第5話 ダンジョンに選ばれた男①

「さあ、なんでだったかな」


 アコラは曖昧な表情を浮かべながら、草原に腰を下ろした。

 

 一方で、俺は僅かな困惑の表情を浮かべていた。アコラが俺の問いかけを無視して、自分の目的を叶えるために殺し合いを続けると思っていたからだ。

 言葉に対して、拳を返されなくてよかったと安堵の息を吐きながら、アコラから少し離れた場所に同じように腰を下ろした。


「なんでって、理由もわからず死のうとしてたのか?」


「ユウタくんはさ、私のダンジョン、楽しかった? 教えてほしいな」


 いつの間にか草原に腰掛けていたアコラからのそんな問いかけ。俺は自分の質問に答えてもらうことを諦め、同じように地面へと腰を下ろした。


「魔物との殺し合いが楽しいわけないだろ。そう思っていたよ。最初はな」


「どんな冒険をしてたの? 私、気になるな。ダンジョンに潜り始めたばかりのころのことは知らないんだよね」


「どうしてそんなことを気にするんだ?」


「だって、ユウタくんのことは知りたいって思うもん」


 こいつと出会ってから、もう何年もの時間が過ぎた。だが、未だにこいつが何を考えて居るのかは理解できなかった。ろくに会話などせず、殺し合いばかりしていたから当たり前のことだが。


「ねえ、教えて? それともさっきの続き、する?」


「初めてダンジョンに入ったのは地上の時間で十年くらい前だ。西にある小さな村の入り口から奈落の大迷宮に入ったんだ」


 絶対に勝てない殺し合いは勘弁してほしい。俺は自分の過去を話すことで、束の間の休息を得ることにした。


「そうなんだねっ。それでそれで? どうなったの? 詳しく聞かせてよ」


「俺を含めて十一人でダンジョンに入った。最初のひと月で半分死んだよ」


「そうなんだ。そんなこともあるよね」


 人間が死んだことをなんとも思っていない。こいつの表情や声からはそれがありありと感じられた。ダンジョンの魔物の親玉のような存在なのだから、それは当然の反応だろう。


 死んだ仲間たちの顔を思い浮かべながら、俺は静かに目の前の存在を睨みつけた。

 あいつらはいいヤツだった。何も知らず、言葉すら話せなかった俺を受け入れてくれた。逆恨みだってのは分かってる。だけど、俺はアコラに怒りの感情を抱かずにはいられなかった。


「それからどうなったの?」


「生き残りが四人になってからは、拠点をこの街に移して攻略を続けた」


「あっ、分かった! 初めてユウタくんが死んだ時に一緒に死んだ人たちだよねっ?」


「……そうだ」


「その時のことは良く覚えてるよっ! 私の運命を変える、とってもとっても大きな奇跡だったから」


「奇跡だと? 俺たちの死とお前になんの関係があるってんだ」


「あなたを始めて観測した時、びっくりしちゃった。だって、魂の質がこの世界の人間と違ったんだもん」


 魂の質が違う。それはおそらく、俺がこの世界の人間ではないからというのが理由だろう。


 俺は、異世界から来たことを誰にも言っていない。それを話すことで、どんな扱いを受けるか未知数だったからだ。

 生まれた国が違うってだけで差別を受けることだってあるんだ。生まれた世界が違うなんて、とてもじゃないが打ち明ける気にはなれなかった。


「気のせいじゃないか?」


「私もそう思ったんだけどね。いくら遠い国から来たといっても、魂の質まで違うなんておかしいなって」


 どうやらアコラは、俺がここではないどこか遠くの国や大陸から来たのだと勘違いしているようだ。俺にとっては好都合なことだった。


「試しに、リスポーンをしてみることにしたの」


「なんだって? リスポーン? それをするとどうなるんだ?」


「その名の通り、リスポーンするんだ。ダンジョンの魔物がダンジョンで復活するように」


 その実験の結果がどうなったのかは俺が一番知っている。俺はもう、数えきれないほどの回数をダンジョンでリスポーンしているのだから。


「なるほど。人知を超えたダンジョンのコアであるお前にとっては、ダンジョン内での生命の生き死になんて自由自在ってわけか」


「そういうわけでもないんだけどね」


 ダンジョンの魔物は、ダンジョンコアが復活させているのではないか。そんな噂は、もう何度も耳にしてきた。

 だから、俺を復活させていたのがこいつだって知ったところで、今更驚くこともなかった。むしろ俺自身、薄々そう思っていたので、やっぱりなという思いの方が先に立つくらいだ。


「俺の仲間を生き返らせてくれ。頼む」


 恥も外聞もなく、俺は草原の土に頭をこすりつけながら仲間のリスポーンを懇願した。


 あいつらと過ごした数年間は、俺にとってかけがえのないものだった。

 酒に酔った時や、眠りから覚めてまどろんでいる時に、ふと思い出すのだ。あの時の楽しかった、まるで宝物のような思い出を。


 それを取り戻せるというなら、土下座だろうがなんだろうが、安いものだった。


「ごめんね。無理なんだ」


「何故だ? あまりにも時間が経ち過ぎているからか?」


「さっきも言ったけど、魂の問題なんだ。普通の人間は、リスポーンなんてできない。それができるのは、私が知る限り魔物の魂だけ。最もそれも、ダンジョン内で死んだ場合に限るんだけどね」


 馬鹿な。それじゃあ何か? 俺という存在は、ダンジョンの魔物と同じだって言うのか。

 無意識のうちに体が震えだす。俺は人間だ。魔物なんかでは断じてない。アコラが話す事実は、俺にとって到底受け入れられるものではなかった。

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