7  他人

 左袖が切り取られたシャツが詰まった段ボールについては、なにもわかりません。

 ただ、はっきりしている事実がひとつ、ありました。

 おいちゃんの息子にわたしの連絡先を教えた相手です。

 折を見て、わたしはおいちゃんと再会した不動産屋を訪れました。

「わたしの許可をとらず、わたしの連絡先を、わたしが知らない相手に教えたな」と問い詰めるためです。

 けれど、友人をはじめ、おいちゃんの対応をしていた従業員も、容疑を否認するのです。

 そもそも、おいちゃんはわたしと再開した日から一度も不動産屋を訪れていないと言います。他の従業員に訊いても、おいちゃんの息子を名乗る男性はおろか、誰かにわたしの連絡先を問われたこともないという答えばかりが返ってきます。

「だいたい、虚偽申告じゃないですか!」とおいちゃんに対応していた従業員が憤慨した様子で漏らしました。

「あのお客さん、身寄りがなって言うから、会長が温情であの部屋借りさせてあげて、住まわせてもらってたくせに。息子さんがいるなら、息子さんに保証人になってもらって面倒見てもらえばよかったんですよ」

「まあ、親子っていうのもいろいろあるから……」

 あの息子は、病院からの連絡で駆けつけたと言っていました。それまでは音信不通で、父親がどんな生活をしているのかすら知らなかったのでしょう。

 けれど、従業員はさらに語気を強めます。

「それで、今度は『どこでもいいから引っ越したい』って言って来たんですよ。家賃も会長に世話になってるくせに、引っ越したい? どこでもいい? 金も身寄りも保証人もないのに?」はっ、と従業員が吐き捨てます。「世の中、舐めてますよね」

 え? と聞き返したのは、わたしです。

「おいちゃん、引っ越したがってたん? なんで?」

「知りませんよ。とにかく急いで家を出たいって」

「理由とかは?」

「さあ?」

 興味もない、と従業員は自分の仕事に戻っていきました。

 結局、誰もわたしの連絡先を漏洩したことを認めません。諦めて帰ろうとしたときです。

 不動産屋の会長が外回りから帰って来ました。この会長はわたしの父の古い知り合いで、従業員の話によればおいちゃんに部屋を貸し与えていた張本人でもあります。

 わたしは会長にそれとなく、おいちゃんの息子から電話があったことを伝えました。

「へ? 息子? M川の? なに言うてんにゃ、M川に息子なんかおらんえ」

「え? 親子の縁が疎遠、とかではなく?」

「いや、おらんおらん。いや、おったんやけどな。アイツが若いころに死んでしもてん。まだ小学校入るか入らんかくらいやったかなぁ」

「え、じゃあ……」

 おいちゃんの息子を名乗ったあの男性は誰だったのか、という疑問には、誰も答えてくれませんでした。

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