第13話 Sランク冒険者による勧誘
「終わったか……」
護衛の男たちと共に去って行くゴルガンを見ていると、疲れが多分に混ざった声がふと零れ落ちた。
アコラをギルドに登録しに来ただけなのにこの騒動。先が思いやられるな。
「お疲れさまっ」
「……アコラ」
「何かなっ?」
「何故、決闘なんて言い出した。お前がゴルガンの誘いをキッパリ断ればそれで済んだ話だろう」
「うふふ。なんだか腹が立っちゃって。だって私、ユウタくんがすっごく頑張ってること、誰よりも知ってるから」
「だからって、決闘まですることはないだろう。こんな、結果の分かり切った茶番なんて俺は望んでいない」
「でも、私は望んでいるから」
「そうかよ」
「ユウタくんは、あそこまで言われて腹が立たなかったのかな?」
「多少はな。だけどそれは俺自身が馬鹿にされたからじゃない。過去の仲間たちが馬鹿にされたように感じたからだ。そのことについて、言葉を訂正しろとか、ましてや決闘しようとか、考えるわけもないだろう」
「とっても心が広いんだね! まるで私のダンジョンのように広いよ」
「それはほめているのか? まあ、ほめ言葉として受け取っておくよ。それにな……」
俺は訓練場に集まった人たちを一瞥してから、更に言葉を続ける。
「俺はゴルガンのような男、嫌いじゃないぞ」
「どおして? あんなにいやみったらしい男だったのに。私、今度あの人がダンジョンに入るとき、強力な魔物をぶつけようかと思ってたのに」
「それはやめてあげろ」
俺はあの男には死んでほしくないと思っているからな。
「周りを見てみろよ、アコラ」
「周り?」
先ほどから俺とアコラは、野次馬として集まった冒険者たちの注目の的だ。あれだけ派手な決闘の結末。しかも、DランクがBランクに勝つ大番狂わせ。視線が集まるのも、無理のない話だろう。
ジロジロと見られるだけならまだいい。俺が気に入らないのは、あいつらの視線にこもった感情だ。
あいつらの視線には、俺に対する恐怖の感情が含まれている。まるでそう。街中で突然ドラゴンにでも出くわしたような、そんな感情。
俺はそれが自身に向けられることに、ゴルガンに絡まれた時以上のストレスを感じていた。
ゴルガンは俺のことを同じ冒険者としてのカテゴリーで見ていた。俺のことを、いつか超えたい格上の冒険者だと、そのような感情の視線を俺へと向けていた。
周りの連中のように、化け物を見る目では決してなかった。
「特別な存在として畏怖されるって、とっても気分がいいと思うな。少なくとも、私はね。ユウタは違うの?」
「多少であれば、鼻高々と言った感じでいい気分になれるだろう。だけどここまでとなるとちょっとな」
「そっか。それなら、用を済ませてもう帰ろう?」
「驚いた。アコラにそんな気遣いができるなんて」
「酷いよ! 私のことなんだと思ってるの」
アコラも、日々成長しているということだろうか。アコラの思いやりに、荒んだ心がわずかに潤うのを感じる。
せっかくそう提案してくれたことだし、今日はもう帰ろう。
俺たちは、二人並んで訓練場を後にするべく歩き出した。さらなる騒動が起きたのはその時だった。
「やあやあやあ。そこの君、待ってくれたまえ!」
俺たちを遠巻きに眺める野次馬の中から、一人の女が抜け出してきた。背の低い女だ。俺の胸のあたりまでしかない。
小柄な体格に適した小ぶりな剣を二本腰に差したその姿は、まぎれもなくその女が冒険者であることを表していた。
「何か用か?」
「率直に言おう。君、私とパーティを組まないか?」
その女は、大きな真っ黒な瞳で俺を見つめながら唐突に提案してきた。
「断る。俺はアコラ以外とパーティを組む気はない」
「ふむ……。見たところ、そちらの美しいお嬢さんも素晴らしい才能を秘めていそうだ。いいだろう! 君たち二人とも私のパーティに来るがいい!」
「随分と上からなお誘いだな」
