第2話 俺の友人が武勇伝を盛りすぎる件について
奈落の大迷宮の出入り口は、街中に存在している。
危険な魔物が蔓延るダンジョンの入り口が、街の中にあるだなんて、あまりにも危険すぎると考える人もいるかもしれない。
俺も、この世界に来たばかりのころはそう思っていた。
だけど、しばらく生活を続けるうちに、それは無用な心配なのだと気付いた。
この世界のダンジョンの魔物は、ダンジョンの外には出てこないのだ。
もちろん例外はある。長い間ダンジョン内の魔物が間引きされなかった場合、スタンピートという形で魔物がダンジョンからあふれ出してしまうこともある。
だけどそれは、人間がダンジョンで魔物を狩り続ける限り、起こりえないことだ。現に奈落の大迷宮は一度もスタンピートが起こったことがないと言われている。世界で最も古いダンジョンの一つなのにだ。
だからだろう。いつしか、ダンジョンの周りには人が集まり、村ができた。そして村は、ダンジョンからもたらされるリソースにより街へと成長していく。
魔物の肉は食料になり、魔物からとれる魔石は便利な道具を動かすエネルギーになる。この世界の人間にとって、ダンジョンとは日々の生活を豊かにするうえで必要不可欠なものなのだ。
奈落の大迷宮の出入り口が存在する神殿を出て街をぶらつく。今は丁度夕暮れ時。街は仕事を終えた人たちでごった返していた。今日の疲れを癒すために宿へ向かうもの。食事を求めるもの。装備品の買取や整備のために武具屋へ向かうもの。様々な人たちが、様々な目的で道を行きかう。
その多くは、冒険者と呼ばれる魔物との戦闘を生業とした人たちだった。ダンジョンを中心としてできた街なのだから、それを攻略する冒険者たちの数が多いのは、ごく当たり前のことだ。
さて、これからどうしようか。
宿に向かうか、食事をするか。そんなことを考えながら大通りを歩いていると、不意に横合いから声をかけられた。
「おおい! ユウタじゃねえか」
声のした方を見ると、そこには強面の男が一人立っていた。
身長は俺よりもやや高く、大体180センチを超えるくらいだろうか。顔には年相応のシワが刻まれ、身にまとう装備品は一目で使い込まれていることが分かる。
その男は、いかにもベテラン冒険者といった風貌をしていた。
ただし、見た目がベテラン冒険者だからといって、中身までそうとは限らないのが冒険者というものだ。
ダンジョン攻略を繰り返し、強大なエネルギーを体内に宿した者は肉体の老化が遅くなる。遅くなるどころか、若返る者さえいる。
ベテラン冒険者だと思って話しかけたら、レジェンド級の大ベテラン冒険者だった、なんてこともあるくらいだ。
もっとも、目の前のこいつは見た目通りの実力しか持っていないがな。
「ブライアンじゃないか。久しぶりだな、元気にしてたか?」
俺は、数少ない友人の一人である目の前の男に気安く声をかけた。
「ぼちぼちってとこだ。お前さんの方はどうだ?」
「俺もまあ、ぼちぼちだな」
「ガハハ、そうかそうか。おい、今からどうせ暇だろ? いつもの場所に飲みに行こうや」
「いいな、丁度飲みたい気分だったんだ。タイミングよくお前と出会えるとは、これもダンジョン神の思し召しだな」
「そうと決まりゃあ善は急げだ。早速向かおうぜ。席が埋まっちまう前によ」
「あの場末の店が客でいっぱいになるかよ。そんなに貧乏なヤツだらけになっちまったら、この街もいよいよお終いだろ」
「ガハハ違いねえ」
まるで中身のない雑談を楽しみながら、俺たちは酒場へと向かい街を歩く。
この何気ない日常が、俺はたまらなく好きだった。こうやって、他の冒険者たちと同じように酒を求めて街をさまよっていると、俺も街のみんなと同じ人間なのだと思うことができるから。
「よっし到着。どうやら席の方は空いてるようだぜ。ガハハ、ラッキーだな」
「そうだな。適当に座ってさっさと酒を頼もう。のどが渇いて仕方ないんだよ」
店の奥のいつもの席へと座り、すぐに酒を店員に注文する。客が少ないからか、注文したものはすぐに出てきた。
