第42話 貞正の天盤

「着いたぞ」

 麻緋は、さっさと車を降りる。僕は、ふらふらと車を降りた。


「耐えられたなら、大丈夫だな、来?」

 麻緋は、ニヤリと企みのある笑みを僕に向ける。

 ……毎回毎回、こいつは……。

 僕の何を鍛えようとしてんだよっ!


「……麻緋……お前……なんだかんだ理由つけて、出発わざと遅らせただろ……」

「なに言ってんだよ、人聞きが悪いな。成介の事は本当の事だし、そもそも点検は大事だろーが」

「よく言うよっ! 暴走レベルが上がってんだよっ! お前の運転技能見直せっ!」

「元気だな。全然平気じゃねえか。じゃあ、お前主導でよろしくな」

 僕は、深い溜息をつく。

「なんだよ、来? いつも聞いてねえって言うけど、今回の任務内容は、お前も俺と一緒に伏見から聞いただろ」

「そうだけど……」

 僕は、前方へと目を向ける。


 風もないのにザワザワと木が揺れている。

 だが、視覚に捉えられるものと音が一致している事に、幻影ではないのは分かるが……。

 不穏であるのは明らかだ。




『指令を出せ。どんな任務でもやってやる』


 そう麻緋が言った後、伏見司令官は僕が机の上に置いた呪符をじっと見つめた。


「悠長に構えている場合じゃねえって事は、あんただって分かってんだろ」

 腕を組みながら言う麻緋の、そんな横柄な態度にも、彼はふっと穏やかな笑みを見せた。

「麻緋……そう急かすな。私にも少々考えるを与えてくれてもいいだろう」

 そして伏見司令官は、机に置かれた呪符にそっと手を翳した。彼の手を中心に、幾重かの円が描かれ始め、四方を囲む。数々の文字が机全体に広がる様は、まるで……式盤だ。


 次の任務を急かし、その任務先が成介さんがいた地となったのも、僕が伏見司令官の机に置いた呪符に理由があった。

 地火明夷ちかめいい

 これは凶兆だ。

 九重によって連れ去られた悠緋だが、それには悠緋の思惑もあった事だろう。

 だが、退避するすべを知らずして、元よりの地を離れて他方の地へ行くのは闇に落ちるも同然の事だ。

 そして、その術があったとしても、その意図を見抜かれれば……地に沈められる。

 騙そうとして騙され、出し抜き、出し抜かれる。

 腹の探り合いだ。

 そんな思惑を上回り、相手を降伏させるなら……その手段は。


 卓上に浮かんだ文字を操り、配列していく。

 その手が止まると、伏見司令官は僕たちへと目を向け、言った。


「向かう先は……南だ」

 伏見司令官の言葉に、麻緋は腕組みを解き、じっと彼を見る。

 ……南って……やはり。

 そこに向かう事に、どれ程の意味が含まれているのか、その配列を見れば分かる事だった。

 主驚恐怖畏きょうきょうふい……それが上に位置している。

 その字の通り、驚きや恐怖……そこにはそれがある。


「それ……成介に隠すなよ」

「勿論だ、麻緋。だからお前たちに言っている。だから南に行け」

 麻緋の深い溜息が会話の間に流れた。


「……目的は回避じゃねえって事か」

「そうだ」

 麻緋は、机に描かれた文字の配列に再度目を向ける。

「回避手段を捨てるとはね……自分で自分の力を信じてねえって訳じゃねえだろ」

「麻緋……回避手段とは、その場凌ぎの守りに過ぎない。それをお前にやらせるつもりはない。お前にしても、それは無意味だと思っているのではないか?」

「……まあな」

「 それに……」

 伏見司令官は、呪符を手に取ると僕に返した。


「手段は一つに限らない。それは勿論……回避以外の手段だ」


 彼と目線を合わせながら、僕は呪符を受け取る。

「……頼んだぞ」

 伏見司令官の真っ直ぐな目線は、麻緋の力になれと伝えているのが分かった。

 僕は、その目線を受け止めながら、深く頷いた。



 目に映るものと音の一致は、伏見司令官が描いた配列通りのものだ。

 バリバリと裂けるような音が響けば、地が震動する。風もないのに揺れる木は、その震動が伝わったからだ。

 ……回避以外の手段……か。

 それは……。

 僕は、呪符をしまってある、胸元のポケットに手を触れた。

「行けるか? 来」

「ああ、問題ない」

 即座にそう答えた僕に、麻緋はふっと笑みを見せる。


「成介の住んでいた地……見て分かる通り、人払いが自然になるよう、ここは恐怖を植え付けられた。覡と巫女を地に落として禍いが回避出来るはずがない。それが新たな祟りを生んだと、畏れを抱かせる事となった。それは……」


 僕たちは、音が聞こえる方へと歩を進めて行く。

 朽ち果てた鳥居。

 微かな跡を残す参道。

 半壊した社殿が、神社であった事を伝える。


 社殿前には、僕たちを待っていたかのように奴らがいた。

「伏見は回避を捨てた。それは俺たちに押し切れという事だ」

 麻緋の言葉に僕は頷く。


 この前線に出て来たのは、やはり予想通り。


「……兄さん。来ると思っていたけど……この地を返す訳にはいかないんだ。見て分かるでしょう? ここに恐怖を植え付けたのは僕だから」


 悠緋だった。

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