第3話 自称・聖剣を名乗る邪悪な魔剣を拾ったんだが
ダンジョンを攻略するうえで必要なものは何だろうか。
そう問いかけられた冒険者たちは、きっと魔物を倒す武力や知力だと答えることだろう。
それは間違ってはいない。力がなければ魔物を倒せない。それはごく当然のことだ。
だが、それとは別に必要なものがある。
心の平穏だ。
精神状態が万全でなければ、体は最高の能力を発揮してはくれない。
ベテランの冒険者であれば当然理解してることだが、駆け出しの新人たちは、案外このことを理解していなかったりする。
当然、俺も昔は理解していない側の人間だった。だから、何度も魔物に殺された。何度も死んで、そして覚えたのだ。ああやっぱり、人間には休息が必要なんだなって。
俺にとってのそれは、ブライアンとの飲み会だったり、美味い食事処の開拓だったり、雰囲気の良いバーで飲み明かしたりと、そんなところだ。
つまり、それらを地上で楽しんだ今の俺は絶好調ということだ。
俺の体には、かつてないほどの力がみなぎっている。しかしそんな俺の力を持ってしても、ダンジョンの攻略は思うように進んでいなかった。
それは何故か? 奈落の大迷宮が、かつてないほどにパワーアップしていたからだ。
「はああああああ!」
振り切られた俺の拳が、漆黒のうろこを持つダークドラゴンの頭を砕く。そのままの勢いでとどめを刺そうとしたが、背後から闇のブレスが飛んで来たので横に飛びそれを回避。
すぐに体制を整え、背後から襲って来たダークドラゴン三頭と相対する。
ダークドラゴンが合計四頭。これは明らかにおかしなことだった。
奈落の9052階層のボスは、元々ダークドラゴンが一匹だけだ。戦力が四倍とか、いくら何でもさすがにキツイ。
とはいえ、一頭辺りの戦力はそこまででもない。頭をつぶされても即座に回復する再生力こそ厄介だが、時間をかければ殺し切ることは十分に可能だろう。
「GYUOOOOOOOOOOOO!」
「来い! 返り討ちにしてやる!」
拳に魔力をまとわせ、俺は見上げるような巨体のドラゴンへと飛び掛かった。
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一体、どれだけの時間を奈落で過ごしただろうか。今回の探索は、いつにもまして時間がかかっている。
魔物の数がありえないほどに増える。ボスモンスターの数が増えたりパワーアップしたりする。それらは、ダンジョンのスタンピートの代表的な前兆だ。
考えたくはないが、やはり奈落の大迷宮でスタンピートが起ころうとしているのだろうか。
幸い、魔物の数や質に異常がみられるのは、今は9000階層以降のみだ。今すぐにスタンピートが起き、地上に魔物が溢れ出るということはないだろう。だが、将来的なことは分からない。
スタンピートといえば、黄昏の大迷宮の方はどうなっているのだろう。
周辺の街は無事だろうか。
少しだけ様子を見に行き、周囲に被害が出そうなら俺が魔物を間引きしようかとも考えた。だけど、それはあまりいいアイディアとは言えない。
確かに、俺の力なら魔物を間引くことは可能だと思う。しかし、戦っているところを誰かに見られてしまったら、少々まずいことになってしまう。
自分で言うのもアレだが、俺はあまりにも強すぎる。人類とは隔絶した力を持っていると自覚している。
当然、その力が人類に露見すれば、何故そんなにも強いのかという疑問を持たれる。俺の強さは、正攻法で手に入れたものではない。もしも力の秘密がバレれば、人間たちの世界で生きていけなくなってしまうかもしれない。
俺は、それがとにかく怖かった。
「もし、そこのお兄さん」
不意に、どこからか声が響いてきた。
考え事はしていたが、周囲への警戒を怠ったつもりはない。
だというのに、気が付くと俺の前に一本の剣が現れていた。
「お兄さんカッコいいね。ボク、お兄さんみたいな人タイプだな」
「インテリジェンスソードか」
やたらと可愛らしい声が目の前の剣から発せられる。どうやらこの剣は生きているらしい。
道具が喋るというのは、この世界ではたまにあることだ。
精霊が宿っているとか、長い年月を経て生命を得たとか、理由は様々だ。
だがそんなものはどうでもいい。今大事なのは、こいつが俺の敵かどうかだ。
意志を持った道具の中には、人間に対して敵対的なものも存在する。それに、魔物が道具に化けていることだってある。カッコいい鎧を宝箱から見つけたから装備したら、実は人間に悪意を持った鎧でそのまま装備者が殺されるなんて話もあるくらいだ。
人間であれ、魔物であれ、道具であれ、意志を持っているなら、そいつがどんな奴か確認するのは絶対に必要だろう。
「話しかけてきたってことは何か目的があるんだろ?」
「話が早くて助かるよ。実はお兄さんにボクを装備してほしいんだ」
使い手を求めての売り込みか。なるほど、悪くない話だ。
俺が今装備している剣は、弱くはないが9000階層以降では物足りない性能だ。だから現状、それ以上の階層を探索するときは素手で戦わざるを得ない。強力な剣は是非欲しいと思っていたところなんだが……。
こいつ、さっきから俺の生命力を吸いまくってやがるんだよな。
「お前、ホントに人間に対して友好的な剣か? 剣に化けた魔物だったりしないか?」
「ボク、人間に危害を加える悪い魔剣じゃないよ!」
「いや俺の生命力吸ってるじゃねえか。危害加えてるじゃねえか」
「……えへへ。細かいことはいいじゃない?」
「並みの冒険者が即死する速度で吸っておいて細かいこと? やっぱこいつ邪悪な魔剣だわ」
うん。薄々そんな気はしてた。
だって、見た目がめちゃくちゃ邪悪だから。
ドス黒く濁った刀身に、血管のようなものが這いまわった気持ち悪いデザイン。いかにもゲームの悪役が装備してそうな感じだ。これで善良なインテリジェンスソードは無理でしょ。
「破壊しておくか」
「待って! 話を聞いて!」
「辞世の句でも言うつもりか?」
「待って殺さないで! ボク、絶対お兄さんの役に立つから! こう見えても聖剣なんだよ!?」
「聖剣んん?」
「そう! 大昔の勇者が使った聖剣! ボクを装備して、勇者になってよ!」
「いやお前本当に聖剣? 怪しすぎるだろ」
「ボクのこの神聖なオーラが見えない?」
「ドス黒い邪悪なオーラしか見えないが」
立ち昇るオーラがダークドラゴンより邪悪なんだが?
