第6話 ダンジョンに選ばれた男➁
「俺は魔物だっていうのか?」
「ううんっ。違うよ、全然違う」
「どう違うっていうんだ。人間はリスポーンなんてできないんだろ?」
「その通りだよ。だけどね、魔物だって、ユウタくんみたいに記憶を保持したまま生き返ることはできないんだ」
「つまり……どういうことだ?」
「魔物の魂は確かにダンジョンを循環してるよ? でもね、一度死んだら、その記憶は失われちゃうんだ。それはどこのダンジョンだって同じ。もしも記憶を保ったまま蘇生できるなら、今頃ダンジョン内には、ものすっごく強力な魔物が、たっくさん徘徊する状況になるはずだよ。その理由は――ユウタくんが一番分かってるよね?」
可愛らしく、小首をかしげながら話すアコラ。ああ、そうだ。アコラの言う通りだろう。
死んで覚えることができるからこそ、俺はここまで強くなれたのだ。生き返れると分かっていれば、無茶な戦い方だっていくらでも試せる。ダンジョンの凶悪な魔物を相手に、何度だって試行錯誤を繰り返せるのだ。これが、戦う上でどれだけ有利なことか。その恩恵は計り知れない。
強くなる、生き残るという目標を達成ために、他の生物はたった一つの命で頑張らねばならない。しかし一方で、俺は無限にコンティニューすることができる。どちらが目標を達成する確率が高いのか。結果は火を見るよりも明らかだろう。
俺自身は大した才能を持ち合わせていないにも関わらず、コンティニューできるという一点のみでここまで強くなったのだ。もしも、生まれた瞬間から人間を超える身体能力を持つ魔物が記憶を保ったまま生き返れたら――。
「魔物にそれができたら、人間の世界はお終いだな」
俺は先ほどの動揺から立ち直り、落ち着きを取り戻していた。
リスポーンできるのは、俺が異世界人で、この世界の生物とは魂の構造が違うからだと、そう自分を納得させたからだ。
「うふふっ。そうはならないんだけどね。それよりも、分かってくれた? 私があなたという存在に歓喜した理由!」
「? 俺が無限に生き返れたら、何故お前が喜ぶんだ?」
「もー! 察しが悪いなあ。そんなんじゃモテないぞ?」
「そんな感情、魔物との戦いを繰り返すうちにとっくに擦り切れてなくなったよ」
「はいはい。言い訳は聞きませーん」
「なんだこいつ……」
「あなたは何度も何度も繰り返して経験を積んで強くなれる! 私には、私を殺してくれる私よりも強い人が必要! つまり導き出される答えはー?」
「お前には俺が必要ってことか?」
「大正解っ!」
「そんなに死にたいなら自殺でもすればいいだろ」
「えっ、無理。だって怖いし」
「は?」
「消えてなくなりたいけど、自分でするのは怖くて勇気が出ない。この微妙な気持ち、分かってほしいな?」
「……まあ、分からないでもないが」
「分かってくれてありがとねっ! それじゃ、さっきの戦いの続きする?」
「何故そうなる」
「うふふ。だってユウタくんの念願が叶うかもしれないんだよ。私、ずっとあなたのことを観測してたから知ってるんだ。ユウタくん、私への復讐のために……ダンジョンコアを破壊するためにずっと戦い続けてきたんだよね?」
確かにその通りだ。あの時、大切な仲間を殺された俺の怒りは、奈落の大迷宮の存在自体に向いた。
このダンジョンが魔物を生み出し、仲間を殺したのだ。みんなの無念は俺が晴らす。リスポーンした時に、俺はそう誓った。だが――。
「復讐はもういいんだ。お前を殺すと世界が滅びるからな。そこまでして果たそうとも思わない。それに、あまりにも長い時間が経ったから、今はもうお前を憎む気持ちも随分と薄れてしまった」
本当に、あまりにも長すぎる時間をダンジョンで過ごした。
俺がこの世界にやってきたのは、大体十年くらい前だ。だが、ダンジョンで過ごした時間は、百年は優に超えているだろう。
地上と奈落の大迷宮の深層では、時間の進み方が違うのだ。
いくらダンジョンで長い時間を過ごそうと、地上では大した時間が経っていない。それに加えて、強くなればなるほどに、肉体が老化することもなくなった。
深層に来れる人間がいない以上、この世界で俺より強い人間はいないのではないだろうか。
「時間が忘れさせてくれたってことだね。うふふ。その気持ち、とっても良く分かるよ」
