第11話 的中する予感

「なるほどなるほど。冒険者ギルドってこんな感じなんだ」


 人相の悪い男たちが真昼間から酒をあおる様子を見て、アコラがそうつぶやいた。男たちは体がデカく、いかにも「荒事に長けてるぜ」といった感じだ。


「そうだ。これが冒険者ギルドだ」


 あの男は昨夜飲みすぎたのだろうか。部屋の隅には、酒瓶を抱えたまま地面に横たわる男がいた。その隣の席で、寝ている男など目に入っていないかのように大騒ぎする男たち。おっと。今アイツ、酔いつぶれてる男のポケットから金を抜かなかったか?


 一応、ギルド内の清掃は行き届いているため、施設自体は綺麗なものだ。

 しかし、床で寝ている男や昼間から飲みまくっている男がチラホラといるせいで、どうにもアンダーグラウンドな雰囲気が漂ってしまっている。


 いつもの冒険者ギルドの日常だ。

 こんな場所だからこそ、あれほど口を酸っぱくしてアコラに『お願い』をしたわけだ。


「受付で登録してギルドカードを発行してもらおう。それが終わったら、さっさと帰るぞ」


 返事も聞かず、俺はギルドの受付に向かって一直線に歩き出した。


 無意識のうちに握ってしまった手のひらがわずかに汗ばむ。自分でも驚くほどに緊張してしまっているらしい。

 だが、それも仕方ない。どこかのバカがアコラに絡むことを想像するだけで心臓が跳ねる。頼むから、その手の超ド級のバカは今日この時間のギルドに居ませんように。


 心の底で、俺は熱心に神に祈った。――神は祈りを聞き届けてはくれなかった。


「何か用か?」


 受付から少し離れた席に、男たちが三人座って飲み食いをしていた。

 そいつらの内の一人が、こちらに視線を向ける。正確には、俺の斜め後ろに立つアコラを見たのだろう。


 アコラを見た男が何を思ったかはすぐに分かった。あの卑しげな表情がすべてを物語っている。席を立ったその男は、アコラのことをねっとりと見つめたままこちらへと向かって来た。

