人類最強男、世界最凶モンスター娘に付きまとわれる

雪野ユキナリ

第1話 人類最強の男

 俺の名前はユウタ。どこにでもいる、ごく普通の平凡な人間だ。

 強いて他の人と違うところを挙げるなら――少しだけ強すぎることだろうか。


「グオォォォォォ!」


 山のように大きなドラゴンが、こちらを真っすぐ睨みながらうなり声を上げる。


 ドラゴンは、この世界で最も強いと言われている魔物の一種だ。

 硬いうろこに鋭い爪と牙。尽きることのない持久力。圧倒的な身体能力を持ちながら、内包する魔力の量も莫大。生き物としての格が他とは隔絶している存在。それが、ドラゴン。


 中でも、目の前にいるドラゴンは別格だ。

 体内からあふれ出す魔力が黄金色の光を放ち、その巨大な体を鈍く照らしている。

 おとぎ話に登場するような、伝説の黄金龍。こいつ一頭で、国を軽く滅ぼしてしまえることだろう。


「グゴォォォォォォ!」


「ゴガァァァァァァ!」


「ギュオォォォォォ!」


 そんな凶悪な黄金龍が十頭、俺を取り囲んでいた。


「グオォォォォォォォ!!!」


 ひと際大きな雄たけびの後、正面に立つドラゴンの口内に膨大な魔力が集まり始める。

 それはやがて光を帯び、そしてすぐに俺へと向けて放たれた。

 すべてを消し飛ばす黄金のドラゴンブレス。伝説の化け物による、必殺の一撃。


「「「グゴァァァァァ!」」」


 一発目のブレスが放たれると同時に、俺を取り囲むドラゴンたちも即座にブレスを放ってきた。

 四方八方から襲い掛かる極太のレーザー光線。逃げ場なんてどこにもない。

 轟音と共に辺り一帯が光に包まれ、一瞬、視界を失う。


「グ、ゴァァァ……」


 そして光が収まった時、俺の正面に立っていたドラゴンは胴を真っ二つに切り割かれて命を落としていた。俺が振るった剣によって。


「ガァァァァァァァ!」


「ギュァァァァァァァ!」


 仲間がやられたことを認識したドラゴンたちが、一斉に叫び声をあげる。

 その目には、恐怖の色が浮かんでいるようにも見えた。


 もしもこいつらが人間の言葉を話せるのなら、きっとこう言っていることだろう。


『馬鹿な! 何故、我らのブレスを受けて無傷でいられるのだ!?』


 だから俺は、冥途の土産に教えてやった。


「俺を焼くには威力が足りなかった。ただそれだけのことだ」


 俺の言葉を理解したのだろうか。ドラゴンたちがその場から一歩後ずさる。その様子に、先ほどまでの威勢は見る影もなかった。

 ドラゴンは頭の良い魔物だ。仲間が一撃でやられたのを見て、勝つことが不可能だと悟ったのだろう。

 ぐるるる、と小さなうなり声をあげながら、ドラゴンたちはまた一歩後ずさる。こちらを見つめるその瞳は、人間がドラゴンに向けるものとそっくりだった。


「そんな目で見ないでくれ。化け物はお前たちの方だ。俺はただの人間だ」


 俺はドラゴンたちの視線にわずかな苛立ちを覚えた。それは本当に少しだけの感情だったが、目の前の魔物たちは、俺の感情の変化を鋭敏に感じ取ったらしい。


 翼をもつ者は翼を広げ一目散に空へと飛び立った。魔法が得意な個体は自分の姿を消したり、土を操り地に潜り込もうとした。それ以外の者は、俺に背を向け地響きを立てながら一斉に走り出した。