「ふん。お前みたいな強者に何が分かる」
「私だって、昔はとっても弱かったんだよ?」
「全然イメージ出来ないな」
「そうかもね。もしも昔の私に今くらいの力があれば……。きっと、大切なお友だちやお師匠さまを助けられたかもしれないのに」
「ダンジョンコアにも友だちなんているのか?」
「こう見えても、昔はいたんだよ? ……みんな、殺されちゃったけど。知ってる? ダンジョンコアって、他のコアたちと念話でコミュニケーションが取れるんだ」
「そんなことができるのか……」
「私にはね、よくお話ししていた気の合うお友たちと、ダンジョン作成のいろはを教えてくれたお師匠さまがいたの。だけどある日、みんな破壊されちゃった。私以外、みんな……」
視線を地面へと落とし、消え入るような声で語るその様子は、先ほどまでの殺し合いを求めるアコラとはまるで別人のようだった。
だが、悲し気な表情を浮かべていたのは、ほんの一瞬だけだった。顔を上げ、視線をこちらへと向けてきたときには、底知れない笑顔を浮かべながらダンジョンのボスとして俺を幾度となく殺したアコラに戻っていた。
「ねえねえ。ユウタくんは、いろんな国を旅したことってある?」
「ない」
「そっかあ。それじゃあ聞いても無駄かなあ?」
「何か聞きたいことがあるのか? 知っていることなら答えるから、何だって聞いてくれ」
アコラとの会話を途切れさせないため、俺はすぐに質問を要求した。不意に会話が終わり、先ほどまでの闘争の時間が戻ってくることが嫌だったからだ。
「そんな顔しないで? 私、今は戦う気分じゃないの」
どうやら見透かされていたようだ。
こいつの洞察力は恐ろしいまでに冴えている。それはアコラと出会ってしまってからの数年間で、嫌というほど思い知らされた。俺の視線一つから、俺が取る行動の十手以上先を先読みできるっておかしいだろうと何度嘆いたことか。
アコラとの殺し合いほど、無意味なことはない。だって、絶対に勝てないのだから。
「そうかな? ユウタくんなら絶対にいつか私に並び立てるよ。私が保証してあげるっ」
「表情から思考を盗聴するのやめろ」
「精進あるのみだね? 考えが外に漏れるようじゃ最強には程遠いよ?」
「はいはい、ポーカーフェイスの練習でもしとくから。……それで、何か質問があるんじゃなかったのか?」
「そうだった! うふふ、楽しくなっちゃってつい話がそれちゃった」
何がそんなに面白いのか、アコラはニコニコと笑いながら、大げさな身振り手振りを交え、体全体で『楽しい』という感情を表現していた。
このどうでもいい会話の何処に、そこまでご機嫌になれる要素があったのか。俺には何一つ理解できなかった。
「ユウタくんはさ、レボルス帝国って知ってる?」
「レボルス帝国? いや、聞いたことがないな。どこにある国なんだ?」
「それが分からないの」
「分からない?」
「うん……。いくら探しても見つからないんだ。もしも見つけたら教えてね? レボルス帝国を――この星から消滅させるから」
アコラから放たれる殺意の感情。それが自分に向いたものではないと理解しつつも、俺は体の震えが止まらなかった。
「何か恨みでもあるのか? 話しの流れから、大体の想像はつくが」
「ユウタくんが思ってる通りだよ。お師匠さまやお友だちを殺した奴がこう名乗ってたの。自分はレボルス帝国の先兵だって」
「それで、復讐をするために探してるってわけか。分からないな。そんな大事な目標があるのに、どうして死にたいなんて言うんだ?」
「言ったでしょ? どれだけ探しても、見つからないの」
「見つかるまで探せばいいだろ」
そうしてくれれば、少なくとも復讐を果たすまではアコラは死なない。こいつに生きる気力があれば、俺が化け物にこうして絡まれることもない。
「俺はアコラのことを応援するよ。復讐は果たすべきだと思う」
打算たっぷりな俺の言葉に、アコラはあいまいな笑みを浮かべていた。きっと表情から俺の心を読んだのだろう。
「ありがとね。感情はどうであれ、その言葉だけでとっても嬉しいよ。でもね、ちょっと無理なんだ」
「どうしてだ?」
「ユウタくんと同じだよ」
「……俺?」
「ユウタくんはさ、仲間のカタキを取るために、この奈落の大迷宮に挑み続けたよね?」
「……その通りだ」
