第14話 アコラのお友だち
黄昏の大迷宮。
奈落の大迷宮と同じく、世界三大迷宮に数えられる大迷宮の一つだ。
俺は数度しか潜ったことがないから、この迷宮について詳しいことは分からない。
だが、確実に分かることがある。
このダンジョンは、明らかに奈落の大迷宮よりも格下だということだ。
モンスターの質。一階層辺りの広さ。ダンジョンに満ちる魔力。宝箱に隠されたアイテムの質。すべてが奈落に劣っている。
黄昏は攻略されたことがない大迷宮だ。だがしかし、それらのことから、黄昏は奈落に劣るというのが冒険者たちの中での共通認識である。
「あんちゃんたち着いたぞ」
馬車の揺れが止まると同時に、六本足の馬の手綱を握ったおっちゃんが、馬車の中を振り返り声をかける。その声には、恐怖によるわずかな震えと、敬意を示す丁寧さが同居していた。
「ありがとう。今にもスタンピートが起こるかもしれないのに運んでくれて」
俺は御者を務めてくれたおっちゃんに対して、頭を下げながら金を渡す。
「いいってことよ。あんたらは、この街の危機を聞いて駆けつけてくれた冒険者だろう? 俺は戦うことはできないが、自分ができることで街の皆を助けたいと思ってるだけだ」
俺とアコラが馬車から降りたのを確認した後、おっちゃんは手綱を握りなおし、黄昏の街の中へと消えていった。
馬を街で休ませたら、またどこかの街へと冒険者を拾いに行くのだろう。
「ふふっ。随分と賑わっているみたいだね」
のんびりとしたそのアコラの言い草は、今の街の雰囲気からかけ離れたものだった。
俺はゆっくりと周囲の様子をうかがった。
武装した冒険者が集団で歩いている。近隣の大国から派兵されたであろう騎士が列を作り歩いている。皆が皆、その顔に恐怖の感情を張り付けている。
黄昏の街に居る人全員が、これから起こるだろうスタンピートを恐れている。それがこの街の現状だ。
魔物との戦いになれた者たちがこれだけスタンピートを警戒するのには理由がある。
通常、スタンピートという現象は大迷宮では発生しないのだ。
三大迷宮はもちろん、それに準ずる巨大なダンジョンではスタンピートが発生しない。これはこの世界に住む者にとっては常識だ。
ダンジョンから魔物があふれ出すというのは、ダンジョン内の魔物が間引きされていない、ある程度以上の規模のダンジョンで起きる出来事だ。
大規模なダンジョンというのは、その報酬の美味さから、冒険者や国お抱えの騎士がひっきりなしに狩りをしている。だからスタンピートは起きない。
逆に、手に入る魔石の質が悪い、アイテムの質が悪いなどの理由で、あまり攻略が盛んでない中規模なダンジョンなどは、魔物があふれ出して近隣の街が被害を受けてしまうことがある。
ダンジョンの魔物というのは、定期的に倒さなければいけないものなのだ。
間引きさえしっかりしていればスタンピートは起きない。そのはずだった。
今、その常識が覆されようとしている。
黄昏の大迷宮の魔物は、奈落には劣るとはいえ、大迷宮の名を冠するにふさわしい強力な魔物だ。それらが隊をなして地上で暴れれば、周辺地域で一体どれほどの被害が出るのだろうか。
人間が魔物を殺すことで力を得るように、魔物もまた人間を殺すことで力を得る。力を得た魔物は上位種へと進化を果たし、更に多くの人間を殺すことだろう。つまり――多くの人間がいる街でスタンピートが起きるというのは最悪のシナリオだった。
「アコラ」
「どうしたの?」
「そろそろ理由を聞かせてくれないか?」
俺は当初、黄昏の街には寄らないつもりだった。
ソーヤにはああ言ったが、あれは完全にその場しのぎの嘘だ。誰が好き好んで、火中の栗を拾いに行くようなことをするのだろうか。
おっと、この街にはそのような善人が山ほど集まっているのだったな。
そんな俺が、当初の予定を翻してこの街に来ることを決めた理由は一つ。
アコラが行きたいと言ったからだ。
行きたいのは分かった。アコラがそう言うのなら、別に行ってもいいと思う。それは構わない。
