第4話 ダンジョンコアの秘密

「はぁ……はぁ……」


「大丈夫? 少し休んだ方がいいんじゃないかな?」


「一刻も早くコアの様子を確認したい。それが終わったらすぐに休むさ」


 息を切らせながら、最終階層へと続く階段を降り続ける。


 9998階層のフロアボスとの戦いで力を使いすぎた。そのせいで、思うように体が動かない。

 あんなの、反則だろ。ただでさえも強いフロアボスがパワーアップしていた上に、二体に増えているなんて。思い返してみても、よく勝てたもんだと思う。まあ、勝つまでに数えきれないほどの回数死んだ・・・わけだが。


 エビラーニャを拾っていなければ、今もまだ戦い続けていたことだろうな。


「ようやくか」


 見渡す限りの草原に、雲も太陽も存在しない青い空。代り映えのしない、奈落の大迷宮の最下層フロア。俺は、長い長い時間をかけ、ようやく今回もそこにたどり着くことができた。


 いつもなら、ここに到着したらすぐにダンジョンコアの様子を確認する。

 だが、今回はそれができなかった。何故なら――そこにダンジョンコアは存在せず、代わりに、コアがあった場所に一人の少女が立っていたからだ。


「うふふ。初めましてだね。ユウタくん」


「誰だお前は。何故、俺の名前を」


「ユウタくんのことならなんでも知ってるよ。だって、ずっと見てたから」


「見ていただと?」


「私の名前はアコラ。奈落のアコラだよ。よろしくねっ」


 瞬間、辺り一帯に強大な魔力の嵐が吹き荒れた。俺はその魔力の波にのまれ、恐怖心から身動きを取ることができなくなってしまった。


「この魔力の質、それにこの莫大な魔力量……まさかお前はダンジョンコアなのか?」


「大当たりっ! うふふ、嬉しいな。あなたが私のことを知ってくれてるなんて。それでね、今日は私からあなたに、大切なお願いがあるのっ!」


「お願い?」


「ユウタくんに、私のこと――殺してほしいの」


 今、なんと言った? 目の前の女は、自分のことを殺してほしいと言ったのか?


「ユウタくん、とってもいい剣を持っているね。ささ、それで私のことを思いっきり切り割いちゃって」


「無理だ」


 俺は即答した。それが絶対に不可能なことだったからだ。


 アコラ、と言ったか。こいつが本当に奈落の大迷宮のダンジョンコアであるなら、俺はこいつを殺すことができない。


 何故なら、こいつを殺すと世界が滅びてしまうからだ。


 前の世界には、天動説というものがあった。地球が太陽の周りを回っているのではなく、太陽が地球の周りを回っているという考え方だ。

 その天動説を現したイラストの中に、巨大な亀や象が地球を支えているイラストがある。


 例えるならば、アコラはその、地球を支える亀や象なのだ。

 アコラを殺せば、この世界は支えを失い崩壊してしまう。ダンジョンで数えきれないほどの時間を過ごし、他の人間ではありえないほどに魔力の流れを読めるようになったからこそ気付くことができた。


 奈落の大迷宮は他の大迷宮とは決定的に違う。存在の大きさがあまりにも違いすぎる。

 奈落の大迷宮が崩壊すれば、大きすぎる魔力の空白地帯が生まれ、世界はバラバラになってしまうことだろう。


 だからこそ、このダンジョンのコアだけは絶対に破壊してはならない。

 俺がいつも様子を見に来ていたのは、コアの変化を調べ、世界の崩壊を未然に防ぐためだ。ゆえに、アコラを殺すなんてもってのほかだ。


「ふうん。そっか。殺してくれないんだ」


「ああ」


「じゃあ、その気にさせてあげるね」


 次の瞬間、俺の意識はブラックアウトした。最後に見たのは、俺の体が粉々に砕け散る光景だった。ああ、そうか。俺は殺されたのか。


「どう? 少しはやる気になったかしら」


 気が付くと俺は、草原に寝そべりながらアコラの姿を見上げていた。どうやら、今回も無事に生き返ったらしい。


「無理だ。俺はまだ死にたくない」


「もう何度も死んでるくせに」


 再度、粉々に砕け散る俺の体。アコラの言う通りだ。俺はもう、何度も死んでいる。だけど生きている・・・・・


「もう十分に生きたでしょ? それこそ、普通の人間の何倍も。だったらさっ、今日があなたの命日だってイイでしょう?」


「良くないっ! 俺は――」


 命乞いの言葉も言わせてもらえず、俺は再び殺された。


 ここに来てから、もう何度殺されただろうか。断続する俺の意識。唐突に暗転する世界。あの暗闇の果てが、もしかしたら死の世界なのかもしれない。


 生き返っては殺される。それを繰り返すうちに、俺はふと、とあることを思い出した。ダンジョンで日夜行われる、魔物を狩る手段の一つについてだ。


 ダンジョンには、『湧き待ち』と呼ばれる魔物の狩り方がある。

 ダンジョンの魔物は、倒されたとしても何度でも復活する。通常はランダムな位置に、階層に合わせた強さの魔物がランダムに復活する。しかしまれに、復活する魔物の種類と位置が固定されている場合がある。


