。


「いえ……。そうですのね。あなたもそちら側ですのね」


「やめろ。俺をアコラと同じカテゴリーで見るな」


「そういえばわたくしとしたことが、お礼がまだでしたわね」


「俺が何かしたか?」


「あの大魔法からわたくしの命を救ってくださいましたわ。よろしければ、あなたのお名前を教えてくださる?」


「ユウタだ」


「そう……。ユウタ様、ですのね。ありがとうございますわユウタ様。あなた様のおかげで、わたくしは今もこうしてこの世界に存在していられますわ」


「別にそんなに感謝しなくてもいい」


 アコラの魔法を防いだのは、あくまでもアコラのご機嫌取りの一環としてやったことだ。カレンのためにやったことではないのに、そこまで畏まられるのはどうにも居心地が悪い。


「まあっ。とっても謙虚な殿方なのですわね」


「そういうわけではないんだが……」


 いつの間にかカレンは顔を上げ、その場にぺたんと座り込んでいた。こちらを上目遣いで見つめるカレンの瞳は、心なしか潤んでいるように見えた。


 ……ふむ。よほど怖かったんだろう。今になってまた少し涙が出てきたとか、そんなところか。


『ユウタってにぶにぶだよね』


『突然何を言うんだエビラーニャ』


『何でもない。会話、続けたら?』


 言われなくてもそうするさ。

 どうにも先ほどから、アコラの機嫌がすこぶる悪くなっているのを感じる。自称お友だちと会話すらできなかったことにショックを受けているのだろう。


 ここからどうやって、アコラとカレンを会話させるか。俺が潤滑油として腕を振るうしかないだろうな。


「ところで、さっき言っていた現状を変えるとはどういう意味だ?」


 潤滑油としてどう立ち回るべきか何も思いつかなかったので、とりあえずさっきの質問の続きをすることにした。


 沈黙が訪れれば、アコラはきっと余計に気まずい思いをする。話したいのに、話してくれないという現実を否が応でも受け止めなければならないからだ。


 しかし、俺がカレンと話しているのならば「ユウタが話しているから、自分はカレンと会話できない」という言い訳が成立する。


 俺も段々とアコラのご機嫌取りが上手くなってきたんじゃないか?


 そんな自画自賛を自分に送りながら、俺はカレンの言葉を待った。


「……端的に言えば、わたくしのダンジョンをパワーアップさせるためですわ」


「ダンジョンの強化? スタンピートを起こすとダンジョンが強くなるのか?」


 古今東西そんな話は聞いたことがない。


 横目でアコラの表情をうかがうが、そのすました表情からは内心を知ることはかなわなかった。

 はて。人間が知らないダンジョンコアの常識なのかと思ったが、もしかして違うのか?


「いえ……、その。なんと言えば良いのでしょうか」


 質問を重ねた俺に、カレンは困ったような表情を浮かべる。もしや、あまり他人に聞かせたくない類のことだったのだろうか。


「いいよ、話しても。聞かなかったことにしてあげる。それに、ユウタくんは特別だから」


「……わたくしの目的は、わたくしのダンジョンに人間を集めることですわ。そのためにスタンピートを起こしましたの」


 カレンの口ぶりからして、ダンジョンの成り立ちに関するかなり具体的な話をしてくれただろうことは分かる。しかし俺は、そこまで言われてもカレンが何を伝えたいのかあまりピンとこなかった。


 だって仕方ないじゃないか。俺はダンジョン攻略に人生の大半を捧げた男。学や常識なんて、あまり持ち合わせてはいないのだから。


「よく分からないが、ダンジョンコアの秘密に関わることか? あまり人間に聞かせられないような」


 先ほどカレンが言いよどんだのは、コアの秘密をぺらぺらと口にするのは種族全体に対する裏切りになると感じたからか?