俺たちは目の前に置かれた酒を二人して一息に飲み干した。
「はぁ~~、生き返る! この一杯のためにダンジョンに潜ってると言っても過言じゃねえぜ」
「めちゃくちゃ安酒だけど、やっぱり仕事の後の一杯は格別だな」
「店員さーん! 今と同じ酒をもう二つ頼む! あと、適当に酒のアテも持ってきてくれ!」
追加の注文はすぐにやってきた。
俺は酒を一口飲みながら、目の前でから揚げを頬張る男へと話しを振った。
「それでブライアン。ダンジョンに潜ってたんだろ? 何か面白いことあったか?」
「もちろん潜ってたさ。それがさ聞いてくれよ。臨時でパーティを組んで潜ったんだが、その時の仲間から面白い話を聞いてよ」
「面白いって、どんな?」
「黄昏の大迷宮でスタンピートの兆候があるらしい」
「……本当かよ」
黄昏の大迷宮。奈落の大迷宮と同じ、世界三大迷宮の一つと言われているダンジョンだ。
俺は数回しか潜ったことがないから詳しいことは知らないが、強力な魔物が出るという話はしょっちゅう耳にする。そのせいだろうか、踏破されたという話は聞いたことがない。
強大な大迷宮でスタンピートが起こるかもしれない。もしも本当にそうなったら、周辺の街は一体どうなってしまうのだろうか。
スタンピートというのは、迷宮から魔物があふれ出し、近隣一帯を暴れまわる現象だ。もしもそれが起きれば、ダンジョンの入り口がある黄昏の街は……。
「そんな顔すんなって。聞いた話じゃ、黄昏の街から離れた場所にある、サブの入り口近くにダンジョンモンスターが集まってるらしいぜ。街中のメインの入り口からはあふれ出ないだろうってさ」
「だといいんだけど」
「安心しろって。俺がスタンピート討伐隊に参加して、思いっきり無双してやるからよ。黄昏の街の平和は俺が守る!」
「また始まったよ。ブライアンの大言壮語が」
「おいおい、今回のは嘘じゃねえぜ?」
「絶対いつものほら吹きだろ。金貨一枚かけてもいいぞ」
「へへっ、俺もそろそろいい歳だろ? 戦場で一旗揚げて名声を手に入れたいなって、そう思ってよ」
「上手くいくといいな。応援してるよ」
「ああ、楽しみだぜ。楽しみすぎて今から武者震いが止まらねぇ!」
「そうか」
「この分だと、当日はもっと震えが酷くて戦場に立てなさそうなのが残念だぜ」
「やっぱり参加しねえじゃねえか!」
「やる気はあるんだがよ。震えすぎて立てねえんだしょうがねえよな」
「産まれたての小鹿かよ。どうせやる気があるって部分も嘘なんだろ」
間違いない。こいつはそういう男なんだ。
「なんだなんだ。お前、俺の武勇伝をもっと聞きたいって顔してるな?」
「そんな顔生まれてから一度もしたことないが」
「あれは丁度、半年前くらいだったか。臨時のパーティを組んで奈落の大迷宮に潜ったんだけどよ……」
いるよな。飲みの席でやたらと武勇伝を語りたがるヤツ。こいつはその典型だ。飲む度に武勇伝を語り始めやがる。しかも、その九割が大嘘だってんだから困ったもんだよ。
「おい聞いてるか?」
「聞いてる聞いてる」
「仲間がよ、うっかり警報装置の罠を踏んじまったんだ。大広間にはすぐにモンスターどもが集まり始めてよ。パーティは全滅の危機だったわけだ」
「……」
このから揚げなかなか美味いな。味付けを変えたのかな。
「撤退をするために、誰かが殿を務めなきゃならねぇ。だから俺はこう言ったのさ。『ここは俺に任せて先に行け!』ってな。仲間たちはそれを聞いて、すぐに上層階に向け走り出したんだ」
「事実なら最高にカッコいいシーンだな。事実なら」
「マジで言ったぜ? ま、言った二秒後には仲間に合流したわけだが」
「務めてないじゃねえか殿!」
「モンスターどもの圧が凄かったからしょうがない」
「まあ、確かにそうかもしれないけど」
「そうだ、話は変わるんだけどよ。俺が若いころ女にモテまくってた話聞きたいか?」
「いや別に」
「あれは俺が二十そこそこのころだ」
俺の話も聞けよ。
「浮気性だった俺は百股をしていたわけだが……」
「一言目から大嘘じゃねえか!」
「……なんでバレたんだ? さすがに少し盛りすぎたか?」