 その魔物が、冒険者にとって美味しい獲物だった場合、冒険者はそいつが湧くのを待ち、湧いた瞬間を狙って一斉に襲い掛かる。これが『湧き待ち』だ。


 俺の今の状況はどうだ? まさに『湧き待ち』ではないか。


 俺は魔物ではない。人間だ。それなのに、何故こんな目に合わなくてはならないのか。


 意識が戻った瞬間、俺は手のひらから火柱の魔法を放った。その炎は、俺の怒りの感情に比例するかのようにすさまじいものだった。火柱のエネルギーを推進力にして、アコラの攻撃を回避する。


 そのまま受け身を取り、草原の上に立ち上がった。そして意識が暗闇へと飲まれた。


「あはっ。一度だって私の攻撃を避けられるなんて、やっぱりあなたってすごいっ! あなたを選んだ私って見る目あるっ。でも、まだたったの一度。それじゃあ私を殺せないよ?」


 意識が戻ると、すぐに空から掌底が降ってきた。防御は不可能だ。ならば回避するしかない。しかしできなかった。また死んだ。


 次に青い空が視界に映った時、俺は即座に突風の魔法で体を浮かせた。詠唱は生き返るまでの間に済ませておいた。肉体が死んでからもアコラの声が聞こえたんだ。きっとできるだろうと思いやってみたら、思いのほか上手くいった。これでまずは一回、アコラの攻撃をかわす。


 着地した瞬間に次の攻撃が飛んで来た。振るわれた拳の風圧だ。先ほどはこれを受けて死んだのだろう。俺はこの攻撃を、上半身を逸らすことで回避した。今度も上手くいった。しかしそこまでだった。また俺の意識は暗闇に飲まれる。


「いいねっ。少しずつ良くなってきてる。あと何十年繰り返したら私を殺せるようになるかなっ?」


 意識が戻る。暗闇に引き戻される。そしてまた青い空を見る。

 何度繰り返したか分からない。だけど、徐々に繰り返す間隔が長くなってきた。今は、生き返ってから五分も死んでない。


 できなかったことができるようになる。その達成感が俺の体を満たす。俺はほんの少しだけだが、アコラと戦うのが楽しくなってきていた。


「あはっ。本当に本当にすごいね。もう十分も死んでない。ワクワクするよ。こんな気持ちになったの、いつくらいぶりかな」


 攻撃を躱されているというのに、アコラは満面の笑みを浮かべていた。何がそんなに楽しいのか、俺には理解できなかった。


 それからも、俺とアコラは戦い続けた。戦う、と言っても俺は逃げているだけだが。

 反撃する隙なんてあるはずがない。仮にあったとしても、こちらの攻撃が当たり、万が一にもアコラを殺せば世界が滅びてしまう。つまり、俺も死んでしまうということだ。


 あまりにも理不尽すぎる。絶対に倒せない敵とか反則にもほどがある。


 しかも、アコラは手加減をしている。肉弾戦以外の攻撃はしてこないからだ。だが、それでも俺は何度も殺され、そして再びアコラと戦った。


 一年以上が過ぎた。もしかしたら三年くらい経っているかもしれない。何度も反復するうちに、俺はアコラの体術に慣れ、ある程度は死を回避することができるようになっていった。


「私の寿命は思ったよりも短いのかも! まさか、こんな短期間でここまで成長するなんてっ。ああ、とっても嬉しいなあ」


「だから殺す気はないって言ってるだろ!」


 心と体に余裕が生まれたことで、戦いの最中に会話することもできるようになった。これは大きな進歩だ。


「うふふ。永遠に近い時間をここで過ごした後でも同じことが言えるかな? きっとあなたは、最後には私を殺してくれるって信じてるよっ」


「どうしてそんなに死にたがる。理由があるなら教えてくれないか?」


 ようやく、聞くことができた。


 戦いが始まってから、アコラが何故そんなにも死にたがるのかずっと不思議だった。何度もその理由を聞こうとした。しかし、その度に俺は殺された。話をする暇などないほど、アコラの攻撃が苛烈だったからだ。


 力がなければ何も成すことができない。死が当たり前のように存在するダンジョンにおける、ごく当たり前のルールだ。


 ただ一言、会話をするだけでも殺されないだけの実力がいる。俺はようやくその実力を身に着けることができた。アコラと会話をするための土俵に立つことができた。


 さて、アコラは俺の質問に対しなんて返すだろうか。

 数年間、ずっと聞きたかったことがようやく聞けたのだ。俺は今、得も言われぬ満足感を味わっていた。

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