 俺は、当然アコラをかばうように立ちふさがったわけだが――。


「どけ。俺が用があるのはそっちの女だ」


 どうやらこの男は、俺のそんな態度が大いに気に入らなかったらしい。まあ、当然だよな。


「アコラは俺の仲間だ。ナンパなら他でやってくれないか?」


 酔っ払いたちの喧騒にまぎれ、わずかに聞こえる舌打ち。このまま引き下がってくれればいいが、男の表情を見るにそれはありえないだろう。


「お前、名前は?」


「ユウタだ」


「ランクは? 冒険者になってどれくらいだ?」


「何故そんなことを聞く?」


「いいから答えろ」


 なんと横柄な態度だろう。それに、質問の内容も意味が分からない。こいつは一体、会話の着地点をどこに持っていきたいのか。


 それに、違和感があるのは会話内容だけではない。

 この男。行動内容は明らかにチンピラだが、態度や口調、所作などにどことなく品を感じる。それは本来、ごく一般的な冒険者が持ち合わせていないものだった。


「もしかして。あなたは貴族様でしょうか?」


「ふん。確かに俺は貴族ではある。だが、今は冒険者の一人だ。貴族扱いはやめろ」


「そうか。そっちがそれでいいならこのまま話させてもらうが」


 冒険者になる理由は、大まかに二種類だ。

 ほかにやれる仕事がないから、命を賭ける仕事で日々の食い扶持を稼がなければならないというのが一つ。それから、英雄に憧れ、力を求めダンジョンに潜るというのが一つ。


 目の前の男は後者だろう。

 大方、貴族の三男坊辺りが英雄に憧れて冒険者になったとか、そんなところではないだろうか。


 おっと。そろそろ質問に答えておくか。相手が変わり者であろうと、貴族であることには違いないのだし、なるべく失礼のないようにしておくか。


「冒険者としてのランクはDだ。十年ほどこの仕事をしている」


「十年冒険者をやっていてランクがD……ただの無能か。さっさとどけ。重ねて言うが、俺が用があるのは後ろの女だ」


「さっきも言っただろ? アコラは俺の仲間だって」


「少しは身の程をわきまえろ」


「貴族の言うことだから素直に聞けってか?」


「身の程をわきまえる理由は、俺が貴族だからじゃない。お前が取るに足らない無能だからだ」


「……随分な言い草だな」


「さっき、俺は自分で『貴族扱いするな』と言っただろ。その俺が、貴族の権力を使うわけないだろ。その理解力の低さも、お前を無能扱いする理由の一つだ」


 言われてみると確かに。

 これは一本取られたな、はっはっは。


「なんだ? 何をニヤついてやがる」


「俺はなんの能力もない一般冒険者なんだ。頭が回らなくてすまなかったな」


「……分かればいいんだ。分かれば」


 こいつの目には、俺がどこにでもいる普通の冒険者に見えているんだろう。少なくとも、視線を合わせるのもはばかられる化け物には見えていない。


 今は、この街の存亡をかけた大変な状況だ。しかしついうっかり、感情が表情に出てしまった。俺もまだまだ修行が足りないな。


「理解したならさっさとどけ。クズが。俺は早く後ろの女をパーティに勧誘したいんだ」


「悪い。それはできない」


「いい加減にしろよ」


「パーティメンバーの無理やりな引き抜きはギルドのルールで禁止されてるだろ? 頼むからアコラのことは諦めてくれ」


「無理やりなものか。その女だって、お前みたいな将来性のない無能と組むより、俺と組む方がはるかに有益だろう。さあ、美しいお嬢さん。あそこの席でお酒でも飲みながら、今後のことについて話し合いませんか?」


 男は流れるような体捌きで俺をすり抜け、背後に立っていたアコラに視線を合わせながらそう言った。

 アコラは無言だった。どうやら、俺との約束を守り大人しくしてくれているらしい。


「ほら、結果は分かっただろ? これで諦めがついたか?」


「うるさいぞ無能が。勧誘の邪魔だ、失せろ!」


 俺だって今すぐにでも退散したいさ。

 宿で惰眠をむさぼり、起きたら友人と朝まで飲み明かし、気が向いたらダンジョンで自己鍛錬をする。この世界に来てからずっと繰り返してきた、そんな生活に戻りたくてたまらない。


 でも、もうその生活には戻れない。だって、アコラがここに居るんだから。


「クソ目障りな奴だ……。俺はな、お前のような冒険者としてろくに努力もしていない無能が大っ嫌いなんだよ! 今すぐ俺の目の前から消えろ!」


「酷いな。努力くらいはしてるつもりさ。生きるために金を稼がないとだからな」


「口だけの男だな。十年でDランクの冒険者なんか、ゴミ同然だ」


「そうかよ。お前は何ランクなんだ?」


「俺はBランクだ。冒険者になってから五年でここまで上げた。努力とはこういうことをいうのだ!」


「五年でBか。それはすごい」


 冒険者のランクはSABCDEFの七つ。Fが一番低く、Sが一番高い。強い魔物を倒し、冒険者としての実力をギルドに認められたものが上のランクへと昇ることができるシステムだ。


 俺やブライアンはDランク。これは下から数えた方が早いランクだが、特別低いランクというわけではない。


 多くの冒険者はDランク止まりだからだ。


 登録したてのFランクの者は、真面目にやってれば一年ほどでEランクへと上がる。そしてその後の三年でDランクへと上がって行く。

 しかし、一般的な冒険者のランクが上がるのはここまでだ。その先へと行ける者は、才能に恵まれた一握りのみ。多くの冒険者は、Dランクのままその生涯を終える。かつての俺の仲間たちのように。