「そんなこと言わないで装備してよ! ボク、剣としての位階を上げてもっと強くなりたいんだ。ボクにたくさん生き血を吸わせてよ!」
「セリフが妖刀の類じゃねえか」
「……。ボク、聖剣として特殊な能力を持っているよ? 絶対にお兄さんの冒険の役に立ってみせるから」
話を逸らすんじゃねえよ。
しかし……特殊な力か。興味がないといえば嘘になる。有事の際にものを言うのはやっぱり力だ。この迷宮でスタンピートが起きる可能性を考えれば、少々の邪悪さには目を瞑ってでも力を手に入れるべきではないだろうか。
「どんな能力だ?」
「条件を満たすことができれば、しばくの間大幅なパワーアップが可能なんだ! すごいでしょ?」
「条件って?」
「ボクの刀身に人間の心臓をささげること」
「やっぱこいつ邪悪な魔剣だわ。破壊しとくか」
「やめて! ボクに乱暴しないで!」
「無駄に可愛い声でそういうセリフ言わないでくれる? 俺がヤバイ奴に見えるだろ」
「えへへ……。ねえ、自己紹介が終わってお互いのことを理解できたことだし、二人で魔王でも倒しに行こうよ」
いうほどお互いのことを理解できたか?
「魔王か、随分といきなりだな。聞いた話によれば、海の向こうの大陸にはそういうのもいるらしいが……」
「ボクたち二人なら魔王だって簡単に倒せちゃうんじゃないかな!」
「だろうな」
「ああ、早く魔王を八つ裂きにしたいなあ」
俺のじとりとした視線から否定的な感情を読み取ったからか、目の前の”聖剣”が言いわけを口にし始めた。
「えっとね。聖剣ってのはね、正義と悪人の心臓はいくらでも貫いていいんだよ?」
「……まあそういう一面もあるかもな」
「早く魔王の血と魔王のハツで一杯やりたいなあ」
「魔王の心臓を酒のつまみみたいにいうんじゃねえ」
俺は目の前の聖剣モドキを鋭く睨みつけた。俺はお前とは違うと、そのような意思を込めた視線だった。
「ふふん。そんな風に斜に構えてるけど、いざ魔力がたっぷりと溶けた血を目の前にしたらキミだって我慢できなくなるんでしょ?」
「ならない」
「もしかして、キミって生き血をすすらない系の魔物?」
「俺は人間だから」
「じゃあそういうことにしといてあげる! それよりもほら、早く魔王を倒して飲み比べしようよ」
「やらない。お前どんだけ生き血をすすりたいんだよ」
「へへんっ。ボク、美味しい血だったらいくらでも飲めもんね。なになに? もしかして飲み比べで負けるのが怖いの?」
飲み放題メニュー頼んだ時の大学生くらいイキってんじゃん。
「お兄さん、先を急いでるんでしょ? それなら武器があった方が絶対いいよね? よね?」
「……まあそうだな」
俺が一向に首を縦に振らないからか、どうやら説得の方向性を変えてきたらしい。確かに俺は急いでいる。奈落の最下層へとたどり着き、ダンジョンコアの様子を見て異変の原因を突き止めたいと思っている。そのためには、立ちふさがるパワーアップした魔物を手早く倒す必要がある。
一方で聖剣を自称するこの魔剣は、強力な生き物の血をすすって剣としての位階を高めたいと考えているようだ。
不本意ではあるが、俺とこいつの利害は一致しているといえる。
「はあ……、仕方がない。背に腹は代えられないから拾っていくか」
「やったー! ありがとね、お兄さん」
「良からぬことをしたらすぐに破壊するからな」
「大丈夫、そんなことしないから」
「どうだか」
「そうだっ、まだ名乗ってなかったね。ボクの名前はエビラーニャ。とってもかわいい魔剣……じゃなくて聖剣だよ」
「今魔剣って言わなかった?」
「言ってない」
「そうか。俺はユウタ、このダンジョンで活動している冒険者だ」
「ユウタだね。ところで一つ質問があるんだけど」
「なんだ?」
「ユウタなんて種族の魔物いたっけ?」
「ぶっ殺すぞ俺は人間だ」
「またまた御冗談を。人間がこの階層まで来られるわけないでしょ?」
「来れるんだよ。俺は」
俺は無造作に魔剣を拾い上げて装備した。
気持ちの悪いデザインからは想像もつかないほど、手になじむ剣だった。それに、持ってみて改めて分かったが、こいつはものすごい力を内に秘めている。
俺が全力で振るっても折れることもなさそうだ。
これまでの遅れを取り戻すため、俺はいつにもまして気合を入れ、ダンジョン探索を再開した。
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