「それでね、どうかな? 今、あなたの目の前にはその敵が座っているよ? 復讐、しないの?」
「できるわけがないだろ。実力差がありすぎる。それに、世界を滅ぼしてまでカタキを取るつもりもない」
「本当に理由はそれだけかな?」
アコラに問われて、俺は当時のことを思い返す。
全滅してしまったあの時、俺はダンジョンに対する復讐を誓った。その思いだけで、ダンジョンを奥へと降り続けてきた。
だけど、いつ頃からだろうか。仲間たちのことを思い出す時、ダンジョンに対する怒りではなく、思い出を懐かしむ、郷愁の感情を抱くようになったのは。
長い長い時間が過ぎた。十年、二十年と過ぎるうちに、仲間たちを失った怒りは徐々に薄れて行ってしまった。
奈落の大迷宮の魔物が、ダンジョンの外に出て人間を襲うことはない。つまり、俺と仲間たちは自分の意志で死地へと飛び込んて、そして死んだのだ。理屈に合わない逆恨みだということもあり、今の俺には当時の業火のような感情はほとんど残っていなかった。
「つまり、アコラもそういうことなのか?」
「みんなを殺したヤツが目の前に現れたら、もちろん殺すよ? でも、探し出してまでそれをする気持ちが、なくなっちゃったんだ」
「だからって、死ぬことはないだろう。俺だって、目標の一つを失ったがこうして生きている。アコラもそうすればいいだろ? 復讐だけがすべてじゃないさ」
「私にはそれしかないんだ。さあ、つまんないお話は終わりっ! さっきの続き、しよっか?」
「……勘弁してくれないか? 少し疲れてしまってな。一度街に戻ってゆっくり休みたいんだ。また必ず戻ってくるから」
「いいよ、街に戻っても」
思わずアコラのことを二度見した。こんなにもあっさりと、街に戻る許可が出るとは思わなかったからだ。
「ユウタくんの心、摩耗してるもんね。ずうっと続いた殺し合いで」
「まさか、戦いを中断してくれたのもそれが理由か?」
「うふふ、知ってた? 私って、とってもとっても優しいんだよ」
……どうせ、俺を効率良く強くするためには、一度休ませた方が良いという判断だろう。そうに違いない。理由は迷惑極まりないものだが、休めることだけは確かだ。
俺には時間が必要だ。
ここでアコラと殺し合いを続けるわけにはいかない。なんとしてでも、アコラに死ぬことを諦めさせる必要がある。アコラとようやく話せるようになったものの、会話をしてもその方法は何も思い浮かばなかった。
だから一度街に帰り、ゆっくりと心と体を休め、それから何かいいアイディアがないか考えようと思う。
さて、ヤツの気が変わらないうちに、さっさと帰らせてもらうとしよう。
「じゃあな」
「ねえ……」
「どうした?」
「また……遊びに来てくれるよね?」
俺は心の底から驚いた。先ほどまでの虐殺のどこに遊びの要素があったのか。全く何も理解できなかった。
「……またここまで来てくれるよね?」
「もちろんだ。ダンジョンでの戦いは日課のようなものだからな」
「そうだよね。ユウタくん、何度も何度も私に会いに来てくれてたもんねっ! もう来ないんじゃないかって、疑ったりしてごめんねっ?」
「いや、別にいいけど」
正直に言えば、虐殺はマジで勘弁してほしいからもうここには来ないでおこうと少しだけ考えていた。少しだけだが。
「それじゃまたな。少し休んで英気を養ったらまた来るから。それまで大人しくしててくれ」
自殺は絶対にするなよ。下層階で大発生していた魔物をダンジョンの外にあふれさせるなよ。そんな意志を視線に込めながら別れの挨拶を済ませる。
きっとアコラには、余すとこなく俺の気持ちが伝わったことだろう。
「うふふ、こうして次に会う約束を交わすなんて、なんだか私たちお友だち同士みたいだね」
「……」
「私たち、お友だち同士みたいだね?」
視線に圧力を乗せるのやめろ。
「……そうだな。友だちみたいなものかもしれないな。多分、きっと、おそらく」
「そうだよねっ! あんなにも楽しい時間を二人で過ごしたんだから、私たちもうお友だちだよね!」
「そう、かもしれない」
「うんっ! じゃあまたねっ。また遊ぼうね!」
アコラの満面の笑顔を背に受けながら、俺は転移魔法陣に乗り地上へと帰還した。
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