第47話 相侮と相乗
九重を拘束するように巻き付いた影に、奴は動じる事はなかった。
逃れる様子も見せず、麻緋をじっと睨んでいる。
「兄……さん……」
僕は、譫言のように繰り返す悠緋へと目線を変えた。
乱れていた呼吸は落ち着いてきたようだが、やはりこの状態は心配だ。
僕は、悠緋の額にそっと手を触れた。
「……っ……!」
冷たい。人の体温とは思えない程だ。
「悠緋!」
揺り起こすが、悠緋は目を閉じたまま力無く、ゴロンと仰向けに転がる。
再度、悠緋に手を伸ばす瞬間に、背後にいる麻緋たちを中心に広がっていた地の紋様が、カッと青い光を放った。
弾けた光の強さに、僕は麻緋を振り向く。
何が……起こった……?
天と地に描かれた紋様が正反対にグルグルと回っている。
そして、互いに光を落とし、結び付くように絡み合う。
混ざり合った光は麻緋と九重を中心に、一周するごとに青、赤、白、黒、金と色を変えた。
あれは……。
「……白間……さん」
「悠緋!」
目を開けはしなかったが、微かにも声を発した事に少しホッとする。
「兄さんを……守って……」
「え……?」
「兄さんの紋様は……正邪が反転する」
「それは麻緋から聞いている。麻緋なら問題ないだろ」
「兄さんだけなら……問題ないよ……」
「だったら……」
「それは
悠緋は、苦しみを一気に吐き出すようにもそう言うと、ギュッと目を閉じ、頭を抱えた。
感覚的にその理由が伝わる。
悠緋は……陰そのものだ。
「僕は……自分で呪力を制御出来ない……膨れ上がった力が更に力を吸収しようとして、兄さんの呪力を分散させてしまう。兄さんの正邪の紋様を狂わせてしまうんだ」
「麻緋に干渉するという事か」
僕の言葉に悠緋は頷いた。
悠緋が仰向けになった瞬間に、地に描かれた紋様が光ったのは悠緋の呪力が干渉したからなのか。
それに麻緋が気づいていないはずはないだろうが……体を震わせる程の悠緋のこの不安感を無視は出来ない。
伏見司令官が悠緋を助けられなかったというのも、悠緋の呪力の干渉にあったとすれば理解に易しい。
九重が動じる素振りを見せないのは、奴もそれを知っているからなのだろう。
確かに……。
悠緋の呪力が陰のみの呪力なら、スケープゴートとしての融合も同化ともなってしまうだろう。
そして悠緋は、それを反転する事が出来ない。積み重なった負のエネルギーが抱えきれなくなれば、周りに影響を与える。
それが悠緋の大きな不安要素だ。
悠緋を解放したのも、それを知っての事か。
だから用済みだと……。
だが。
僕は、巡る光を見つめながら、ふっと笑みを漏らす。
「悠緋……お前の不安は、思い違いになるよ」
僕は、悠緋をゆっくりと抱き起こした。
悠緋は垂れていた頭をゆっくりと上げる。
小さくも息を切らしてはいるが、目線は麻緋に向いていた。
「麻緋……これが俺の掛けた呪いだというのか? 言っておくが、俺はこんな術なんか掛けてねえぞ」
「いや……お前が掛けた呪いだよ。見覚えがないか? そもそも呪力には言葉がある。唱えなくとも術の目的を定めなければ、効力など皆無だからな。まさか……何も考えずに手当たり次第に術を使っている訳じゃねえだろ?」
麻緋の言葉に九重は、自身に絡みついた影へと目線を落とした。
「……呪文……だと……?」
黒い影に見えたのは、文字が流れていたからだったのか……。
「はは……麻緋。だったら解くのは簡単だ。俺が掛けた術なんだからな。お前は失敗だと言ったが、この術の目的は既に果たされてんだよ」
九重は、影を裂くように全身の力を込めた。
「やめといた方がいいぞ、塔夜」
「ふん……お前の言葉に準ずる程、俺はお前に
「そんな事、訊いてねえよ。この状態を理解出来ていれば、渾沌のように紋様から離れるべきだったな」
「なに……?」
九重は、確認するようにゆっくりと振り向く。渾沌は、こっちの様子を遠くから窺っている。
拘束されたとはいえ、近くにはいると思っていたのだろうが、やはり……左目の失った視力が影響して気づかなかったか。
麻緋の式の変化を見る事に集中し過ぎたんだ。
麻緋の言葉が、九重に追い討ちを掛ける。
「塔夜……渾沌にとってお前は用済みって事だ」
拘束を解こうと力を込めた事で、麻緋の言葉を聞いた瞬間に影が断ち切れた。
バラバラに散った影を追い掛けるように、巡っていた光が左右、斜めと飛び交い、色を変えながら往復する。
「……兄さん……僕の力を逆に利用した……?」
「ああ、その力を利用して麻緋は反転したよ。だが……それは九重が思っている反転とは違う。逆相剋だ。九重は麻緋を侮ったな」
九重は、崩れるように地に倒れた。
「麻緋……お前……」
麻緋の足を掴もうと手を伸ばすが、力が出ないようだ。掴む前に手を地に落とした。
「……渾沌……」
九重は、助けを求めるように奴の名を口にする。
「無駄だ、塔夜。奴なら既に拘束されているからな……」
麻緋の呼び声に、僕は驚いていた。
「なあ、成介?」
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