だが、何故黄昏の街に行きたいのか。その理由を尋ねても、アコラはそれを話そうとしなかった。
「見ての通り、街は今大変な状況だ」
「うふふっ、そうだね。優秀な冒険者たちが、たくさんたくさんこの街に集まってる。これはとってもすごいことだよね」
あまりにも場違いなほど、アコラはキラキラとした笑みを浮かべていた。
「何がそんなに嬉しいんだ?」
「サプライズ、ってやつかな。それをやってみたかったの」
アコラは俺の質問には答えてくれなかった。
「サプライズだと?」
「うん、そうだよ。サプライズ。……どうかな? ビックリした?」
その場で一回転するように、アコラはぐるりと街を見回す。慌てふためく街の住人や戦士たちが目に留まる度に、アコラの笑みは深くなっていった。
「人間がダンジョンの脅威に苦しめられるのがそんなに嬉しいのか?」
「あはっ、違うよ?」
「何が違うっていうんだ?」
「実はね……黄昏の大迷宮のダンジョンコアとはお友だちなんだ」
「それがどうした」
アコラは悠久の時を生きる存在だ。黄昏の大迷宮のコアだって、きっと人間には想像もつかない時間を生きているのだろう。
膨大な寿命と、コア同士で会話できる通信技能。この二つを持ち合わせた存在同士なら、知り合う機会なんて星の数ほどあるだろうよ。
「私のお友だち、すごいでしょ? ちょっと魔物を集めただけで人間たちのこの反応っ。カレンちゃんがいかに人間に恐れられているか、それがよおく分かるよね?」
そこまで言われて、ようやくアコラが何をしたいのか理解した。
アコラは自分の友だちを自慢したいのだ。
「とってもすごいよね? 地上の人間にこれだけ影響を与えられるなんて! さっすがカレンちゃん!」
チラリ、チラリと、俺の反応を横目で伺いながら、なおもアコラは友だちとやらを褒めちぎる。
「スタンピートを起こしたことはいただけないけど、それでも! カレンちゃんの影響力を確認出来て大満足だよっ! ユウタくんはそう思わない?」
「すまんが、俺にはダンジョンコアの価値観はどうにもよく分からなくてな。とりあえず、黄昏のコアがすごいヤツだってのは伝わったから」
取ってつけたようにカレンとやらのことを持ち上げておく。
俺は、いつだってアコラのご機嫌取りを忘れない男なのだ。
「驚いた?」
「ああ、ものすごく驚いた。さてと。それじゃあ次の街へと向かうとするか」
ちらりと表情をうかがえば、そこには不満そうなジト目でこちらを睨むアコラがいた。どうやら俺の表情から心を読んだらしい。俺が大して驚いていないってことが筒抜けになったようだ。
俺はそれを取り繕うこともせず、背を向け歩きだそうとした。黄昏の街から退去するためだ。
魔物が押し寄せたところで、俺やアコラの命が脅かされることはないだろう。だがしかし、大量の魔物に囲まれるのはうっとおしくはある。例えるなら羽虫にたかられるようなものだ。害はなくとも、コバエにたかられればうっとおしい。それと同じだ。
「一つだけ、お願いがあるんだ。いいかなユウタくん?」
「お願い……か」
俺は頭が痛くなってきた。
「この前ね? カレンちゃんにコア通信で連絡したんだ。だけど、返事が返ってこなくて……」
「それで?」
「私、とっても心配なの。もしかしたらカレンちゃん、病気や怪我で寝込んじゃったんじゃないかって……」
俺はアコラのことを無言でじっと見つめる。
大迷宮のコアなら、アコラには及ばないまでも、それに近い人知を超えた化け物なのでは?
そんな奴が怪我や病気で寝込むだろうか。
「忙しくて返信できなかっただけだろ。多分。心配するほどでもないと思うぞ」
「でもでもっ。何度連絡しても返事がないの」
「そうか。それで、アコラはどうしたいんだ?」
なんとなく、俺はアコラが何を言いたいか理解した。
俺は答え合わせでもするかのようにアコラに先を促す。
「黄昏の大迷宮の最下層に行こ? 私と一緒に!」
アコラの返答は俺の予想通りのものだった。
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