「少しじゃねえよ特盛だろバカ」
「まあいっか。おおそうだ! お前あの話聞いたか?」
「今度はなんだ? 次こそはまともな話題なんだろうな?」
「刀魔団の連中が奈落の80層を攻略したらしい」
「……ついに80層攻略か」
刀魔団。この奈落の街で最も有名なダンジョン攻略系パーティの一つだ。
メンバーが多いのはもちろんだが、所属する冒険者の質においても街で一、二を争うほどの強豪チームである。
奈落の大迷宮の攻略において、人類は長らく七十九階層で足踏みしてきた。誰も八十階層のボスを倒せなかったからだ。
それがついに攻略されたとなると、街はお祭り騒ぎにでもなったことだろう。
「いつ攻略されたんだ?」
「十日ほど前だ」
「やっぱり街中大騒ぎだったか?」
「当然だろ。なんせ奈落の攻略に一歩近づいたんだぜ? 盛り上がるなって方が無理だってもんよ」」
「だろうな」
魔物の魔石は、この世界にとっての大切なエネルギー源だ。しかし、それよりも更にものすごいエネルギーを秘めたものがある。ダンジョンコアだ。
ダンジョンを踏破し、コアを持ち帰ることができれば、一生遊んで暮らせるほどの金を手に入れることだって夢ではない。小規模な迷宮のコアですらそれほどの価値がある。
コアというのは、ダンジョンの規模がデカくなればなるほど、内に秘めたエネルギーも莫大なものになっていく。
つまり、世界三大迷宮の一つである『奈落の大迷宮』のコアを持ち帰ることができれば……。経済的に、世界を思うがままに動かせるだけの金が手に入ることだろう。
「楽しみだよなあおい。もしかしたら、俺らが生きているうちに奈落が攻略されちまうかもしれねえぜ?」
「そうだな。そういうこともあるかもしれない」
「学者連中は、奈落は全部で99階層じゃないかって分析してるらしい。それがホントなら、マジであと数十年で攻略されるんじゃないか?」
「……まあ、そうだな。それが本当ならな」
「ああ、ちくしょう。刀魔団には先を越されちまったぜ。俺ももう少しで80階層を攻略できそうだったんだがなぁ!」
「嘘つけ! お前はいっつも30階層辺りで雑魚狩りやってるだろ」
「いきなり嘘つき呼ばわりは酷いぜ! つーか、そこまで言うならお前はどこまで奈落を攻略したんだよ?」
「俺は9999階層まで攻略した」
「うわっ出たよユウタの大ほら吹きが! なーにが9999階層だ。お前の方が大嘘つきじゃねえか!」
「お前と一緒にするんじゃねえよ」
「おいおいもう酔っぱらったんですかぁ? ユウタ、この店の連中に俺たちがなんて言われてるか知ってるか? ほら吹きブラザーズだってさ!」
「ああ、知ってるよ。全く失礼だよな。俺がブライアンと同類だなんて」
「それはこっちのセリフだバーカ」
二人してバカなことを言い合いながら、飯を食って酒を飲む。この時間を俺がどれだけ楽しんでいるか、ブライアンには想像もつかないだろうな。
「聞いてくれよブライアン。今回の探索でな、数十匹の黄金龍に出くわしてしまったんだがよ」
「ハハッ、黄金龍と言えば80階層のボスじゃねえか。刀魔団が死傷者を出しながらかろうじて倒したモンスターだろ。そんなのが数十匹も現れたら、俺なら人生を諦めるね」
「そこが俺とお前の違いなんだよな。俺は全部倒してやったぜ?」
「どうやって倒したか言ってみろよ?」
「そりゃあもちろん、剣の一振りで数十匹を一撃よ」
「いい夢見たな! さぞ清々しい朝を迎えられたことだろう」
「夢じゃねえってマジなんだこれが」
こいつがこんな性格だからこそ、俺はこいつとだけは本音で語り合うことができるんだ。ブライアンは俺の言うことを本気にはしないだろうが、それでも、こうやって心の内を話すことができる友人がいるというのがどれだけ俺にとって救いになることか。
ありがとう、ブライアン。今日も飲みに付き合ってくれて。
ありがとう、ブライアン。俺と友だちでいてくれて。これから先も、末永くよろしく頼むよ。
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