第15話 友だちじゃない奴を友だちだと言い張る女
「目的地は黄昏の大迷宮の最下層。それでいいな?」
「おっけーだよっ」
うっそうと茂った森の中を歩きながら、アコラに対して再度、目的の確認を行う。
ここは、黄昏の大迷宮の一階層。俺は結局、アコラの要望を聞き入れることにした。
お願いがある、と言われたときは辟易とした気持ちになったりもした。だが、よく考えてみれば、ホワイトロードには急いで行く必要はない。
当初の予定でも、のんびりと各地を転々としながら最果ての地を目指すつもりだった。
ダンジョンに潜るのは想定外だが、これはこれで悪くない旅の道程だ。
「ユウタくん、なんだか嬉しそうだね?」
「久々のダンジョンだからな」
ダンジョンとは不思議なものだ。妙な中毒性がある。
生死を賭けた戦いには当然、非常に大きなストレスがかかる。もう二度とこんな思いはしたくないと、冒険者を引退する奴だっている。
それは俺だって例外じゃない。
だがしかし、ダンジョンに潜っている時はそうでも、しばらくするとまた潜りたくなるのだ。
ダンジョンで強くなるたびに、今までできなかったことができるようになる。宝箱を見つけた時、ソーシャルゲームでガチャを回す時のような高揚感を感じる。そして目標としてた階層を踏破した時、大きな達成感が湧いてくる。
退屈な日常を刺激的にしてくれるダンジョンが、俺は大好きだった。
この世界に来たばかりの俺からすれば、思いもよらない価値観の変化だろう。
「嬉しいな。ユウタくんが楽しそうだと、私までポカポカとしてくるよ」
「妙なことを言うんだな」
「ありがとねっ。ダンジョンを好きになってくれて。頑張って作った甲斐があったよ」
また、表情から感情を読まれたようだ。油断すればすぐにこれだ。
「ふふっ。カレンちゃんの迷宮に浮気しないでね?」
「それはこのダンジョンの質次第だ」
「だったら安心っ。私のダンジョンの方がすごいんだから!」
えっへんと胸を張るアコラは、どうやら自分のダンジョンに自信がある様子。確かに、あれだけのダンジョンを作り上げたのならば、その自信も当然のものだろう。
「なんだか妙な気分だ」
「どうしたの?」
「いや、大したことじゃないが……。アコラと二人でダンジョンを歩くのは初めてだったなと思って。それだけだ」
「そういえばそうだね。新しい思い出、増えちゃったね?」
「……そうかもな」
何か言い返そうと思ったが、咄嗟に言葉が出てこなかった。
本当に不思議な気分だ。ダンジョンに誰かと潜るのなんて、数百年振りだろうか。あまりにも久々な出来事だったからか、今の感情をどう表現すればいいのか、自分でも分からなかった。
「ねえねえ。お願いがあるんだけど」
「今度はなんだ?」
再びの『お願い』に、俺はため息を隠そうともせずに返事をした。
「最下層に向かう間、なるべく魔物を倒さないで欲しいんだ」
その言葉が発せられた瞬間、腰の方にぶるりと振動が伝わって来た。エビラーニャが震えたのだ。
「どうかしたか?」
『酷いよ……。ボク、このダンジョンでたくさん魔物の血を吸えると思って楽しみにしてたんだよ?』
俺の問いかけに、エビラーニャはテレパシーで返事を返してきた。どうやらエビラーニャは、アコラに直接不満をぶつけることは避けたいようだ。
『我慢しろ。アコラのお願いだ』
『うう……。血を飲んでないから体が震えてきちゃう』
飲まなきゃ震えるってアル中のおっさんかよ。
『今度たくさん飲ませてやるから』
いつ果たせるか分からない約束を無責任に言葉にする。それきり、エビラーニャは黙り込んでしまった。こいつだって、心の中では理解しているのだろう。アコラの『お願い』に逆らうわけにはいかないと。
「……」
「なんだアコラ。俺の顔に何かついてるか?」
「ううん。なんでもない」
俺が手のひらでエビラーニャの柄をなでていると、ふとアコラと目が合った。しかしすぐに逸らされてしまう。なんだったんだ?
まさか、俺とエビラーニャのテレパシーを盗聴できるのか。もしくは、俺の表情から思考を読んだのか。
頭に浮かんだ嫌な考えを振り払うように、俺は歩みを進めた。そうしていると、やがて薄暗い森を抜けた。目の前には草原が広がっていた。そしてついでに、魔物の大軍勢も広がっていた。
「おいアコラ」
「なあに」
「あの大軍勢を倒さずに先に進むのは難しいぞ」
幸い、周囲に他の冒険者たちの気配はない。
今なら少しだけ本気を出し、目の前の大軍を消し去ることは可能だ。
「倒さずに進みたいな。私たちならできるでしょう?」
「できるが……、面倒だ。そうだ。アコラはここのコアと友だちなんだろ?」
「うんっ! 親友だよ?」
「だったら、コア通信とやらで連絡できないか? 目の前の魔物を引っ込めてくれって」
「実はさっきから連絡は送ってるの。でも、返事がなくて……」
「連絡の回数が足りないのでは? ほら、寝てたりしてて気付いてないのかも。試しにもっと送ってみてくれ」
「この五分で千回ほど送ったよ?」
思ったより送ってたなおい!?
