第10話 アコラと冒険者ギルドとトラブルの予感
「ホワイトロード?」
「そうだ。俺としては、一度行ってみたいと思っていたんだ。この際だし、二人で行かないか?」
ブライアンと別れた後、食事が終わっていた俺たちはすぐに街へと出た。
アコラを冒険者ギルドに連れていくためだ。
旅をするのなら冒険者ギルドに登録して、ギルドカードを発行してもらう必要がある。ギルドカードには、元の世界でいうところのパスポートのような機能が付属している。様々な国を股にかけ旅をするのであれば、持っていた方が無難だろう。
ギルドへと向かう道すがら、話題は当然これからの旅のこと一色となった。
アコラにどこか行きたいとこはあるかと聞いたが、思わしい返事は帰ってこなかった。どうやら引きこもり体質らしく、長く生きている割に世界のことはあまり知らないようだ。
それならばと俺は、自分が一度行ってみたかった場所を提案してみることにした。
「ホワイトロード……。それはどんな場所なのかな?」
「俺も又聞きでしか知らないが、どこまでも続く真っ白な大地らしい」
「ああっ、見たことあるかも! 使い魔越しにだけどね」
「訪れた者の人生観を変えるほどの、不思議なエネルギーが漂う場所らしいぞ。そんな話を旅人から聞いたことがある」
「本当かなぁ? そんな未知のエネルギーなんて出会ったことないけど」
「所詮は噂だ。アコラが考える通り、そんなエネルギーはないかもしれない。でも、もしも本当にあるなら見てみたいだろ?」
「興味がないと言えばウソになるかな」
「それなら決まりだ。ホワイトロードに行ってみようか」
「うふふ。なんだかワクワクしてきたね」
「未知のエネルギーがそんなに楽しみか?」
「違うよっ。楽しみなのは旅行だよ?」
そんなにも旅行に興味があるなら、今までもすればよかったのに。そう思ったものの、すぐにその考えが間違いだと気付く。
アコラが楽しみにしているのは、友人と時間を共有することそれ自体なのであって、旅そのものが楽しみというわけではないのだろう。
「目的地は決まったねっ。さあさ、今すぐにでもホワイトロードに行ってみよっか! 走って行く? それともお空を飛んで行く?」
「普通に馬車や歩きで行く」
「どうして? わざわざそんな回り道しなくても、私たちなら山を越えて谷を越えて一息に世界の果てにだって行けるでしょう?」
否定はしない。確かに世界の果てだろうと、俺たちのスペックならあっという間にたどり着けるだろう。だけど、それだと意味がない。
「旅というのは道中も楽しむものさ」
「?? よくわかんない。目的があるなら、それはすぐに達成した方が良くないかな?」
「例えばさ、色々な国には、その場所特有の美味しいものがあったりするんだ。お前の好きな甘いものだって、ここでは食べられない味がいっぱいあるだろうよ」
「おぉ! なるほどなるほど。食べ歩きか~。旅の楽しみ方、分かってきたかも!」
「分かってくれて安心したよ」
……心の底からな。
できれば、この旅には長い時間をかけたい。目的地にたどり着く時間が長ければ長いほど、世界の寿命が延びるからだ。
明確な目的があれば、きっとアコラはそれに夢中になってくれる。そして何かに夢中になっている時、こいつは死にたいとは言い出さない。今までもそうだった。
ダンジョンで俺と殺し合いをしてる時。甘いものを頬張っている時。たった今、旅行の予定を考えて居る時。いずれも、アコラの精神は安定しているように見える。少なくとも、表面上は。
できることなら、アコラにはありったけ旅行を楽しんで欲しい。そしてこの旅行を通して少しでも精神的に成長しれくれればなと思う。特に、何か気に入らないことがあればすぐに死にたいと言い出す性格は、可及的速やかに改善してほしいところだな。
「ねえねえ」
「なんだ?」
「ホワイトロードってどこら辺にあるの?」
「世界の果てだ」
この世界は、元の世界とは違い球体ではない。どこまで移動しても、世界を一周して戻ってくるということはないらしい。