「すまないね、少々礼儀を欠いただろうか。おっと、礼儀と言えば、自己紹介がまだだったね」
幼い少女にも見えるそいつは、コホンとわざとらしく咳をしてから、良く通る声で自身の名前を言った。
「私の名前はソーヤ。今は刀魔団に所属している冒険者だ」
女が名乗った瞬間、辺りから驚愕を多分に含むざわめきが聞こえてきた。
「ソーヤだと!? あの女が……!?」
「あの弱そうな女があのソーヤだってのか!? おいおい冗談だろ!?」
どうやら、目の前の女はかなりの有名人らしい。いつまで経っても周囲から声がやむ気配はない。冒険者たちは、口々にソーヤと名乗る女の話題を話し続ける。
「信じられねぇ。ソーヤと言えば、刀魔団の入隊テストでリーダーのトウマを半殺しにして入隊を認めさせたヤツだろ!? しかも、それからわずか数か月で刀魔団のサブリーダーにまでなったらしいじゃねえか。それが、あんな華奢な女だってのか!?」
「本当だって。俺はこの前の黄金龍討伐記念パーティでアイツの姿を見たんだ。奴がソーヤで間違いねえ!」
なるほど。どうやら、思った以上にこいつはこの街の大物らしい。さて、どう対応したものか。
「私のことは理解してくれたかな。ああそうだ。君の自己紹介はいらないよ。先ほどの決闘で名前は知ったからね、ユウタくん」
「高名な冒険者さまに名前を覚えてもらえるなんて光栄だ。ありがとうよ」
「ふっふ。一年以内に君もそうなるさ。高名な冒険者とやらにね」
「まさか。俺はそんな器じゃない」
「シラを切っても無駄さ。言っただろう? 私は先ほどの決闘を見ていたと」
「俺がBランク冒険者を倒したから、俺に才能があるとでも思っているのか? 残念だが、俺に才能なんてない。ゴルガンに勝てたのは、単に装備品の性能の差だ」
「私の目は誤魔化せないよ。君は先ほどの決闘で手加減していただろう?」
「どうしてそう思うんだ?」
「剣を振る速度が一定じゃなかった。君は途中で剣にブレーキをかけた。このまま振り切れば、殺してしまうかもしれないと思ったのだろう? 違うかい?」
図星だった。
ソーヤの言う通り、俺は剣を振っている最中にその剣速を遅くした。理由もソーヤの見立て通り、ゴルガンを殺さないためだ。
心の底から驚いた。そのことに気が付くことができる奴が、この場にアコラ以外に居るとは思ってもみなかった。
「お前はどうして仲間を探しているんだ? 仲間なら優秀なのがたくさんいるだろう。お前は刀魔団に所属しているだろう?」
俺は話題を変えることにした。俺の実力に関する話を続ければ、もしかしたらボロが出るかもしれない。そのことがとにかく怖かった。
「君は質問に答えないのに、私に質問をするのかい? まあいいさ、答えてあげるよ」
ふっ、と軽く息を吸い、まるで周りに聞かせるようにソーヤは語り始めた。
「刀魔団の連中は弱すぎるんだ。こんなこと言えば、周りは私のことを傲慢な女だと思うかもしれないね。だけどハッキリと言わせてもらうよ。あの子たちは私の仲間として釣り合っていないんだ」
周囲から、俺がゴルガンをぶっ飛ばした時に勝るとも劣らないざわめきが聞こえる。
「これはまた、随分とあけすけなことを言う。刀魔団は奈落の街で最強の冒険者チームだろう? そんな連中を弱いと言うのか、お前は」
「その通りだ。刀魔団は弱い」
「ソーヤは刀魔団のリーダーを半殺しにしたんだったか。なるほど、確かに刀魔団の中で一番強いのはお前なのだろう。だが、雑魚と言い切るほどに実力が離れているのか?」
純粋に、ソーヤの実力がどの程度なのかが気になった。最強と呼ばれていた存在よりも、更に圧倒的に強い奴が存在する。少年漫画じゃあるまいし、そんなことがほいほいとあるのだろうか。
「実力が離れてなければ、仲間の新規募集などしないさ。私はね、近いうちに刀魔団を脱退して、自分のチームを作るつもりなんだ」
「もう完全に見切りをつけているのか」