「お前実はすごい奴だったんだな。良かったな、Dランクの壁を越えられて。才能あるよ」


「才能? お前、今才能と言ったか?」


「……? 言ったけど、それがどうした?」


「お前に何が分かる!」


「どうしたんだよ急に大声出して」


「才能があるから強くなれたと、そう思われるのが俺は大嫌いなんだよ!」


「すまない。そういうつもりで言ったわけじゃないんだ」


「俺はな、幼いころからずっと努力してきたんだ! 英雄と呼ばれた祖父に追いつきたくて、追い越したくて……。それをお前……才能なんて言葉で片付けやがって……!」


「悪い。どうか落ち着いてくれ。俺にお前の努力を否定する気はないんだ。言葉の綾というか」


 困ったな。まさかそんな風に受け取られるなんて思ってもみなかった。

 こいつが大声で叫ぶせいで、酔っ払いどもの視線が集まってきて居心地が悪い。何とか、穏便にこの場を収めなければ。


「お前のように、自分に力がないのを才能のせいにしている男に俺の何が分かる!?」


「ああ、そうだな。俺が全部悪かったよ」


「周りの連中もそうだ。俺のランクを聞いた奴は、皆お前と同じようなことを言いやがる。お前らが低ランクなのは必死に努力してないからだろうが!! この怠け者どもが!」


「いや、まあ……なんだ。周りの冒険者だって、それぞれ精一杯に生きてるんだ。そこのところは理解してやってくれよ」


 いかんな。叫んでいるうちにヒートアップしてきたらしい。俺個人を罵倒するならともかく、低ランクの冒険者全体を馬鹿にするようなことを叫び始めやがった。


 より一層、周囲から視線が集まってくるのを感じる。そりゃあそうだ。何せ、ここで今飲んだくれている冒険者のほとんどはDランク以下なのだから。こんな風に言われれば、いい気はしないだろう。


「俺はな、子どものころから遊ぶのも我慢してずっと剣を振ってきたんだ。だから強くなれた! だからわずか五年でBランクにまでなれた! それを才能の一言で片づけやがって……!」


 正直に言えば、内心ではこの男に言いたいこともある。


 子どものころから剣を振ってきた? それができる環境に生まれることができた時点で、お前は恵まれてるよ。


 俺のかつての仲間たちは、みんな貧しい生活をしていた。

 朝から晩まで働いて、食べるものもろくになくてひもじい思いをして、それでも必死に我慢して生きてたんだ。


 生きるための労働が不必要で、一日中トレーニングができたお前の幼少期は、他の冒険者たちからすれば嫉妬するほどうらやましい環境だろうよ。


「冒険者になるために、装備をそろえた時だってそうだ。俺は親の仕事を手伝って、必死に金を貯めて装備をそろえたんだぞ! 『貴族は親から装備がもらえてうらやましい』などふざけたことを言いやがって……! 思い出しただけでも腹が立つ!」


 ああ、うらやましいことこの上ない。

 俺が初めてダンジョンに潜った時の装備なんて、さびたナイフ一本だぜ?


 まともな装備を揃える時間すらなかった。追い立てられるようにして、ダンジョンへと放り込まれたんだ。

 しっかりと準備する時間があって、十分な報酬をもらえる仕事まで斡旋してもらえて……。お前のような環境に生まれることができたなら、俺の仲間たちだって死なずに済んだかもしれないのに。


 上等な環境に生まれることができるのだって才能の一つだろう。そういう意味で、お前は間違いなく才能のある男だよ。それも、とびっきりの才能の持ち主さ。


「おい! 聞いてるのか!?」


「ああ、ちゃんと聞いているさ」


「なら理解しただろう!? お前ら低ランクどもは、自分が努力をしていないことを棚上げして、才能や環境を言い訳にして怠惰に過ごしているクズだってことが!」


「いや……まあ、ははっ」


 答えずらい質問はやめろ。頼むから、もう少し周囲の空気を読んでくれ。


 さて、この状況をどう切り抜けようか。目の前の男の怒りを鎮める方法が何かないだろうか。男の言葉に曖昧に返事をしながら考え込んでいると、ふと背後から思わぬセリフが聞こえてきた。


「ふふっ。お貴族さまの考えはよーく分かりましたっ。やっぱりそうですよね。パーティを組むなら、強い人の方がいいですよねっ。だからこうしましょう? 私は、決闘して勝った方とパーティを組みますっ!」


 何を言い出すんだアコラ!?

 決闘だって? 冗談じゃない。そんなもの、俺はやりたくなんてないぞ。なあ、名も知れぬそこの貴族野郎! お前だって、決闘なんてしたくないよな?


「ほお、決闘か面白い。それであなたとパーティを組めるなら、俺はもちろん賛成だ。無能男、貴様はどうだ?」


 二つ返事で断ろうとした。しかし、背中から感じる差すような圧力が、俺から断るという選択肢を奪っていく。

 クソが。なんでやりたくもない決闘なんてやらなきゃいけないんだよ。

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