どこまでも続く平面上の世界。その世界の果てに存在するのが、ホワイトロードと呼ばれる真っ白な大地だ。
アコラはさほど興味を示さなかったが、俺はそこに存在するかもしれない未知のエネルギーがかなり気になる。
今よりも更に強くなるためのきっかけになるかもしれないからな。
「知らなかったのか? さっき、世界の果てまで走って行けるとか言ってなかったか?」
「あれはものの例えだよ。そっか。本当に目的地は世界の果てだったんだ」
「どうしたんだ暗い顔して。世界の果てに何か嫌な思い出でもあるのか?」
「ちょっとだけ思い出しちゃったの。遠い遠い昔のことを」
「昔を?」
「うん。私のお師匠さまがよく言ってたんだ。世界の果てには行くなってね。そのことを思い出しちゃった」
アコラの師匠……。確か、アコラにダンジョンコアとしてのいろはを教えたダンジョンコアだったよな。大昔の世界で、大迷宮の一つを築いた偉大なコアだってアコラが自慢気に話していたっけ。
「世界の果てには何かあるのか?」
「分かんないんだ。お師匠さまは、何があるかは教えてくれなかったから」
「そうか。どうする? 行くのはやめておくか?」
「ううん、行くよ。私も何があるか気になるからね」
アコラが尊敬の念を抱くほどの、強大な力を持つコアからの警告。それをうかつに破ったりしても良いものか。
旅の目的地を変えるか? しかし、俺やアコラの事情や好みを考えると、ホワイトロードが目的地として一番適している。
きっと何とかなるだろう。結局俺は、そう結論付けることにした。冷静に考えてみれば、この化け物をどうこうできるものがこの世界にどれだけ存在しているだろう。そんなものはないと、自信を持って言える。
「うふふふっ」
「どうしたんだ、やけにご機嫌だな。そんなに旅が楽しみなのか」
「行ってみたい場所が同じだなんて面白いなって。これが運命の出会いってことなのかなっ?」
「もしもそういうものが存在してるなら、俺とアコラの出会いは運命かもな」
「あはっ。ユウタくんもそう思う?」
もしも俺とアコラが出会わなかったとしたら。もしかしたら、この世界は近い未来に消滅していたかもしれない。アコラの自殺によって。
俺は運命なんか信じない。だけど、もしも世界にそういうものがあるのだとしたら、俺とアコラの出会いは必然なのだろう。
「アコラに一つ言っておくことがある」
「何かな?」
「今から冒険者ギルドという施設に行くわけだが、とりあえずおとなしくしていてくれないか? 具体的には、何も問題を起こさないでほしい。約束してくれるか?」
「私がこの街に来て、何か問題を起こしたことある? 胸を張って言えるよ。私はユウタくんに迷惑かけたことなんてないってね!」
「いや、宿屋の床ぶち抜いてたから」
「あれはワザとじゃないんだからノーカウントだよ」
「それもそうか。とにかく頼むぞ」
「考えても見て。地べたを這いずり回る虫をわざわざつぶして回るようなこと、ユウタくんはしないでしょ? それとおんなじだよ?」
思い返してみれば、アコラは街の人たちに危害を加えるようなことは一度もしていない。
アコラは人間を虫けらのように扱うが、別に悪意があってそうしているわけではないのだろう。
こいつにとってはそれが当たり前のことなのだ。種族も持っている力も、街の人間とは違いすぎる。それゆえの、価値観の違いというわけだ。
「納得はした。だけど、それはギルドでは言うんじゃないぞ。ギルドには荒くれ者が多いからな。口に出せばすぐに喧嘩になってしまう」
「喧嘩? うふふ、虐殺の間違いでしょう?」
「頼むから大人しくしていてくれ」
「そんな顔しないで? ちゃんと分かっているからね」
アコラは本心で言っている。本当に、問題を起こすつもりはないのだろう。
だけど、なんだか胸騒ぎがする。ギルドの扉をくぐれば、何かトラブルに巻き込まれるのではないか。そんな考えが、頭から離れない。
冒険者として培ってきたカンが、これでもかってくらい警鐘を鳴らしていた。
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