第8話 メンヘラレベル999の女アコラ➁
「ここがユウタくんが寝泊まりしてる場所なんだね」
「……そうだ」
長い説得の末、ようやく俺は地上の街へと戻ることができた。アコラを同伴して。
確かに地上に来いと言った。だけどまさか、本当に来るとは思わないだろ。ダンジョンコアはダンジョンの最奥でどっしりと構えているものじゃないのか?
「ここがユウタくんが寝泊まりしてるお部屋!」
「……そうだ」
「なんだかちょっと空気がよどんでるね。お掃除も行き届いてないみたい」
「安宿だからな。こんなもんだ。気になるようだったら他の宿にするか?」
「ううん大丈夫! 平気だよっ」
「そうか、それなら宿代が無駄にならずに済むな。この部屋のはす向かいにアコラの部屋を取った。そこで休むといい」
「えっ?」
「どうかしたか」
「一緒の部屋じゃないの?」
「別々の部屋だが?」
「人間の男の子は、隙あらば女の子と同じ部屋で寝ようとすると思ってたんだけどな。少なくとも、私が地上を眺めてる時はそんなのが多かったよ」
「そういうヤツらもいるだろうな。俺は違うが」
誰がアコラと同じ部屋でなんか寝るか。こいつと寝るくらいなら、ドラゴンの群れのど真ん中で寝る方がまだ安眠できる。
「何か失礼なこと考えてない?」
「いいや、何も。それよりも早く休もう。疲れてるんでな」
釈然としない様子のアコラの背を押し、部屋から追い出す。そしてすぐに扉を閉め、ベッドへと寝転がった。目を閉じると、すぐに眠気がやってくる。飲みに出かける元気は、これっぽっちも残っていなかった。
△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼
「うーん。もう朝か」
どこからか、鳥の甲高い鳴き声が響いてくる。これが聞こえるということは、もう朝になったということだ。日の出とともに太陽に向かって鳴くのが、この鳴き声の主の習性だからだ。
「おい、エビラーニャ」
「なーに」
「お前、アコラがいると一言もしゃべらないよな。ただの剣のフリしやがって」
「怪物に目を付けられたくないからね。それより、約束覚えてる?」
「刀身の手入れだろ? ……明日じゃダメか? ヤツのせいでかなり疲れてるんだが」
「だーめ。約束は守ってよね」
「チッ。仕方ねえな」
道具袋から砥石や布を適当につかみ上げ、それらを使いエビラーニャを磨き上げていく。
全く無意味な行動だった。何せ、エビラーニャは刀身が叩き折れようが勝手に再生するのだ。砥石でいくら研いだところで、切れ味に影響なんてこれっぽっちもないわけだ。
「あー、そこそこ。いい感じだよ」
そのリラックスした声は、まるでマッサージを受けるおっさんの如く。クソが、俺だって酒を飲んでリラックスしたいってのによ。
心に嫉妬の炎をともしながら適当に布を押し当てていた、その時だった。ヤツの足音が聞こえた。
「今ユウタくんのお部屋から知らない女の声が聞こえた!!」
「部屋に入るときはノックくらいしてくれないか」
あたりをぐるりと見まわしながら、眉を吊り上げこちらを睨むアコラ。俺は心の中でため息を吐く。なんで朝っぱらから化け物と対面しなければならないのか。コンビニにたむろするヤンキーの横を通り過ぎるときのような、無意味な緊張感に心が疲弊するのを感じる。
「今ここに誰かいなかった?」
「……」
刀身を人差し指で軽くつついたものの、エビラーニャはかたくなに無言を貫いている。どうやら、これを機に自己紹介をする考えはひとかけらも持ち合わせていないらしい。
「気のせいだろ。たぶん、隣の部屋から聞こえたんじゃないか? ここの宿、壁が薄すぎて三つ隣の部屋の声が聞こえるからな」
「そうかなぁ。絶対このお部屋からの声だったけど……」
「そもそも、俺が女を連れ込んでもお前には関係ないだろ」
「関係あるもん」
こいつはあれか。自分の友だちが、自分以外の友だちと仲良くしてたらモヤモヤするタイプか。いるよなそういうヤツ。
