第41話 相反する思い

「……」

 無言で車をじっと見つめながら座り込む麻緋を、僕は後ろから眺めている。

 正直、この状況について声を掛けるのは面倒だなと思っている僕は、麻緋が動くのを待っているが……。

 どうせ、成介さんにリミッターをつけられた事に不満なんだろうな。

 まあ……僕にとっては、その方が安心だ。


「おい、麻緋。いつまでそうしているんだよ? 早く向かわないと夜が明けちまうだろ」

 僕は、麻緋が中々動かない事に耐えきれず、そう口にした。


 伏見司令官を急かし、次の任務は翌日の夜となったが、行き先は成介さんが住んでいた地、真南に行けという事だった。

 僕たちが向かう先には、必ず奴らがいる。きっとまた奴らが現れると、踏んでいるのだろう。

 だからといって、捕えるという訳ではなく、様子を窺っているような状態だ。

 奴らにしても、待っていたかのように姿を現してくるが……。行く先々で奴らに会うのも、奴らの目的を阻止している事になっているのだろうか。

 四方を潰して周っても、それでも奴らの目的は達成されていないのは、やはり……。

 僕は、車の前に座り込んだままの麻緋を見つめた。


 おそらく……かなめとなっているのは、悠緋だ。

 それに悠緋のあの様子……あの男の側にいる事を納得しているように見えた。


「おい……麻緋」

 何度、声を掛けても麻緋は、反応を見せない。


『自暴自棄になるのは勝手だが、どっちに染まった?』


 麻緋の言葉は、改心を期待して九重に言ったのか、それとも悠緋に言ったのか。

 そう思っていると、麻緋が深い溜息をついた。

 もしかして、気にしているのは車の事じゃないのか……?

 まあ……なんにしたって、あの状況を割り切る事は難しいよな。

 自分から任務を催促したとはいえ、やっぱり、気掛かりだよな……。


「……麻緋、大丈夫か……? 気が乗らないなら、本当に僕一人でも……」

 これから向かう先に、また悠緋が姿を見せるかもしれないと不安に思った僕は、麻緋も同じにそう思っているのかと少し心配になりながら、そう声を掛けた。


 ……だが。


「リミッター、付けられていねえ」

 返ってきた言葉が予想を反した事に、僕は唖然とする。


「そこかよ……僕はてっきり……」

 僕は、呆れながら長い溜息をついた。

「あ? てっきり、なんだよ? 悠緋の事か?」

「あ……いや……僕は別に」

「どんな任務でもやると言っただろ。そもそも、なんでもなくねえから、行くんじゃねえか」

 麻緋は、ゆっくりと立ち上がると車に乗り込む。

 なんでもなくない……か。

「ああ……そうだよな」

 そう呟いて頷くと、僕も直ぐに車に乗り込んだ。



「車……真ん前に停めたまんまにしちまったから、諦めていたんだけどな……」

 そう言いながら麻緋は、ゆっくりと車を走らせた。

「それって……」

 僕の脳裏に、麻緋の運転の荒さが恐怖となって蘇る。

 いつ暴走が始まるのかと、麻緋の動きに目が、エンジン音に耳が集中する。

「……まずいな」

 ポツリとそう呟く麻緋は、やけに真剣だ。

「まずいって……なにが?」

 会話に集中出来ず、身構えながら訊く僕に、麻緋は冷静に答える。


「一番、焦っているのは、成介だって事だよ」

「成介さんが……?」

 僕たちが外へと出る前に、彼と顔を合わせているが、そんな様子には見えなかったな……。


「今回は伏見直々の指令だ。まあ……伏見を急かしたのもあるが、それが真南とはね……本当なら、成介が向かうべきところだろうがな……」

「だったら、成介さんも一緒に行った方がいいんじゃないのか?」

 麻緋の話す声も、運転も落ち着いたものだった。

 その雰囲気に僕も落ち着き、麻緋の話に冷静に耳を傾ける事が出来た。

 麻緋は、困ったようにも深く息をつくと答える。


「それが無理なんだよ」

「無理って……立場上の事でなのか?」

「いや……そういう事じゃない。成介だって俺たちのように外に出る事もあるからな。あの時、俺の家に来たように、あいつにはあいつの任務があるんだよ」

「だけど……伏見司令官は、この任務を成介さんじゃなくて、なんで僕たちに振ったんだ?」

 不思議に思う僕を、麻緋はちらりと目を向け、静かな口調で答えた。


「成介が感情を抑える事が出来ないのを分かっているからだよ。渾沌……あの男を目の前にしたら成介は、自分を抑えられない。成介もそれが分かっているから、自分が行くとは言わないんだよ」

「そう……なんだ」

 そう答えながらも、その気持ちは分かる。


「リミッターを付けなかったのも、早く行けって事なんだろ」

「ちょっと……待って、麻緋……」

 心の準備はしていたといえばしていたが、こんなの……。


「という訳で急ぐぞ、来。疲れたくないなら、黙って乗ってろ」


 エンジンの回転速度が上がっていく。

 前後左右に僕の体が揺れ、重力加速度に耐えるのが精一杯だ。


 タイムリミットは夜が明ける前まで。

 急ぐのも仕方のない事だが。

 こんなの。


 慣れる訳がないだろっ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る