「そうさ。この間、80層の階層ボスと戦った時に決めたんだ。黄金龍だったか。あの程度の魔物に死傷者を出すような連中では、私の目標である奈落の深層への到達なんて不可能だからね」
「なるほど」
「おや? 妙に実感のこもった『なるほど』だったね? ははぁ、分かったぞ。さては、君はもう黄金龍を倒しているな?」
「それはない。見たこともない」
「んっふっふ。ますます気に入った。君を私のチームのサブリーダーにしてあげよう。光栄だろう? 奈落を攻略して、未来に名を遺すチームのサブリーダーだ」
「興味ないね」
だって、奈落の完全攻略なんてアコラが存在する限り不可能なのだから。
「つれないね。君は、世界情勢について考えたことはあるかい?」
「ない。もう帰っていいか? これから用があるんだ」
「世界には貧困があふれている。君だって見たことあるだろう? その日食べる物にも困っている子どもたちの姿を」
これ、話しを最後まで聞かないと帰してくれないやつだ。たまにいるんだよな。こういう強引な性格の奴。似たようなのが俺の知り合いにもいるよ。アコラっていうんだけど。
「私も昔はそんな子どもの一人だった。故郷の村は特別に貧乏でね。毎年誰かが餓死していたんだ。そんな現実を変えたくて努力し続けて……そして今に至るってわけさ」
「そうか」
「私たちのように力と才能のあるものは、世界のために頑張らねばならない。そう思わないかい?」
ソーヤの言いたいことは分かる。
ダンジョンとは資源の塊だ。魔物の肉は食料になるし、魔物の魔石は便利な道具のエネルギーとなる。そして、ダンジョンで手に入る強力な武具は、魔物を安全に倒してそれらを得るための必需品だ。
高ランクの冒険者が、ダンジョンで得た強力な装備を市場に流してくれるから、低ランクの冒険者は戦闘における命のリスクを軽減することができる。
そのことは十分に分かっている。だけど――。
「俺に力なんてない。ただのその日暮らしの冒険者だ」
そもそも、俺はすでに世界のために精一杯の努力をしている。アコラのご機嫌取りという形でな。だからソーヤには協力できない。
アコラのことがなければ、今まで通り、深層で手に入れた装備品を上層階にこっそりとばらまくくらいはやっても良かったのだが。
「残念だ。君なら私の信念にシンパシーを感じてくれると思ったのだけど」
「力になれなくて悪いな」
「ふっふ。あまり悪いと思っていなさそうだね?」
「そんなことはない」
「いいだろう。なら、決闘をしよう」
「良くない。俺は決闘なんかしたくない」
「先ほどと同じように、勝った方が相手を仲間にすることができる。それでどうだい?」
「だから、決闘なんかしたくないと言ってるだろ」
「でも、君のお連れさんは案外と乗り気のようだよ?」
その言葉に驚いて後ろを振り返る。すると、なんともご機嫌な様子のアコラと目が合った。勘弁してくれ。これ以上、俺に騒ぎを起こさせないでくれ。
「ルールはどうしようか? 私としては、さっきのアレでもいいのだが」
「アレ、とは?」
「君がさっき貴族の男に提案していた心臓を先に貫かれた方が負けのルールさ」
「あれはただの冗談だ」
「遠慮することはない。私はあんな男とは違って、心臓を貫かれた程度では死なないんだ。君だってそうなのだろう?」
「いや普通に死ぬが? 胸に剣が触れただけで即死だが?」
とりあえず適当に嘘を付いておく。
俺はちゃんと思い出したんだ。普通の人間は、心臓を貫かれたら死ぬんだ。
「そうなのかい? 君は心臓が破裂しても死ななそうな顔をしているが」
「どんな顔だよ」
非常にまずいことになった。
ソーヤは決闘をやる気だ。しかも、今のこの短いやり取りで決闘のルールまで決めたつもりらしい。じわりと距離を取りながら、腰の剣に手を伸ばしていくのが見える。
冗談じゃない。俺はそんなふざけたルールで決闘なんてやらん!
