第43話 揺らぐ真相
「兄さん……来ると思っていたよ」
前線に悠緋が出て来た。
少し離れた位置で、九重と渾沌がこっちを見ている。
悠緋を前に出すのも、奴らの企みだろうが……。
「ああ。俺もお前が来ると思っていた」
「……そう。兄さん……この地を返す訳にはいかないんだ。見て分かるでしょう? ここに恐怖を植え付けたのは僕だから」
その言葉に麻緋は、何も答えなかった。
悠緋の言葉を鵜呑みにする事は出来ないからだろう。だからといって、否定する段階でもない。まだ様子を見るべきだというのは僕も同じだ。
僕の目線が、悠緋の後方へと向く。
渾沌……フードを深く被っているという事は、本体か。
麻緋が奴に与えたという目は、一時的なものだったのか、それとも……悠緋が……。
悠緋の目線が僕へと向いた。
感情が見えない、無の表情。瞬きも殆どする事なく、僕を見る目は冷ややかだ。
麻緋とは真逆。そんな印象が、麻緋と悠緋を陰陽で分ける。
以前からこんな雰囲気だったのだろうか。悠緋を深く知らないだけに、判断がしづらいところではあるが……。
ああ……だけど、麻緋の家で見たあの幻影の中の悠緋は、穏やかだったな……。物静かな感じの、名家の息子という雰囲気は、正直、麻緋よりも悠緋の方が感じられるような……。
悠緋は、淡々とした口調で僕に言う。
「君が持っていた呪符……僕の家にあった呪符だよね。何故、と聞きたいところだけど、まあ……兄さんだよね」
「ああ、そうだよ。僕が麻緋から受け取ったものだ」
「それ……どうして封印されていたと思う?」
「その理由……僕から聞くのか?」
……探り合いだな。
悠緋は、麻緋が気づくより前に、呪符の存在に気づいていたようだ。
そして、封印されていた理由を知っている。敢えて問い掛けるのも、その理由には僕に関わる何かがあるのだろう。
この呪符を受け取る時に口についた呪文のような言葉。父が言い残したとはいえ、正直、あの状況の中で記憶に残るまでに至らなかったのは僕自身が分かっている。
だから……それ以前に、僕は知る時があった。教えられた事があった。
だけど、使う事なく時が過ぎ、あの最悪な状況の中で父が言った言葉を思い出したと言えるのは、以前にあった記憶が、父の言葉と結び付いたからだろう。
僕は、その後に何も言わず、ただじっと悠緋を見ていた。
悠緋の表情は少しも変わる事はなかったが、そっと目を伏せ、静かな口調で言う。
「そうだね……君が聞きたい方だよね。だってその呪符は、元々は君の家にあったものだから」
そう言いながら、目線を上げ、また僕を見た。
きっと、口にした言葉に、僕がどんな顔をしているのか見たかったのだろう。
だけど、悠緋のその言葉に、僕は驚かなかった。張り合う訳ではないが、僕も表情を変える事はなかった。
それは、なんとなく気づいていたからだ。
この呪符に慣れてきたといえばそうではあるが、この呪符を使えば使う程に、手に馴染んでくる。呪符に託す目的も、自在になってくる程だ。
……呪符に込められた力に順応出来るんだ。
まるで……僕の体の一部のように。
悠緋の言葉が続いた。
「そう言っても随分と昔の話らしいけどね。僕がそれを知ったのは……」
悠緋の目線が、再び麻緋に向いた。
その目線に、初めて悠緋の感情が表れた。
強く、睨むようにも見える目だ。
そして、言った言葉は、まるで刃のように麻緋に突き刺すみたいだ。
「父さんと母さんが殺された時だよ」
麻緋は、深い溜息をついた。困ったようにも髪をクシャクシャと掻き、何か言おうと口を開いた瞬間。
きっと思っているだろう事を、なんだか僕は麻緋に言わせたくなくて、僕が先に口を開いた。
「殺されたと分かっているなら、なんでそっち側にいるんだよ?」
「そっち側……? それってどういう意味?」
「お前の後ろにいるフードを被ったあの男も九重も、僕の住んでいた地をお前も見た通り、あんな状態にした。元凶そのものだろう。麻緋とお前の両親がいたという収監所には」
「主
悠緋は、僕の言葉を遮ってそう言った。
「兄さん……僕の方が聞きたいよ」
悠緋は、詰め寄るように麻緋に一歩近づいた。
その様子を後方で見ている九重が、面白がるようにケラケラと笑っていた。
「終わりと盗みを司る……罪を裁くという立場にいたのは、伏見 京一郎でしょう? なのに兄さんは、なんでそっち側にいるの?」
何を言っているんだと僕は眉を顰めたが、伏見司令官は真北……彼が象徴するものは、悠緋の言っている事と合っている。
僕は、どうなっているんだと疑問を拭えず、麻緋をゆっくりと振り向いた。
麻緋は目を逸らさず、真っ直ぐに悠緋を見ている。
悠緋が冷ややかにも続けた言葉に、僕は混乱していた。
これは……何かの意図なのか……?
それとも、悠緋の思い違いなのか。
その言葉の真実は何処にあるのか。
「父さんと母さんを殺したのは、伏見 京一郎……彼じゃないか」
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