 数秒も経てば、全員俺の前から姿を消すことだろう。だが、俺は数秒も待ってやるつもりはなかった。

 持っていた剣を眼前で数度ふるう。それだけで、逃げ出したドラゴンたちは一匹残らず絶命し、地に倒れ伏した。


 飛ぶ斬撃。まるで漫画のキャラクターが行うような必殺技だが、俺にはそれが使えるのだ。


 ドラゴンたちを倒したのと同時に、地面の一部がまぶしく光り輝いた。そして光が収まると、そこには真っ暗な大穴が出現していた。直径五十メートルはありそうな大穴だ。

 俺は穴へと近づき、その淵に存在する階段を降り始めた。


 ボスを倒すと地下への入り口が出現する。それがこの、『奈落の大迷宮』と呼ばれるダンジョンのルールなのだ。


 異なる階層をつなぐこの階段は暗く深い。数千歩以上は歩いているが未だに底には到達しない。

 魔法で明かりを作りながらひたすら暗闇の中を歩き続ける。

 階層をつなぐ階段には魔物は出現しない。だから俺には、歩く以外にやることが何もなかった。


「俺も随分と強くなったもんだ」


 なんとなく過去の出来事を思い返していると、そんな独り言がこぼれ出た。


 ダンジョンに潜ることでさえ、最初は嫌々やっていた。当たり前の話だ。誰が好き好んで、命の危険がある仕事をしたいと思うのか。だが、当時の俺はダンジョンに潜るしかなかった。


 今から十年くらい前に、俺は突然、この世界へと落ちてきた。


 当時の俺は、高校受験を控えた学生だった。

 テストの点数は平均点。趣味はゲームや漫画。それこそ、どこにでもいるようなごく平凡な子供だった。

 ある日の塾の帰り道、唐突に浮遊感に襲われ、気が付くと草原に立っていた。その日から、地獄のような生活が始まった。


 運よく近くの村にたどり着くことはできた。しかし、村の住人には言葉が一切通じなかった。

 訳が分からないまま古びた建物に連れていかれ、そこでいくつかの書類にサインをさせられ、その日のうちにダンジョンと呼ばれるものに放り込まれた。


 薄暗い洞窟のような場所だった。俺の周りには、俺と同じようにダンジョンに無理やり連れてこられた子どもが十人ほどいた。あとから知ることだが、その子どもたちは、口減らしを兼ねてここに連れてこられた者たちだった。


 村にはろくな仕事がない。しかし、生きるためには金を稼がなくてはならない。だから俺たちは、ダンジョンへと放り込まれたのだ。


 来る日も来る日も、俺たちは魔物たちと戦った。この世界のダンジョンは、ゲームのようにゴブリンのような魔物が次々と湧き出てくる場所だった。俺たちはそこで毎日、魔物どもと殺し合いを続けた。