『そのふざけたルールを先に提案したのはユウタだけどね』
『ちょっと黙ってろエビラーニャ』
考えろ。この決闘は絶対に回避しなければならないイベントだ。
先ほどの、DランクがBランクに勝ってしまうのとはわけが違う。装備品の性能差だなんて、そんなごまかしが効くような実力差ではない。Sランク冒険者に勝ってしまっては、俺の実力が白日の下にさらされてしまう。
決闘の約束に強制力があるわけではない。
本来ならこいつに何を約束されたとしても、俺がそれを守る必要なんてない。つまり、約束のことだけを考えれば、ワザと負けてしまえばいいのだ。
だが、その選択肢は取れない。
アコラが睨みを聞かせているからだ。
そのワクワクとした表情を見れば、アコラが何を考えて居るのか手に取るように分かる。
アコラは、俺が圧勝することを信じている。そして、その結果以外を許容しようとしない。たとえワザとだろうが、俺が決闘に負けようものなら、アコラの機嫌がどう変化するのか予測することは不可能だ。
だからこの決闘は始めるわけにはいかった。
「……ソーヤ、ちょっといいか?」
「何かな? 真剣勝負の前にお喋りだなんて、随分と余裕があるんだね。未来の仲間として頼もしい限りだ」
「さっき、俺には用事があると言ったよな?」
「そうだったかな?」
「急いでいるんだ。緊急の用事なんだ」
「こっちだって急いでいるさ。早く奈落の深層に行きたいからね」
やれやれとでも言いたげな表情で、ソーヤは俺の問いかけに構わず剣を抜こうとする。
「お前はさっき、世界のために頑張っていると言ったよな?」
「ああ、言った。それが私がダンジョンに潜る理由さ」
「黄昏の大迷宮でスタンピートの兆候があるという話は知ってるか?」
「知ってるとも。街の住人を助けてあげたいとは思うけど、長期的な目線でみるなら、奈落を攻略する方がみんなのためになるんじゃないかというのが私の見解だよ」
「そうか。俺の意見は違う。俺はスタンピートに立ち向かおうと思う。だから急いでいるんだ」
これはただの出まかせだ。
スタンピートに立ち向かうつもりなんてこれっぽっちもなかった。
だが、今の状況を切り抜けるにはこうするしかなかった。
「……ふむ」
「お前は、苦しむ人間を救うためにダンジョンに潜ると言ったな? やり方は違うが、俺もそれをやろうとしている。その邪魔をしないでくれないか?」
両手を剣の柄に軽く乗せたまま、ソーヤは黙り込んでしまった。しかしすぐに、口の端だけで笑ったソーヤから言葉が返ってきた。
「人助けの邪魔をするなとは、また随分と上手い言い訳を考えたものだ。そんな風に言われたら、決闘を無理強いできないじゃないか」
「残念だよ。最強の冒険者と一緒に奈落に潜るのは、さぞ楽しいだろう。だけど俺は、困っている人を見過ごすことはできない性格でな」
「ふっふ。そういうことにしておいてあげよう。勧誘はまた今度にするさ。万が一、人助けの前に大けがをさせてしまうわけにもいかないからね」
君との決闘は、手加減が出来なさそうだからね。そんな言葉が、ささやくように付け足されたのを聞いた。
「随分あっさりと引き下がるんだな」
「黄昏の街が気になっていたのは私も同じさ。君が行ってくれるなら、私は心置きなく奈落の攻略に励めるというものだ。それに――」
ここではない、どこか遠くを見るような目をしたソーヤは続けてこう言った。
「私たちのような人外の力を持った人間は孤独なものだ。誰かと悩みを共有することだってできはしない。独りぼっちは存外に寂しいものさ。君はいつか、自分から私にパーティを組もうと言ってくるんじゃないかな。そんな気がするよ」
だから今、無理にパーティを組む必要はない。
最後にそれだけを言い残して、ソーヤはその場から去って行った。
その時のソーヤの何処か寂しげな表情が、俺の記憶に強く残った。
もしかしたらソーヤは、刀魔団に対して自分と対等な関係を築ける強さを求めていたのだろうか。
刀魔団が予想以上に弱く、その気持ちが裏切られたからこそ、刀魔団のことを雑魚とまで言い切る当たりの強さを見せたのか。
あれはソーヤなりの八つ当たりだったのかもしれない。
ソーヤが去った後も続く周囲の喧騒が、いつまでも俺の耳に響いていた。
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