 俺にだけ聞かせるならともかく、隣にアコラが居る状況でそれをして、アコラの怒りを買えばどうなるか分からない。

 それを恐れていたから、あのように歯切れの悪い態度だったのだろうか。


「……その認識で間違いありませんわ」


 地べたに座り込んだまま、恐る恐ると言った様子でカレンは答えてくれた。


「すまない。質問しておいてなんだが、答えたくないのなら答えなくていいぞ」


「いいえ、話させてください。ユウタ様もダンジョンのことが気になるでしょう?」


「ああ、とても気になる」


 俺は即答した。

 気になるのは嘘ではないが、理由はそれだけではない。


 仮にもし、気にならないと答えたとしよう。それはつまり、アコラの種族について無関心であることを意味する。

 アコラはあんな性格だ。俺が興味を持っていないよりかは、興味を持っている方が、アコラの内申点が上がるのではないか。そんな打算的な感情から、俺はカレンに対して即答したのだ。


「わたくしのダンジョンには、人間の枠を超えた冒険者の方がいらっしゃいましたの」


「……。人間の世界では、Cランク以上の冒険者は人間を超えた存在として扱われる。カレンが言っているのは、その程度の冒険者の話ではないんだよな?」


「もちろんですわ」


「なるほど。Sランク冒険者か」


「ただのSランクではありませんわ。私が今まで見てきた中で、もっとも強い人間でした」


 どうでもいいけど、Sランクで話が通じるんだな。どうやらカレンは、人間の世界の知識に明るいらしい。


「えっと。その……」


「話してあげて」


 カレンは、言葉を詰まらせながら横目でアコラを一瞬だけ見た。それに対してアコラは、何かの許可を出す。話の流れから言えば、更に詳しくダンジョンの秘密を話すことに対する許可だろう。


 その様子を見ていた俺は、脳内に閃くものがあった。

 これだ! 今、ほんのわずかとはいえ、アコラとカレンは意志の疎通を行った。これは大きな進歩ではないか? 少なくとも、謝罪ばかりで会話にならなかった先ほどよりも、ずっとコミュニケーションが取れている。


 仲人だ。俺はお見合いの仲人になれ……!

 この二人は直接的に会話することができない。だが、間に俺という緩衝材を挟めばどうだ? 

 間接的に会話するくらいはできるのではないだろうか。


「カレン!」


「はっ、はい! なんでしょうか!?」


「君のダンジョンのことを俺にもっと聞かせてくれないか?」


「し、知りたいんですの……?」


「ああ、とっても」


 まずはカレンから話題を引き出さなければ。そのために、俺はこれまで以上に積極的にカレンに話しかける。


「なんだったか。そう! カレンのダンジョンには、並外れて強いSランク冒険者が居たんだよな?」


「そ、そうですわ」


「強い冒険者が集まってくるだなんて、カレンのダンジョンはすごいんだな!」


「それほどでも……」


「謙遜しなくてもいいって。なんたって黄昏は世界三大迷宮の一つなんだから。アコラだって、カレンのダンジョンはすごいと思うだろ?」


 ここで華麗にアコラにパスを渡す。

 ダンジョンコアだって生物だ。きっと、自分が苦労して作ったものを褒められれば嬉しいと思うはず。これがアコラとカレンのコミュニケーションの第一歩になると信じて、俺はアコラに会話を振った。


「……私のダンジョンの方がすごいけど??」


 おい!! なんでそこでライバル意識を燃やす。素直に褒めれば仲良くなるチャンスだっただろうが!


「そうですわよね……。アコラさんのダンジョンに比べれば、私のダンジョンなんて……」


「アコラのダンジョンは規格外だとしても、カレンのダンジョンだってすごいだろ? 自信を持てよ!」


「そうでしょうか……?」


「それにこれから先、もっともっとダンジョンを成長させることだってできるんだろ? カレンならできる! そうだよなアコラ?」


「……できると思う」


 俺のやりたいことが伝わったのか、ようやくアコラはカレンの実力を肯定する言葉を発してくれた。

 しかし何故だろう。ここに来る道中、アコラはカレンのことをべた褒めしていたのに、今になって褒めるのを渋るだなんて、一体何を考えて居るのだろうか。


 そうか! アコラは恥ずかしがり屋なのか。面と向かっては褒められないと、そういうことだな!