 浅層の魔物は小さく弱い。素人の子どもであっても、勝てる程度のものだった。

 だけど毎回勝てるわけじゃない。一人、また一人と、子どもたちの数は日に日に少なくなっていった。

 命がけの戦いを経て手に入れた魔物の素材をギルドで売り払い生活費を稼ぐ。それが俺たちにできる唯一の仕事だった。


「……ようやく次の階層か」


 階段のはるか下、暗闇の中にわずかな光が見える。俺が使っている魔法の光とは違う。あれはダンジョン自体が放つ光だ。


 腰に下げた剣の位置を軽く調整しながら、体内の魔力の流れを確認する。

 例え歩き慣れたダンジョンであっても、探索するときには常に細心の注意を払う必要がある。

 ダンジョンというのは、ちょっとした油断が死に繋がる場所だ。それをあの日、身をもって理解させられたのだから。



△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼



 雲一つない空。延々と続く草原。代り映えのしない景色の中を歩き続けていると、本当に前に進んでいるのかという気持ちが心の中に湧き出てくる。

 長い道のりを踏破してきた。死にそうになったことは一度や二度ではない。深層へと潜る度に、ダンジョンの悪辣さというものを再認識するばかりだ。


 長く苦しい戦いだった。だが、それももう少しで終わる。


 不意に、ドスンと大きな音が正面から響いてきた。まるで巨大な岩石が空から落下したかのような音だ。

 音とともに立ち上った砂煙が晴れると、そこには一体の人型の魔物がいた。


「GIGAAAAAAAAAAAAA!」


 一言で言い表すなら、強大なマネキン……だろうか。いや、ゴーレムと言った方が正しいかもしれない。

 三メートルは優に超えるだろう巨体に、ゴツゴツとした青い岩で構成された体。肩や手の甲など、体の至る所に、赤黒い丸い宝玉が埋め込まれている。


 そんな異形の化け物が、うなり声を上げながら仁王立ちしていた。


 不意に、化け物の右腕がブレる。それと同時に俺は首を左へと倒した。俺の頬のわずか隣を、閃光のような光が駆け抜けていく。


 化け物が、手の甲の宝玉からレーザー光線を放ったのだ。直撃していれば、一瞬で俺の頭は消滅していただろう。

 実際に俺は、何度この化け物に殺された・・・・か分からない。


「GIGAAAAAAAAAAAAA!」


 攻撃を回避されたことにいら立ったのか、奴が再び雄たけびを上げる。

 それと同時に、奴の姿が消える。俺は背後へと振り返りながら、腕で頭をガードした。直後、右腕に凄まじい衝撃が走る。化け物が俺の腕を殴り砕いたのだ。


 数十メートルは離れた位置にいたはずの化け物が、瞬きをする間に背後へと移動していた。こいつは、対峙した相手の背後へと瞬間移動するスキルを持っているのだ。全く、恐ろしいほどのチート野郎だぜ。


 あごを狙った奴の鋭い蹴りをかわしながら、左手で岩のような顔面を殴りつける。左拳に込めた魔力がインパクトの瞬間に解放され、爆発的な破壊力を生み出す。


 黄金龍を数十匹まとめて殺せるだけの魔力を込めたわけだが、化け物の顔面を砕くには至らない。しかし、無傷というわけでもない。化け物は顔をのけぞらせながら硬直している。


 大きな隙を晒している相手に、追撃しない理由はない。俺は利き腕である右手に先ほどよりも大きな魔力を籠めて、奴のボディを力任せに殴りつけた。


 砕かれた腕はとっくに再生している。粉々になった骨を一瞬で治せないようでは、このレベルの戦いについていくことは不可能だろう。


 俺の拳が奴の腹に突き刺さり、爆発音にも似た鈍い音が響き渡る。その衝撃で、花火のように空へと打ち上げられる奴の体。俺は追撃を仕掛けるため、空中を蹴り空を飛んだ。


 追いついた先、空中でふるった渾身の右フックは空振りに終わった。打撃の衝撃から立ち直った奴が体をひねって回避したからだ。

 その回転運動を利用し、そのままミドルキックを仕掛けてくる。それを左腕でガードしながら、同じく右のケンカキックをお見舞いする。


 左ストレート。ローキック。右フック。頭突きにラリアット。目まぐるしく攻守を入れ替えながら、俺たちは空中で格闘戦を続ける。


 どちらかが吹き飛び距離が開けば、レーザー光線やエネルギー弾といった飛び道具が次々と飛び交った。それらをかわし、時に被弾しながら、お互いに距離を詰め、そしてまた始まる格闘戦。


 まるで、元の世界で見た少年漫画のようだと、戦いながらふと思う。

 圧倒的な強さを持つ、漫画やアニメの主人公に憧れていた時期が確かに俺にもあった。まさか、自分がそうなるなんて、その時は思いもしなかったわけだが。


 怪物のわずかな隙をつき背後を取った俺は、すかさず渾身の蹴りを放った。まともに受けた奴は、ものすごい勢いで地面へと叩きつけられ大きなクレーターを作る。

 これまでの戦いで蓄積されたダメージもある。すぐには起き上がってこれないだろうな。


 俺は左右の手を宙に構え、正面の空間に膨大な魔力を込めた。そしてそれを真下で倒れ伏す異形の怪物に向け、空中から解き放った。


 遠くから見れば、それはきっと巨大な光の柱に見えたことだろう。

 さしもの奴も、この魔法は耐えられない。額の汗を手で拭いながら、ふぅと一息を吐く。


 長い闘いだった。格闘戦は三時間にも及んだのではないだろうか。さすがに疲れた。地面に腰を下ろし、休みたいという欲求が湧き上がってくる。だけど、それはできない。なぜなら――。


