第46話 虚実の闇光
「桜が人身供犠になったのは……僕の所為なんだ」
地に寝転がったまま、悠緋はそう言った。
辛そうな表情は、体の状態だけではないだろう。閉じた目の端から涙が零れていた。
「悠緋……」
驚きの告白に、言葉が続かなかった。
桜の死に……悠緋が関わっているって……。
僕は、麻緋へと目線を変えた。
悠緋の言葉が本当だとしたら……麻緋はこの事を知っているのだろうか。
そうだとしたら、成介さんは……。
胸の騒つきが大きくなる。
悠緋が言った事が本当だったとしても、本人がそう言わずにいられない理由があるのだろうと思う一方、麻緋と成介さんの仲を心配してしまう自分がいる。
色んな思いが浮かび上がって、奴らとの闘いに集中出来ない。
成介さんがこの地に来ようとしなかったのも、渾沌だけではなく、悠緋の告白にも理由があったとしたら……そんな事はないと思いながらも、そんな思いが浮かんでしまう。
……麻緋。
九重と対峙する麻緋の背中を、見守るようにじっと見つめる。
麻緋の堂々した立ち姿に迷いはない。
ああ……そうだ麻緋は。
『教えてくれよっ! 麻緋……! お前が自分を犠牲にしてまでも、守ろうとしているのは誰なんだよっ……!』
『弟だ』
守るべきものが確かなんだ。
僕にしても、自分の気持ちを忘れた訳じゃない。
僕は、僕の居場所を信じたんだ。
「……悠緋。やっぱりその話は後で聞く」
共に歩むと決めたんだ。
「麻緋が守ろうとしているものは、僕が守る。それは悠緋、お前だ」
悠緋は言葉を返さなかったが、体を震わせて泣いていた。
きっと、通じるものはあっただろう。ましてや兄弟なのだから。
だけど、その思いとはまた別に、悠緋の状態は不安定だ。
悠緋自身が抱え込んだ、抱え込まされたものが身体に影響を与えているのだろう。
何が真実で、何が嘘なのか。
全てが真実で、全てが嘘だと。
相反するものが判別出来ずに混ざり合う混沌……それが意識を混濁させている。
混沌……か。だからあの男……。
僕は、九重の一歩後ろに立つ渾沌に目線を向けた。
九重に張り付くようなあの様子……西に現れた時も九重の背後から腕を回し、まるで拘束するかのようだった。
九重は、渾沌に恐れを抱いている。ぴったりと九重の側についている事が、脅迫めいたものを感じさせない訳でもないが……。
「……兄……さん……」
苦しそうにも息を切らす悠緋。
負のエネルギーが悠緋に集中して、精神力の低下と共に生命力を奪っていく。
僕は悠緋を地に仰向けに寝かせ、悠緋の体に当てた呪符を悠緋の周りを囲むように広げ、結界を張る。
「解一切霊障」
これで少しは抑えられるだろう。
あとは……麻緋だ。
「呪いを解くには、術者に解かせるか、術者を倒すか……だったな、塔夜」
「それがなんだよ? はは。言っただろ。どっちにしろ、お前は反転するしかないってな」
「反転なんかしねえよ」
「へえ? 弟を見捨てるつもりかよ? 白間が悠緋に結界を張ったようだが、一時凌ぎにしかならねえよ」
「それはそれで十分なんだよ」
「虚勢を張るなよ。紋様が揺らいでいるじゃねえか」
九重は空を仰ぎ、ははっと笑う。
「だから三流だっていうんだよ。お前の掛けた呪いは自在に操れねえんだな?」
「あ?」
「あ、じゃねえよ。塔夜……」
麻緋が紋様へと手を翳す。
紋様の揺らぎが治まったかと思った瞬間、カッと辺りを染める程の光を地に落とし、空に広がる紋様を地に映す。
「なあ塔夜……俺が受けた呪いは、悠緋に向けられていた呪いだったんだよな? だが……俺と悠緋が対面しても、俺からこの呪いは離れない」
「だからなんだよ? そもそも、離す必要がねえんだよ」
「離す必要がない……? だからお前が離さなかったって? 馬鹿だな。俺が離さなかったんだよ」
「麻緋……お前……何が言いたい……?」
……麻緋。
麻緋を見守る僕は、雰囲気の変化を感じ、小さく息を飲む。
『何故俺がこの呪いに耐えられるか……解放と封印……来、お前の言う通り、俺自身が呪術回路だからだよ』
地に描かれた紋様から光が弾け、強弱を交えてグルグルと回る。
麻緋と奴らを中心に、紋様を回る速度が上がっていく。
麻緋がクスリと笑みを漏らすと同時に、バリッと地を割るような音が響く。
次の瞬間、地から縄のように伸びた金色の光が麻緋の体に巻き付いた。
「麻緋……お前が解放すれば、その呪いは悠緋に向かうぞ。白間のあの結界程度じゃ、防げねえよ」
……違う。そういう事じゃない。
渾沌の顔がピクリと動き、察したような反応を示した。
麻緋の手が、自身に巻き付いた光を撫でるようにそっと触れた。
光が麻緋の中に吸い込まれていったかと思うと赤黒く色を変え、影となって飛び出していく。
直様、渾沌は九重から離れ、紋様からも遠去かるように後方へと下がった。
色を変えて麻緋から飛び出した影が、九重の体に巻き付いた。
「塔夜、何が言いたいって……」
鋭い目を向ける九重に、麻緋は言った。
「お前の掛けた呪いは『失敗』だって事だよ」
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