「とにかく、居ないんだからアコラの勘違いだ。話は以上。部屋から出て行ってくれ」
「二人で街にお出かけしよっ?」
勘弁してくれ。今日こそは一人の時間を満喫して、疲れを癒すつもりだったんだ。
「遊びに行くなら一人で行ってくれ」
「私、この街のこと良く知らないんだ。案内してほしいな」
「断る」
「私たち、お友だちでしょ? ね、遊びに行こうよ」
「前々から思ってたんだが、友だちが欲しいなら人間の恰好で街をうろつけばいいだろ。お前のルックスなら男はいくらでも話かけてくるだろうし、話し相手には困らないと思うぞ」
「ユウタくんはさ、アリやハエとお友だちになって仲良くできる?」
「街の人間をハエ扱いか。そんな風に決めつけずに、話してみればいい人だっているかもしれないだろうに」
「だったらさ、ユウタくんはハエに話しかけたことある?」
「……ないけど」
「それが答えだよ」
「人間はハエじゃないだろう」
「そうかもね。私にとっての人間は、人間にとってのハエよりも、もっとずっと脆弱な存在かな? ますますお友だちになるのは難しいかも」
間違いなく真実だった。こいつの存在は、あまりにも規格外すぎる。
昨日自分で言ったじゃないか。アコラに抱きしめられたとき「普通の人間なら即死している」と。
俺ですら、力のコントロールには細心の注意を払って生活しているのだ。俺よりはるかに強大な力を持つアコラなら、寝返り一つで街の一角を消し飛ばしても全く不思議ではない。
普通のコミュニケーションを普通の生物と行うのは不可能なのではないか。今更ながらに、アコラをダンジョンの奥から連れてきたのは大失敗だったと再認識した。
「失礼しちゃうなっ。そこまでコントロール下手くそじゃないよ?」
ナチュラルに心を読むな。
「昨晩はね、宿の床に穴をあけただけで済んだからっ」
はす向かいの部屋から悲鳴が聞こえてきた。
俺は急いでその部屋へと走り、宿の奥さんに修理費用を握らせ、気まずさから逃げるようにして宿を出発した。
△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼
「久しぶりだなっ。こんな風に、本物の日の光を全身で受け止めるのは」
「なんだか楽しそうだな、おい」
両手を広げくるくるとその場で回るアコラと、河原の土手に座り込みじっとりとした雰囲気を振りまく俺。
あんなことがあったのでは、気まずくてあの宿にはもう泊まれない。お気に入りの宿泊先を失ったのだ。俺のテンションは、ダンジョンの洞窟エリアのように暗くジメジメとしたものになっていた。
「過ぎてしまったものはしょうがない。俺は遊びに行くからここで別れよう。アコラは宿に泊まるなりダンジョンに戻るなり好きにしろ」
「分かった! ユウタくんについていくねっ」
「ついてくるな」
「好きにしろって言ったよね?」
俺は本気で頭が痛くなってきた。
「そんなに嫌かな? 私とお話しするの。だとしたらとっても悲しいな。私にとっては、とっても久しぶりなお喋りの時間なのに……」
なんと答えるのが正解だろうか。
怪物に対し本音をそのまま伝え機嫌を損ねられると、街が消滅してしまうかもしれない。かと言って嘘を付いたとしても、表情から心の内を悟られることだろう。
「そっか。それがユウタくんの気持ちかあ。悲しいな」
「……」
「ねえねえ。たった一つだけでいいから、私のささやかなお願い、聞いてほしいな?」
「どんな願いだ?」
「一緒に心中して」
「ささやか要素ゼロのお願いやめろ」
「叶えてくれないならせめて、私のことを殺して。私もう、この世界から消えてなくなりたいんだ」
そう言ってアコラは、何もない空間から一振りの武器を取り出した。それを無造作に俺の前に突き出す。なんの変哲もない攻撃力1くらいの木刀だった。
「死ぬ気ゼロじゃねえか!」
これでアコラを殺すとか百年経っても無理だろ!
何が消えてなくなりたいだ。思いっきり大嘘じゃねえか。せめて木刀じゃなくて刃物出せよ!