『違うと思う』


『なんだエビラーニャ。何が言いたい?』


『何でもなーい』


 エビラーニャめ。言いたいことがあるならハッキリと言えばいいものを。


「カレンのダンジョンにいたSランクはそんなに強かったのか?」


「ええ、とっても。階層で言えば、580階層くらいまでは攻略していたはずですわ」


「……普通に強いな。大所帯のパーティか?」


「いいえ。どうやら一人で潜っているようでしたわね」


「マジかよ……」


 アコラに話を振るためだけに聞いたのだが、予想外の返答に思わず聞き入ってしまう。

 黄昏の580階層となると、奈落で言えば150階層前後くらいだろうか。


 とんでもない強者だ。奈落の街で人類最強と言われていた刀魔団ですら、奈落の80階層を攻略するのでやっとだった。黄昏の580階層の攻略、それをソロで成し遂げるなんて、俺をのぞけば世界最強の人間なのではないか?


「それほどの実力者が居れば、スタンピートなんてあっという間に鎮圧されるだろうな」


「その通りですわ。居れば……の話ですわね」


「今は居ないのか?」


「わたくしの実力不足ですわ……」


「と言うと?」


「もっと効率よく強くなれるダンジョンがあるからって、出ていかれましたわ……。ぐすん」


 よほど悲しい出来事だったのか、カレンの瞳は心なしか潤んでいた。


「彼女は奈落の大迷宮を攻略すると言ってましたわ……」


 奈落を攻略している圧倒的な強さの冒険者? まさか……。


「その冒険者の名前って分かるか?」


「もちろんですわ。彼女はソーヤと名乗ってましたわ」


「アイツか!?」


 予想通りのその名前に、俺は思わず叫んでしまう。


「知り合いなのユウタくん?」


「アコラも会っただろ! 俺に決闘を挑んできた女だよ」


「ああ、あの人がそうなんだ」


 正体が分かった途端、アコラの興味は失せてしまったようだ。黄金色に輝くシャンデリアを見たり、窓の外に視線をやったりと、まるで会話に集中していない。


 黄昏の街に来てからずっと見せていたカレンに対する執着は、どこに行ってしまったのか。俺は今のアコラの態度に、得も言われぬ不安を感じていた。


「口惜しいですわ。私にもっと力があれば……! 折角……。折角私のダンジョンで育った強力な冒険者でしたのに……! 彼女の存在が、私のダンジョンの希望でしたのよ!? 彼女が居れば、スタンピートなんか起こさなかったのに……! もっともっと、ダンジョンポイントを獲得出来ましたのに!」


 カレンはカレンで、また訳の分からないことを言っている。

 ダンジョンに関するあれこれは大いに興味を引かれるところだが……。物事には優先順位がある。俺はカレンに色々と聞いてみたい気持ちを抑え、アコラへと話を振った。


「それは残念だったね。そうだアコラ、ダンジョン経営で何かアドバイスとかないのか? 強い冒険者を育成する方法とか、アコラならたくさん知ってるんじゃないか?」


「……」


「アコラ?」


「ごめんね、考え事してた。なあに?」


「……いや、なんでもない」


 アコラのその態度と表情を見て、俺は一つの決断をした。


「カレン。俺たちはもう帰ろうと思うよ。ダンジョンを散々騒がせてすまなかったな」


 手短にそれだけを告げ、アコラの手を引いて歩き出す。

 もうここには用はない。俺をここに連れてきたダンジョンコアのその表情が、この場所からすぐにでも去ってしまいたいと、そう考えているように見えてしまったから。

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