「……。なあ」
「どうしたの?」
「お前、ホントにここのコアと友だちか?」
ピクリと、ほんのわずかにアコラの肩が震えたのを俺は見逃さなかった。
「と、友だちだよ?」
「連絡、返ってこないよな? 無視されてるんじゃないのか?」
「ほらっ! さっきも言ったでしょ? カレンちゃん、病気か何かで寝込んでるのかも」
「前は連絡が付いたのか?」
「と、当然でしょう?」
「本当か?」
おい。何故そこで目を逸らす。
「前は連絡付いたのか?」
「もちろんっ! 通信を百回送ったら一回は返してくれたよ!」
それ返ってきたっていわねえから。無作為に送った迷惑メールの方がまだ返って来るだろ。
「よく聞けアコラ。お前、カレンとやらに多分嫌われてるぞ。連絡が付かないのは無視されてるからだ」
「どおおおしてそんな酷いこと言うの!? カレンちゃんは親友っ! 親友なんだからああああ!」
「現実を見ろ。俺たちの目の前には、魔物の大軍が居るだろ。一階層に居ちゃいけないような、強力なのがたくさん。あれはアコラが黄昏に潜るのを防ぐための布陣じゃないか?」
冷静になってよく見ると、あの魔物たちは俺を見ていない。俺の隣にいる、アコラを見ている。いや、見ているどころじゃない。親の仇を前にしたように睨みつけている……!
「あの魔物たちはアコラを殺すために集まっている。親友がそんなことするか?」
対峙するドラゴンたちが殺気を振りまきながらうなり声をあげている。どう見ても殺し合いをするつもりだ。
「違うもん! あの魔物たちは……そう! きっと私たちをお出迎えする歓迎パレードだよ!」
「明らかに歓迎されてないだろ!」
ああっ、いかつい顔をしたオーガがアコラを睨みながら親指を立て首を切るジェスチャーをしてやがる! なんと命知らずなんだ……!
「招かれざる客だよ俺たち」
「き、気のせいだよ? 歓迎されてるよ?」
「本当にそう思ってる? おい、どうして目を逸らす」
俺は見逃さなかったぞ。アコラの右手に魔力が集まり例のオーガを消滅させようとしたのを……!
「あれを見ろ!」
「今度はなあに?」
「魔導士のような魔物が大声で魔法を詠唱してるぞ!」
「ち、違うよ。詠唱じゃなくて私たちを歓迎する讃美歌だよ」
「現実を見ろ火の玉が飛んで来た!」
目の前に障壁を張り、炎を防ぐ。見たところ、魔物のレベルはそこまで高くはない。奈落で例えるなら、50階層レベルと言ったところか。
だが、俺は油断しない。相手が強さを偽装しており、こちらの油断を誘っている可能性を捨てきれないからだ。
ダンジョンでは、自分に都合の良い願望を夢想した奴から死んでいく。俺はまだ死にたくない。だから過剰にも思える魔力を持って魔法を防ぐ。
「ユウタくん!? どおして魔剣を構えてるの!?」
「魔物を倒すためだ。カレンはお前の友だちじゃないって分かっただろ? なら、倒してしまっても構わないだろ」
「構うもん! カレンちゃんは親友だもん!」
「見ろ! リビングアーマーが大剣をこちらに向けている。アコラの胸を貫くつもりだ! 親友は部下に殺しの命令なんてしないぞ」
「よく言うでしょ! 喧嘩するほど仲がいいって!」
「喧嘩じゃねえよ殺し合いだ!」
迫りくるリビングアーマー。振りかぶられる大剣。一瞬後には、アコラの胸に大剣が突き入れられることだろう。
もちろんその程度の攻撃でアコラの体が傷つくことはありえない。しかし、万が一いうこともある。俺は即座にエビラーニャを振り抜き、衝撃波でリビングアーマーを吹き飛ばした。
リビングアーマーだけじゃない。エビラーニャから迸る暴風により、隊を成した魔物はすべてはるか遠くへと吹き飛ばされていく。
本当にもどかしい。俺は、今の攻撃で一体たりとも魔物を殺していない。こんな状況になってもまだ、俺はアコラの『お願い』に従っているのだ。
「アコラ。これからどうするか決めてくれ」
昔は友だちだったのだとしても、今の二人は間違いなく友だちではない。無理に会えば、殺し合いにだってなるかもしれない。
それでもなおカレンの元に向かうのか。それとも、ダンジョンから出て旅を続けるか。どちらにしても、俺はアコラの『お願い』に従うつもりだ。
「カレンちゃんの所に行くっ! カレンちゃんはお友だちだもん!」
「まだ言うのかおい!?」
「だって……。きっとこれは何かの間違いだから。この目で確かめない限り信じないっ!」
「ああそうかよ」
返事だけして、俺はエビラーニャへと魔力を流し始めた。その余波だけで突風が吹き荒れ、土ぼこりが舞う。
「何してるの!? カレンちゃんの魔物は倒しちゃダメって言ったよね!?」
「最下層に向かうんだろ? なら倒さないと進めないだろ」
階層のボスに指定された魔物を倒すと、次の階層へと降りる手段が現れる。それがダンジョンのルールだ。黄昏の大迷宮も例外ではない。魔物を一匹たりとも倒さずに最下層に行くなど、土台無理な話だったのだ。
それでも、俺はアコラの願いを少しでも叶えるため、なるべく魔物は倒さないつもりだった。しかし――。
「いい加減目を覚ませ。魔物の気配を感じろ。ここに集まった数千匹の魔物すべてが階層ボスに指定されてるのを感じるだろ」
黙り込み、地面に映る自分の影に視線を落とすアコラを横目に、俺はエビラーニャを振るった。
閃光が嵐のように吹き荒れた後、草原の中心に次の階層への階段が現れた。
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