「うふふ、心に力が戻ってきたみたいだね? 私も、ユウタくんがお話ししてくれてとっても嬉しいよ」
クソがうるせえよ。
「分かった。今日は遊びにつき合ってやる。だけど、今日だけだからな。明日以降は、自分のために時間を使わせてもらう。それでいいか?」
「大っ丈夫! さあさ、そうと決まれば遊びに行きましょ!」
「それで? まずはどこに行くんだ?」
「街をお散歩しましょう? 一度、お友だちと『お買い物』というものをやってみたかったんだ」
「買い物ね。了解。ちなみに、何を買うかは決めてるのか?」
「二人で住めるお家とかっ」
「初めての買い物で家を買おうとするやつ初めて見たよ」
「もう間取りも決めてるんだ」
「……どんな間取りだ?」
「1LDKP!」
「リビングとダイニングとキッチンと……Pって何?」
「プリズン」
「俺は絶対に住まないから」
その牢屋俺を閉じ込めるためのものだろ。
「ていうか、家を買うなんて本気か?」
金は持ってるのかと言いかけて、俺はすぐに口を閉じた。少し考えてみれば、財力的には何も問題がないことに気付いたからだ。
何せ、こいつのダンジョンはこの街の経済を支える金のなる木だ。自分のとこのダンジョンから適当なモンスター素材をとってきて、それを売りに出せば、マイホームの一つや二つ余裕で購入できるだろう。
「ええっ、女の子にお金を出させるつもり? 折角のデートだから家くらいオゴってよ」
初めて聞いたよ家を奢れって言葉。
「残念ながら俺は貧乏でな。家を買う金なんて持ってねえんだわ」
「嘘つきっ。お金、持ってるでしょう?」
「いいや、持ってない」
「ふふっ、じゃあそういうことにしてあげる」
初めてお互いの秘密を共有した幼稚園児のような無邪気な表情をアコラは浮かべた。
「それなら代わりに宝石をプレゼントしてほしいな。指輪とかネックレスとか!」
「アクセサリーか。家よりはマシか……?」
「10万カラット以上でお願いねっ」
「無茶言うな」
「だってだって、人間の女の子ってプレゼントされた宝石の大きさで競い合うんでしょう?」
宝石の大きさと愛情の大きさが比例すると思ってる生き物だからと、したり顔でアコラは付け加えた。
「そういう価値観の奴もまあ、それなりにはいるけど。全員がそうじゃないからな?」
「特大の宝石をプレゼントされたらね、その辺の女の子に言ってみたいなあ」
「何を言うつもりだ?」
「私のカラット数は53万です」
「バトル漫画の戦闘力かよ」
バカバカしい見栄の張り方だ。そもそも、アコラなら50万カラットだろうが100万カラットだろうが自前で用意できるだろうに。
「ユウタくんって女心がわかってないなあ。減点だよ?」
「はいはい、どうせ俺はモテませんよ」
俺はわざとらしく咳を一つしてからアコラに提案をした。
「喫茶店にでも行くか。定番だろ、デートの」
アコラの返事を待たずに俺は歩きだした。アコラが身にまとう雰囲気や表情から、俺の提案が受け入れられたことを察したからだ。
「もうっ、待ってよ。女の子に歩幅を会わせられないなんて男として失格だよ?」
なあにが歩幅だ。のんびり歩くだけで馬より早く移動できるくせに。
「ねえ、手をつなごっか」
「また俺の手の骨を砕くつもりか?」
「違うってば。ほら、男女のデートといえば手を繋ぐものでしょ?」
「いやあ、ドキドキするな。こんな可愛い子と手を繋げるなんて、良からぬ妄想が浮かんできちゃうよ」
心にもないおべっかだった。
「ちゃんと握れるようにね、今朝、黄金龍を握りつぶしてウォーミングアップしてきたの」
「ははっ、ドキドキするなあ。走馬灯が浮かんできちゃうよ」
俺は差し出されたアコラの左手をさらりと握った。今更走馬灯が見えたからなんだっていうのだ。走馬灯なんて親の顔より見慣れている。アコラのダンジョンのお陰でな。
「むっ!」
「どうした?」
隣を歩いていたアコラが、突然険しい表情を浮かべた。
「私たち、どうやら見られてるみたいね」
「……。本当か? 視線なんてどこからも感じないが」
「十二時の方向。数は一。距離は約七千キロメートル」
「遠すぎるだろ。絶対勘違いだってそれ!」
七千キロメートル先からの視線ってなんだよ。
アコラはヤンデレ気質な女だが、これはあれか? 見えない視線や声が聞こえて、集団ストーカーにさいなまれる系の病気も発症したんですかね……。
「とりあえず喫茶店に行くぞ」
痛む頭を手のひらで揉みながら、足を止めたアコラにそう声をかけ、再び繁華街に向かって歩き始めた。
結果から言えば、その日のエスコートは非常に上手くいった。
終始はしゃぎまわるアコラと、アコラに街を案内する俺。はたから見れば、その様子はカップルと間違われてもおかしくないものだったかもしれない。
日が沈み、夕食を共に食べ、そしてそれなりの安宿の個室を二つ取ってその日は解散した。
かび臭いベッドに体を横たえ目をつぶると、睡魔があっという間にやってくる。
眠りに落ちるわずかな時間、俺はこう思った。
明日こそは、アコラから距離を取って過ごしたいと。
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