「GIGAAAAAAAAAAAAA!」


 奴が第二形態へと変身したからだ。

 まったく、つくづく恐ろしい怪物だ。あれだけの強さを持ちながら、更に上の戦闘力を秘めた変身を持っているのだから。


 ちなみに、あいつはあと十回変身を残している。本当に嫌になるぜ。

 つかの間の休息が終わり、長い長い戦いが、奴の雄たけびと共に再び幕を開けた。



△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼



 長く暗い階段をひたすら下り続ける。歩きながら、今回のダンジョン探索のことを考える。


 今回は一度も死ななかった。クリアタイムも、体感ではあるが上々。ドロップや宝箱による、装備品の更新はなし。これについては、もうずっとそうなのだから落胆することもない。


 相変わらず、奴は強かったな。

 あれから、倒すのにどれだけの時間がかかったことか。何度も戦い、手の内を知り尽くしているにも関わらず苦戦を強いられる敵。奴と戦う度に、俺もまだまだだなと思わせられる。


 まあ、それも仕方がないことなのだろう。奴は、この『奈落の大迷宮』の最深層へと繋がる階段を守るフロアボスだ。いわば、このダンジョンのラスボスともいえる存在。ラスボスが強いのは、当然のことだ。


ふと気が付くと、階段の遥か下に光が見え始めていた。どうやら、考え事をしているうちに最後の階層が近づいてきたようだ。


 ダンジョンの階段を降りるときはいつもそうだ。あまりにも長い時間を歩くものだから、つい色々と考え込んでしまう。他にやることもないから仕方がないことだが。


 階段を降りきると、そこにはどこまでも続く草原が広がっていた。

 天井は存在せず、頭上には青空が広がっている。そこに雲や太陽は見えない。ただただ青い空が広がっているだけだ。

 一つ上の階と似たような風景だが、一つだけ大きく違う点がある。この階層には、魔物が出現しないのだ。


 緑と青のコントラストが視界一杯に広がる空間。そこに、見上げるほどに巨大な水晶が浮かんでいた。


 ルビーのように赤く、うっすらと燐光を放つ巨大な岩。これこそが、この『奈落の大迷宮』のダンジョンコアである。

 ダンジョンコアというのは、いわばダンジョンの魂のようなものだ。コアがあるからこそ、ダンジョンはダンジョンとして在ることができる。


 ダンジョンによっては、コアに人格が宿っていることもあるらしいが……ここのコアはそういうタイプじゃないらしい。


 俺は、目の前の巨大なコアにそっと近づいた。

 一目見ただけでわかる。このコアはすさまじいまでのエネルギーを秘めている。そのエネルギー量は、見ていて恐怖を感じるほどだ。

 だけど俺はそれから視線を逸らすことなく、じっくりと観察していく。


「うーむ。変化なし、かな」


 コアの周りをぐるりと一周してみたが、前回に来た時と変わりがないように見える。


「やれやれ、一安心だな」


 自然と笑みがこぼれた。何せ、俺はこのコアの様子を見るために、長い長いダンジョンを苦労して踏破してきたのだ。


「……帰るか」


 目的を果たした俺は、部屋の隅に存在する魔法陣へと足を踏み入れる。地上への転移魔法陣だ。これのおかげで、俺は一瞬で地上の街へと帰還することができる。


「また来るからな」


 魔力を魔法陣へと流すと、足元がぐらりと揺れ、視界一杯に橙色の光が瞬いた。そしてその光が収まった時、俺は地上へと転移していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る