第44話 思慮の錯綜
麻緋と悠緋の両親を殺したのが……伏見司令官……?
「な……」
悠緋の言葉に心を乱される僕は、何を言い出すんだと焦った声をあげそうになったが、ふと麻緋が言った言葉が頭に浮かび、声が止まる。
『伏見が親父たちを信じてくれたように……俺も伏見を信じるよ』
その言葉で僕は、冷静さを取り戻す。
僕にとっての最初の任務で向かった先は、罪人の収監所だった。
渾沌……あの男に会ったのも、それが最初であるが。
僕が今の状況になった事に、渾沌が関わっている事をこの目で見る事が目的の一つではあった。
その他に理由があった事を僕は、ここに来るまでの道のり……麻緋の暴走が始まる前に成介さんの話の他に、麻緋が話してくれていた。
あの収監所は、元々は伏見司令官が管理していた場所だったそうだ。
だが、その権限をも奪われ、後に麻緋の両親、悠緋もあの場所に収監されてしまったという。
そして、麻緋は九重と共に助け出そうと向かったが、九重の裏切りによって悠緋は連れ去られてしまった。今、見ている限りでは、やはり悠緋は同意の元で九重について行ったのかもしれない。
それを阻もうとした麻緋は、呪いを受ける事になってしまった。
両親は既に殺されていると麻緋が言っていたのも、その時に……。
その窮地に伏見司令官が駆けつけ、彼は、呪いを受けた麻緋を助けるのを優先した。
友人……しかも親友だと思っていただろう九重の裏切りは、受けた呪いのダメージよりも大きかった事だろう。
そして……確信は持てなくとも、麻緋は悠緋の思惑に気づいていたのかもしれない。それがより深く、麻緋を傷つけたのはこの状況を見ても明らかだ。
その時の麻緋の苦しく、辛い思いが響いてくるようだった。
収監所の権限が伏見司令官から奪われていた事を、その時に悠緋が知らなかったとしたら。
駆けつけた伏見司令官の姿が、逆に惨事を招いたように見えたとしたら。
あの男に……見せられていたとしたら。
心身共に衰弱していた時に、そんな打撃を与えられたら、縋るものを
僕にしたってそうだ。
現状打破に精神を注ぎ込み、目に見えたものの受け止め方は、その結果から影響される。
まさかそんな事が起こる訳がないと信じ難いものであっても、自分にとって望まないものであればある程に自分を責めるんだ。そして抱えきれなくなれば、何かの、誰かの所為にしたくなる……自己防衛だ。
……転換。
僕たちは、そんな理不尽の中にいる。
麻緋の家に行ったあの日。成介さんと伏見司令官の会話を、近くにいた僕は耳にしている。
『藤堂との約束は、誰がなんと言おうとも果たさなくてはならない。それが私に出来る弔いだからな』
伏見司令官のその思いの為にも、成介さんが行った
ああ……そうか。
罪の意識から逃れる為の自己防衛。
だから悠緋は……。
『この地を返す訳にはいかないんだ。見て分かるでしょう? ここに恐怖を植え付けたのは僕だから』
僕は、悠緋に呪符を差し出した。
「なんのつもり?」
悠緋は、冷めた目で僕を見たが。
恐怖を感じているのは、悠緋自身だ。それをこの地に残している。だからそれがこの地にあるんだ。
覡の他に巫女もいた。
成介さんの妹の桜……生きていれば十六歳だ。麻緋から聞いておけば、もっと早くに気づけていたかもしれない。
おそらく、悠緋の年齢も同じくらいだろう。
「佐伯 桜を……知っているよな?」
僕の言葉に、悠緋の目が動く。
やはり……この様子。間違いない。
「だからここに来たんだろう?」
「どういう意味?」
問いに問いを返してくる。
動く目線。はぐらかすような感じも、気づかれたくない何かがあると悟らせた。
「この呪符を見れば分かる」
戸惑いがあるようだが、悠緋は呪符へと手を伸ばした。
「っ……!」
だが悠緋は、呪符に触れる直前で手を止め、頭を垂れた。
……ダメか。
だが、これではっきりした。
渾沌と九重が動き出した。悠緋の様子を訝しがったのだろう。
足音が聞こえる事に、悠緋もそれに気づいたようだ。
「……僕が全て引き受ける」
悠緋の声は、掠れる程に小さな声だった。感情が素直に溢れ出ている。
「悠緋……やっぱりお前……」
そう僕が言葉を吐き出すと、悠緋は僕を両手で突き飛ばす。
「っ!!」
悠緋が驚いた顔を見せた。
それもそうだ。
僕を突き飛ばした瞬間に、僕は悠緋の手を掴んで離さなかった。
『僕は弱くないから……だから行って』
あの言葉は、何処か意味深だった。
僕は、力任せに悠緋を自分の背後へと回す。
「麻緋っ!!」
「ああ。時間稼ぎは
カッと光が弾け、空に正邪の紋様が広がり、渾沌と九重の足を止めた。
「兄さん……どうして……僕は……兄さんを……」
「その話は後だ。来の呪符を見ただろ。それがお前の今すべき事だ。
悠緋を僕に預け、奴らへと歩を進め始めながら、クスリと笑うと麻緋は言った。
「逃げるが勝ち」
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