第40話 対立の緩衝

 麻緋の部屋が静かになった。

 その少し後、僕の部屋のドアがノックされる。

 僕はベッドから降り、ドアへと向かった。


 麻緋が来たのかと思ったが、現れたのは成介さんだった。

 まあ……麻緋の部屋のドアが開いた感じはしなかったが……。

 ドアが開く前に、自分でドアを開けていた。


「来。少しいいですか」

「あ……うん」

 成介さんは、その場に立ったまま中には入らず、誘うように部屋から離れて行く。

 僕は成介さんの後を追い、奥へと進んで行く。どうやら、向かう先は伏見司令官の部屋のようだ。


 麻緋を気にする僕は、後ろを振り向くが、麻緋が部屋から出て来る様子はなかった。

 気持ちの整理をつけるにも、もう少し時間は必要な事だろう。

 歩を進めながらも度々振り向き、麻緋を気にする僕に成介さんは、穏やかな笑みを向けて言った。

「麻緋ならきっと大丈夫ですよ」

「……うん。そうだよね……」

 気にし過ぎだったと、僕は苦笑する。


 やはり、向かった先は伏見司令官の部屋だった。


 成介さんが伏見司令官の部屋のドアをノックする。入れと声が聞こえ、ドアを開く。

「来」

 成介さんは、僕を先に部屋の中へと進ませると、彼は中には入らずにドアを閉めた。

 話があるのは、僕だけのようだ。


 部屋の奥へと進み、伏見司令官の前に姿を現すと、彼は直ぐにこう口にした。

「麻緋の様子はどうだ」

「……なんとも言えない」

「そうか」

 そう言いながら彼は、少し遠くを見る。何か思い浮かべるような様子だ。

 深い溜息をつく伏見司令官に、やはり思うところがあるんだと感じた。


「もしかして……こうなる事を分かっていた……?」

 僕は、真意を探るようにもそう訊いた。

 彼の目が強く僕を見る。

「こうなる、とは?」

 訊き返される事に、探りを入れるような僕の言動に、気を悪くしのたかと思ったが……。


「お前も聞いただろう。私が麻緋を助けた事で既に出来上がっていた構図だ」

「構図って……なに……それ……」

 嫌な感覚が全身を巡る。

「麻緋を助けたと言えば、理由は明確だろう」

 そう言いながら静かな笑みを浮かべ、まるで僕に納得を促すようだ。

 僕は、頷きもせず、言葉も返さなかった。


 互いに目線を外す事なく、少し言葉の間が開いた後、僕は口を開く。


「……ねえ」

 彼に対しての麻緋の態度は、こういう事だったんだと思った。

「だから分かっていた事だったって事?」

 僕は、不満をそのまま顔に出している。

 麻緋が苛立った態度を見せていた事に、これは納得だ。


「現状を理解するのに、理由は確かに必要だと思うよ。どうしてこうなったか、現状に納得出来ないなら、尚更、理由を探す。だからといって、心から納得なんて出来ないよ。それを納得するってさ……諦めになるだろ? それに……」


 彼との間にある机に僕は両手をつき、真っ直ぐに彼を見ると、強く言葉を発する。


「あなたが麻緋の理由になる必要はない」


 強い目線を向ける僕を、彼はじっと見つめる。

 僕は、睨むようにも見える彼から、目線を逸らす事はなかった。


「まるであなたは……理由があなたになる事で、憎しみを自分に向けさせているみたいだ。そうやってあなたは、贖罪めいた事をやっているけど、本当は違うよね……? あなたは麻緋だけを助けようとしたんじゃない。悠緋も助けようとしていたはずだ。麻緋だけ、になったのは、結果から言っている事だろ。悠緋を目にして分かったよ……」

 僕は、呪符を取り出すと、彼の前に置いた。

 彼の表情に変化が見られた。

 ピクリと動いた目は、不穏を感じ取った事だろう。

 その様子から、彼もまたこの呪符を知っているという事だ。そしてそれがどれ程までの影響力があるかという事も、封印されていた経緯いきさつも、おそらく知っている事だろう。

 僕は、彼の表情を窺いながら言葉を続ける。


「悠緋に向けられた呪いを麻緋が被った事で、悠緋の感覚が変わった。だけどそれは、その時に突然変わった訳じゃない。それが引き金になっただけだ。『もう大丈夫だよ、僕は弱くないから。だから行って』悠緋は麻緋にそう言ったんだよ。もう大丈夫って……覚悟を決めたって事だろ」

 伏見司令官は、呪符を見た後、僕へと目線を戻した。


「私がお前に話をと思っていたが、どうやらお前の方が私に話があったようだな」

 苦笑を漏らす彼に僕は、言うなら今だと口を開く。

「伏見司令官。僕が言うのは烏滸おこがましいけど、次の指令は急いだ方がいい。僕一人でも……」



「一人で任務遂行させるのが平気でいられる程、お前の相棒は薄っぺらくねえよ」


 割って入る声に、僕は直ぐに振り向いた。

「麻緋……」

 麻緋は、僕の隣に立ち、伏見司令官を真っ直ぐに見る。

「勘違いするなよ。俺は別にあんたを恨んでなんかいねえ。あんたの望み通り、自ら俺がここに来てやったんだ……」


 ニヤリと笑みを見せて、麻緋は言葉を続けた。


 まるで脅迫だな……はは。

 

 麻緋の態度と口の悪さに苦笑しながらも、僕はホッとしていた。



「指令を出せ。どんな任務でもやってやる」

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